Diary 2017. 12
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12月1日 (金)  長かった一ヶ月

ようやく12月になった。11月は、帰国以来、初めてちょっと長く感じられる一ヶ月だった。

送迎の仕事には、車の運転ばかりでなく、伝票を書いたりする作業もある。その日に働いた就学生の名前と登録番号を、私が正確に書かなければ、彼らは日当をもらえなくなるから、結構重要な作業だ。

お陰で、この一ヶ月の間に、多くの就学生の名前と顔を一致させることが出来るようになった。一ヶ月の間にこれほど大勢の人の名前を覚えたのは、今までにない初めての経験だったかもしれない。

日本語が巧くなった就学生は、配送センターのアルバイトを止めて、もう少し楽な仕事を探すらしい。そのため、余り長く続ける人は少なく、メンバーは短いサイクルで入れ替わって行くようである。

おそらく、これからも次から次へと新しい就学生の名前と顔を覚えて行かなければならなくなるだろう。まあ、記憶力の活性化には、多少、役立っているような気もするけれど・・・。

*写真:寮の近くにある熊野神社(11月27日)

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12月4日 (月)  最近の日常

最近の日常は、朝4時半に起きて、就学生らを配送センターに送り届けてから、自分も3時間ほど一緒に働き、昼の送迎まで終えて帰社すると、2時半〜3時ぐらいになる。

それから、遅い昼飯を食べて、2時間ほど仮眠を取り、7時半には夜の送迎に出発する。帰って来るのは、大概の場合、11時半近くになる。

20年ぐらい前であれば、毎日仮眠を取らなくても済んだと思うが、今は相当応える。

先週の月曜日は、久しぶりにまとまった時間を利用して、トルコの新聞記事もかなり読んで、仮眠を取らずに夜の送迎に出発したら、その疲れがずっと尾を引いた。

休暇に余計疲れてしまうのでは全く意味がない。今週からはほどほどにしよう。疲れを感じながら車を運転するのはもう止めた方が良いだろう。

11月以来、トルコの情報に関しては、何だか少し新聞に目を通すぐらいになってしまったけれど、欧米との微妙な駆け引きが続くだけで、今のところ、大きな変化もないようである。

ギュレン教団の摘発も続いているが、なにしろ主謀者のフェトフッラー・ギュレンは相変わらずアメリカの庇護を受けている状態であり、決定的な成果は上がっていない。

ギュレン教団は、まさしくトルコの国家を転覆させようとしたのであり、エルドアン大統領との権力争いなどと言うレベルの問題ではないと思う。いったい、今後の展開はどうなるだろうか?


*写真:博多駅前の賑わい(12月3日)

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12月5日 (火)  福岡、そしてネパールとの縁

(12月4日)

福岡にやって来たのは、諸々の事情によるもので、自ら希望した結果ではなかった。そもそも、ふところ具合が良ければ、イスタンブールを離れることもなかっただろう。

ネパールとの縁も不思議なもので、それまでネパールという国を意識したことさえなかった。それでも縁が生じれば、興味も湧いてくる。

福岡にも来たくて来たわけじゃないけれど、それなりに楽しんでいる。ネパールの人たちとの交流もなかなか楽しくなってきた。


*写真:ネパール人就学生らと竹下駅前で・・(12月3日)

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12月11日 (月)  曇天の福岡

12月も中半に近づき、朝晩はとても冷え込むようになった。少し雪がちらつく日もあって、スリランカから来た就学生が「雪を見るのは初めてだ」と驚いていた。

配送センターで働く就学生の多くは、昨年の4月以降に日本へやって来たから、彼らにとっては、これが日本で初めて迎える冬になる。

スリランカの就学生ばかりでなく、ベトナムから来た人たちにとっても、福岡の冬はけっこう応えるに違いない。

私も福岡の冬は初めてだけれど、東京や大阪に比べて、雨や曇天の日が非常に多いような気がする。日本海側に位置している為だろうか?

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12月12日 (火)  休息日

(12月11日)

12月は流通の仕事も非常に忙しくなる。配送センターでは、先週から臨時に就学生のシフトを一つ増やしたので、全ての送迎を終えて帰寮すると深夜の1時頃になってしまう。

そのため、午前中の配送センターの作業を免除してもらって、送迎に専念するようになったけれど、それでもまとまった睡眠時間が取れるわけじゃなくて結構応える。

12月中は“街歩き”も止めて、日曜から月曜にかけての“休暇”は、文字通り休養することにした。まず、日曜の夕方は、博多駅近くの“八百治の湯”でゆっくり体を休める。

ここはホテルもやっているので、福岡へいらっしゃる人たちには是非お勧めしたい。↓

八百治博多ホテル
https://www.yaoji.co.jp/

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12月13日 (水)  就学生たちの国々

(12月11日)

私が配送センターへ送迎している就学生の7〜8割はネパールの人たちではないかと思う。

次に多いのがスリランカとブータンで、これにベトナムとパキスタンが続く。今、記憶にある限り、後はバングラデシュとナイジェリアの就学生が一人ずつ来ているだけである。

2週間ほど前まで、ミャンマーの就学生が一人来ていたけれど、他の楽なバイトを見つけたらしく、配送センターには来なくなった。

先月、新たに登録された2人のタイ人就学生も長続きしなかった。一人は、初日に数時間働いただけで逃げ帰ってしまった。配送センターの仕事がきつかったらしい。

タイは上記の国々に比べて経済発展が著しいようだから、若い人たちもそれなりに贅沢になっているのだろうか?

もっと豊かなトルコや韓国から来た人たちが配送センターで働くことも、余り考えられないだろう。配送センターに来ているのは、かなり経済的に厳しい国々の就学生であるような気がする。


*写真:博多駅前(12月10日)

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12月18日 (月)  ナイジェリア人就学生の正体

配送センターで働く就学生は、その殆どがネパールやスリランカ等、アジアの国々から来ているけれど、例外として、アフリカのナイジェリア出身の就学生が一人いる。

他の就学生とは色々な面で雰囲気が異なるので、当初より、私はこのナイジェリア人就学生に注目していた。

まずは服装などからして、他の就学生たちより、多少生活に余裕があるように感じられた。また、クリスチャンであり、それは登録されている名前からも明らかだった。

彼は、送迎バスの中で、ネパール人の就学生たちに英語で話し掛け、盛んにコミュニケーションを取ろうとする。何気なく耳を傾けると、良く解らないものの、教会やクリスマスについて語っていることが多い。

あからさまに、就学生たちを教会のパーティーに誘ったりもしていた。それで、単刀直入に、ミッショナリー(宣教師)ではないかと尋ねたところ、あっさりこれを認めた。私の問いに驚いた様子もなかった。

なんでも、日本で暫く活動した後は、マレーシアに赴くそうだ。「危なくないのか?」と訊いたら、「でも、宣教はシークレットだから大丈夫」などと笑っている。

彼によれば、日本での宣教活動に全く危険はないものの、洗礼を受けようとする日本人は限られていて、宣教は非常に難しいらしい。マレーシアでは、危なくても“やり甲斐”が感じられるのだろうか?

しかし、勤労の精神を重んじるプロテスタントの宣教師(ペンテコステ派であるという)として、彼の就業態度はちょっといただけない。

いつだったか、配送センターの現場で義務付けられている安全靴も持たずに来て、“貸し出し用”がないかと訊く、しょうがないから私のはいている安全靴を貸してやったら、「少し小さい」などと文句を言う。思わず「我慢しなさい!」と大きな声を出してしまったが、それほど応えた様子もなく、へらへら笑っていた。

私は代わりに彼の靴をはいて配送センターを後にしたけれど、それはなかなか洒落た革靴だった。そのままもらってしまおうかと思ったくらいだが、確かに少し私には大きすぎた。


*写真:駕与丁池(12月17日)

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12月25日 (月)  シュトーレン

昨晩も、週に一度の“完全休息”のため、博多の温泉“八百治の湯”に出かけたところ、博多駅の周辺はクリスマス商戦で賑わい、サンタクロースの衣装を来た店員さんたちも目についた。そういえば、昨日はクリスマス・イブだったのである。

その中で、クリスマスにちなんだドイツ菓子“シュトーレン”も売り出されていた。イスタンブールにいた頃は、この時期になると、イスティックラル通りの老舗洋菓子店“レボン”で、よくこのシュトーレンを買い求めていたから、非常に懐かしい感じがした。

1700円と結構な値段がついていたけれど、屋久島への土産にするつもりで一つ購入した。正月の休暇は屋久島で過ごすことになっている。

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12月26日 (火)  人材派遣業

(12月25日)

夜の10時半頃、午後のシフトで働いていた就学生たちを吉塚駅前に送り届けると、そこに午前のシフトで働いていた就学生の面々が姿を見せていたりする。彼らは、別の食品会社の送迎バスに乗り込み、お弁当を作る工場で朝まで働くそうだ。

午前のシフトを終えた就学生は、日本語学校へ行くことになっている。出席を怠ると、就学生ビザを抹消されてしまうらしい。そのため、どんなに疲れていても、日本語学校には必ず行くという。

これはなかなかハードな日程である。いったい、いつ寝ているのか心配になるくらいだ。

しかし、就学生の方も、私に「貴方は何時まで働きますか?」と訊いて、私の体調を気遣ってくれる。「そんなに働いて、お金たくさんもらいますね?」なんて、私の給与まで心配してくれる就学生もいる。

そのたびに、「人材派遣なんて、日本ではそれほど儲かる仕事じゃありません。そんなに儲かったら、働いている皆さんに申し訳ないでしょう?」などと説明しているけれど、彼らがこんなややこしい日本語を理解しているかどうかは解らない。

実際、かなり大規模にやらなければ、人材派遣の収益など高が知れているのではないかと思う。また、日本では、この業種に対する社会的なイメージも余り芳しいものではない。

ところが、たとえば、イスタンブールのエキストラ配給会社なども“人材派遣業”には違いないが、半分以上ピンハネして結構儲かっているうえ、社会的なイメージが悪いわけでもなさそうだ。少なくとも、彼らは大威張りで仕事している。

就学生の国々も、同じような状況だろうか? 人材派遣が儲かってしまうのでは、その社会の発展はないように思えるが・・・。


*写真:昨日(12月24日)の晩飯。

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12月30日 (土)  博多〜鹿児島〜屋久島

4日まで正月休みを頂いて、5カ月ぶりに屋久島を訪れた。

鹿児島の駅に降り立った時も、福岡に比べてかなり暖かいと感じたけれど、屋久島はそれこそ春の陽気のように感じた。

正月の間、良く寝て良く体を動かし、5日の仕事始めに備えたいと思う。


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