Diary 2018. 6
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6月3日 (日)  今日もスイミング

今日も、先週に引き続き、吉塚駅から東公園を過ぎたところにある市民体育館のプールで泳いできた。

まず1500m泳ぎ、その後はインターバルを入れながら500m泳いだ。合わせて2000mの勘定になる。次回は、同じ距離でも良いから、もう少し早く泳げるようにしたい。

10年ぐらい前と比べて、体力はそれほど落ちていないような気もする。これからも、泳ぐ練習を続けて、いつかボスポラス海峡横断水泳大会に出られたら嬉しい。


*写真:東公園(6月3日)

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6月18日 (月)  福岡マスジド・アンヌールイスラム文化センター

昨日は、スイミングを休んで、箱崎駅の近くにあるモスクを訪れてみた。まだラマダンのイードの期間中だったので、トルコの人に出会う機会があるかもしれないと思ったからだ。

しかし、礼拝の時間ではなかったため、モスクは閑散としていて、インドネシアの留学生が数人来ているだけだった。

モスクの管理者と思しきガーナ人の方に伺ったところ、ここを訪れるトルコ人のムスリムは数えるほどしかいないそうである。そもそも、福岡市内にトルコ人の在留者はいくらもいないらしい。

ガーナ人の方は、民族衣装のような服を着ていた所為か、なんとなくサウジアラビア等のムスリムのように見えてしまったが、サウジアラビアに対しては少し批判的とも思える見解を明らかにしていた。

「イスラムは国の宗教ではありません」と言い、様々な異教徒の人たちと共存できる宗教だと論じながら、「ムスリムだけで成り立っている国はサウジアラビアぐらいでしょう」と指摘したのである。

トルコで、「宗教は個人の問題」という認識は、いよいよ一般的になってきたように感じていたけれど、ガーナ人の方からも「国の宗教ではない」という見解を聞いて、ちょっと新鮮に思えた。

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6月19日 (火)  親米左派?

(6月18日)

トルコ軍による北イラクへの越境作戦は、日本でも報じられている。これはPKKの基地を攻撃する作戦であり、PKKのシリアにおける組織と言われるPYD〜YPGをあからさまに支援している米国の反応も注目されているようだ。

PKKはもともと左派革命の組織として始まったはずなのに、いつのまにか米国の支援を受ける親米組織になってしまったらしい。これは、PKKに従属しながら、トルコで政治活動を続けているHDPも同様である。

一説では、PKKの内部で90年代以降、親米派が台頭して徐々に左派を追い落としていったのではないかと論じられている。99年に指導者のオジャランがトルコ政府に引き渡されたのも、その経過の一つだったそうである。

一方、一週間後に迫ったトルコの選挙で、反エルドアンのCHPは、なにがなんでも選挙に勝たなければならないということなのか、HDPとも協力関係を築いて、PKKを擁護するかのような発言まで躊躇わなくなっている。こちらも親米左派的な状況になっているようだ。

しかし、大統領選挙で、保守3党が支持するエルドアン氏が勝利するのはほぼ間違いないと思われるものの、万が一、CHPのインジェ候補が勝ったとして、その後の展開はどうなるだろう?

まさか、HDPとの共同路線をそのまま続けるとは想像もできないが、そうなった場合、PKKと対峙している軍部が黙っていないような気もする。まあ、インジェ候補が勝つ可能性は殆どないため、今から心配する必要はないかもしれないが・・。


*写真:日曜日に箱崎のモスクへ行ったので、近くの九州大学箱崎キャンパスにも寄ってみた。ここは近々移転が完了して、大学のキャンパスとしての歴史には幕が下ろされるという。

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6月25日 (月)  富国強兵のトルコ

エルドアン氏が再選されたトルコの大統領選挙は、ほぼ政権側のメディアが予測した通りの結果になった。政権側メディアは、「エルドアン大統領の勝利は確実と思われるが、これまでの選挙と同じく拮抗した戦いになるだろう」として、支持者へ必ず投票するように呼びかけ、最後まで現実を直視しながら手綱を緩めることはなかった。

一方、反エルドアン側のメディアには、これまでと同様、「今度こそエルドアンの最期」みたいな浮かれた内容の報道が多く、その予測も現実からかけ離れた“希望”のようだった。

今回の選挙で、政権側は「強いトルコ」をスローガンに掲げている。これは「富国強兵のトルコ」と言って良いかもしれない。

昨年、7月15日の式典で、エルドアン大統領は次のように語っていた。

「この世界は奇妙な世界だ。“7月15日クーデター”によって思い知らされたが、国家として、民族として、我々は強くなければならない。・・・強くなければ、我々に一日たりとも生きる権利を与えてくれない・・・」↓

2017年7月20日(木)「我々は強くなければならない」:エルドアン大統領
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2017&m=7

例えば日本は、明治の初年に目標として掲げて以来、これまでずっと“富国強兵”でやってきたのではないだろうか。現在は、“強兵”の部分をアメリカが肩代わりしてくれているから目立たなくなっているだけで、この路線に変更はないように思える。

池田信夫氏のブログに、“民主主義も国民を戦争に総動員するための思想に過ぎなかった”といった説が紹介されていたけれど、トルコは西欧的な近代化や民主化に拘る余り、なかなか行き着けなかった“富国強兵”に、今、ようやく辿り着いたということかもしれない。

しかし、トルコは、エルドアン大統領が、その奇妙な国際秩序の中で“生きる権利”を求めているかの如く発言しているように、戦前の日本や近年のベネズエラのように、強兵や富によって米国等と真っ向から対決することはないと思う。あくまでも現実を直視しながらバランスを取るような気がする。

先月だったか、大統領府のアドバイザーであるイルヌル・チェヴィック氏は、テレビ番組で反エルドアン的な女性ジャーナリストの問いに答えて、イスラエルとの関係を“橋”に例えながら、「橋を壊してしまうのは簡単だが、再び作り直すのは難しい」と語り、関係の維持を強調していた。

ところが、女性ジャーナリストは、「そんなに簡単なら、何故壊さないのですか?」と趣旨を理解していないかのような質問を繰り返して、チェヴィック氏をひたすら困惑させていたのである。私には、この辺りにも反エルドアン派の非現実的な傾向が窺えるように思えてならなかった。


*写真:先週休んだスイミング、昨日は、インターバル無しで2000m泳いできた。

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6月27日 (水)  議席数で過半数に達しなかったAKP

トルコでは、産業化にともなって農村から都市へ移り住んだ保守的な人々が、次第に経済力をつけて新興中流層となり、この人たちがAKP政権を支えていると論じられてきた。

保守的な彼らは、伝統的なイスラムの信仰も都市部へ持ち込んだため、スカーフを被った女性が目立つようになったり、新たに建設されたモスクへたくさんの人たちが集まるようになったりして、「トルコのイスラム化」であるとか、「政教分離の危機」が叫ばれたりした。

しかし、その信仰は素朴な伝統として維持されてきたものが多く、「イスラム主義」といったややこしいイデオロギーとは無縁な人々が大半をしめていたのではないかと言われている。

都市へ移り住んで、経済力を手にした家族は、子弟の教育にも力を入れたが、週末のレジャー等も楽しむようになった。ラマダン祭のような宗教的な行事さえも、なんだかレジャーのようになってしまい、これを厳格なイスラムの識者らが戒めるといった事態も現れた。

彼らの子弟に至っては、大学等へ進学して見聞を広め、父母の維持してきた伝統とは異なる発想を得たりして、非常に多様化した。

今回の選挙で、エルドアン大統領は約52%の票を得て再選を果たしたものの、AKPは約42%の得票に留まり、議席数でも過半数に達していない。これは若年層の多様化の現れであると指摘されている。

いずれにせよ、過半数の344議席は、AKPとMHPの連合によって成り立っている。これでは、エルドアン大統領もMHPの意向を無視するわけには行かないだろう。

また、目標に掲げている「強いトルコ」を実現するためには、当然、軍部との協調も不可欠ではないかと思われるけれど、軍部にも支持者が多いとされるMHPとの連合は、この面でも有効であるような気がする。


*写真:会社で飼っている犬。まだ余り良く懐いていない。

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