Diary 2018. 4
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4月9日 (月)  花より“休息”

福岡の桜は、木曜日から金曜日にかけて、雨が降ったり風が強かったりした所為か、もう殆ど散り果てたように見える。見頃は、やはり先週の日曜日辺りだったのではないかと思う。

しかし、最近、「休日はとにかく“休息”」と決め込んで、あまり出歩かなくってしまい、特に何処かへ満開の桜を観に行くようなこともなかった。昼、配送センターへ送迎に向かう途中、花見で賑わう駕与丁公園で写真を撮ったぐらいである。

“トルコ便り”は、ネットでトルコの新聞記事にざっと目を通すぐらいで、なにしろ実地の見聞を得られないから、なかなかネタが見つからない。

トルコでは、女性の権利拡張などを主にした“イスラムの新しい解釈”を求める動きが見られ、これをエルドアン大統領が後押ししているといったニュースが興味深く感じられるけれど、ちょっと詳細な記事まで読んでいる余裕がない。

また、この20〜30年の間、トルコの社会に最も大きな変化をもたらしたのは、産業化とこれに伴う都市化や女性の高学歴化であったと考えるならば、“イスラムの新しい解釈”云々も、そういった社会の変化に付随して起こる現象の一つに過ぎないような気もしてくる。

欧米との関係悪化の問題はどうなるだろう? ロシアとは良好な関係を築いたりして、欧米離れが加速するのではないかという説も聞かれる。

しかし、サバー紙のコラム(4月7日)で、ブルハネッティン・ドゥラン氏は、この動きは反欧米や親ロシアといったイデオロギーによるものではなく、あくまでも国益に基づいてると論じていた。

時代も状況も異なるから比較にはならないけれど、どうやら、かつての日本が連盟を脱退したり、ドイツと同盟を結んだりしたような事態には至らないらしい・・・。

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4月23日 (月)  帰国から一年

昨年の4月、イスタンブールから慌ただしく帰国して以来、ちょうど1年が過ぎた。

1年前の“トルコ便り”を振り返って見ると、「憲法改正の国民投票」について雑文を書いたりしているけれど、この憲法改正に基づく大統領選挙は、予定されていた2019年8月を待たずに、いよいよ来る6月24日に行われるそうだ。

2017年4月17日(月)憲法改正の国民投票
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2017&m=4

2019年では、憲法改正からあまりにも期間が空きすぎるため、「前倒し早期選挙」の噂は絶えることなく出ていたものの、与党AKPもエルドアン大統領もその度にこれを否定していた。

ところが、今月になって、大統領選挙への協力を約束していた野党MHPのバフチェリ党首が、唐突に「前倒し早期選挙」を提議すると、これがあっという間に認められて決定に至ったのである。この辺の裏事情は何だか良く解らない。

とはいえ、バフチェリ党首の発言力が、このところ増してきているのは確かじゃないだろうか?↓

2017年1月29日(日)政界の御意見番?
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=20&y=2017&m=1


*写真:左は3月26日、右は今日(4月23日)同じ場所で撮影した。福岡はもう初夏の陽気だ。

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4月30日 (月)  大陸と島国の違い?

昨年の11月、送迎の運転手を始めるまで、私はネパールについて何も知らなかったに等しい。『インドの一部のようなもので、やはりインド・アーリア系の人たちが暮らしている』ぐらいに思っていた。

そのため、まずはその風貌の多様さに驚かされた。もちろん、インド・アーリア系的な顔立ちが多いものの、日本人と全く変わらない東洋的な容貌のネパール人も決して少なくない。

ネパール人就学生らに尋ねたところ、風貌ばかりでなく、それぞれの文化にも相当な隔たりがあるという。ネパールは、さほど広くない国土に様々な民族が暮らしている多民族国家であるようだ。

しかし、ざっと見た限り、皆仲良くやっていて、民族間の対立など、まずなさそうである。また、お互いに民族・文化が近い者ばかりが集まるという現象も見受けられない。

やたらに結束が固くなっているグループもあるが、それは同じ日本語学校の面々として集まっているだけで、中には濃いインド・アーリア系の顔立ちや、殆ど日本人顔の青年もいる。

彼らは学校も職場のシフトも同じで、強い仲間意識が芽生えてしまっているのか、シフトの変更で他のネパール人就学生がこのグループに加わると、何だか打ち解けるまで結構時間が掛かっているように見える。

他にも、同じ日本語学校で、とても仲の良い女子の3人組がいる。彼女たち、2人はインド・アーリア系と東洋系のネパール人だが、もう一人はスリランカの女性である。

そのため、お互いに日本語で話していたりするが、送迎のバスの中でもいつも固まっていて、彼女らが他のネパール人女性と同席したり、親しく話し合っているのは全く見た覚えがない。

他のネパール人就学生に訊くと、「いやあ、学校でも、言葉が通じるのでネパール人ばかり集まっていますよ」と答えて、彼女たちが特殊な例であるかのように話していたけれど、初めて仕事に来た同じ日本語学校のベトナム人青年の面倒を親しげにみていたネパール人青年もいる。

彼らが、最も長い時間を共に過ごしているのは、日本語学校の教室に違いないから、当然と言えば当然なのかもしれない。日本のように、「日本人・外国人」と区別する意識もそれほどないような気がする。

島国と大陸の国の違いだろうか? ネパール語ではどうなっているのか解らないが、例えばトルコ語の場合、日本語の「外国人」に相当する言葉は見当たらない。

「ヤバンジュ」という言い方はあるものの、これは「他所から来た人」といった意味なので、アンカラからイスタンブールに来たトルコ人は「ヤバンジュ」になってしまうが、私はイエニドアンの街で「ヤバンジュ」と言われたりしなかった。

しかし、ここで良く考えてみると、トルコ語の「ガイリ・ムスリム(非イスラム教徒)」という言葉には、ちょっと「外国人」に近い響きがあるかもしれない・・・。どうなんだろう?