Diary 2017. 11
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11月1日 (水)  福岡に来て早や3カ月

福岡に来て、あっと言う間に3カ月が過ぎた。おそらく、これからも当分の間、福岡で暮らすことになるだろう。この欄も、既に“福岡便り”と言った方が良さそうである。もちろん、トルコの話題も続けて行くつもりだけれど・・・。

今月より、同じ職場でも仕事の内容が大きく変わるため、ほどよい刺激と緊張を感じているものの、これも慣れたら、また単調な毎日の繰り返しになるかもしれない。

トルコのニュースなども追いながら、何とか生活に少しでもメリハリをつけて行きたいと思う。

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11月7日 (火)  久しぶりの博多街歩きは・・・

今月から、私の定休日は月曜になった。それで昨日は、電車に乗って何処かへ出かけるつもりでいた。考えてみると、9月3日以来、電車という交通機関を全く利用していなかった。

しかし、朝起きて、『さて、何処へ行こうか?』と思っていたら、持ち場に欠員が生じて、午前中の仕事に駆り出され、結局、午後は博多のヨドバシカメラで買い物してから、近くの“温泉”へ行っただけで終わってしまった。

この“温泉”は博多駅から歩いて5分ほどの所にあるにも拘わらず、あまり混んでいなくて、ゆっくり湯につかることができる。昨日、私が入っていた時は、広い湯の中に私を含めて4人しかおらず、その内の2人は韓国語を話していた。

まあ、久しぶりに電車も乗れたし、なかなか良い休日だったということにしよう。

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11月13日 (月)  時代はダイバーシティ!

11月から仕事の内容が大きく変わった。新しい業務は、工場や運送会社の配送センターへ、外国人就学生を派遣する送迎車の運転手である。

ネパール人やベトナム人の就学生を、駅前等の集合場所から配送センターまで送迎するのが、この12日間の主な仕事だった。

現在、会社の寮に住み込んでいる就学生は皆無で、彼らの多くは、日本語学校などが運営する寮に入っているようだ。寮と言っても、普通のアパートで4人ぐらいの就学生が共同生活しているらしい。

こういったアパートが、JRの吉塚駅や竹下駅の周辺に相当数あるのだろう。駅前にマイクロバスが3台ならんで、その前に様々な国の就学生たちが群がっていたりする。

私が運転するマイクロバスに、20人ぐらいの就学生が乗り込んで来ることもある。しかもメンバーは毎日入れ替わるから、とても一人一人の名前まで覚えていられないが、それでも、12日間でかなりの名前と顔が一致するようになった。

特に、某急便の配送センターでは、午前中、私も一緒になって働いているので、彼らとは随分親しくなったように感じられる。

中には、配送センターの仕事の多くを身につけていて、私にいろいろ指示したり教えてくれたりする就学生もいる。ネパール人のディパクさん、彼は配送センターの人たちからも結構信頼されているのではないかと思う。

配送センターでは、トラックから降ろされた積み荷をベルトコンベヤーへ乗せるのが主な仕事になっているけれど、このベルトコンベヤーが凄まじい早さで回り、積み荷には重量物も少なくないから、かなり良い運動になる。

お互いに声を掛け合ったりしながら頑張っているが、焦って来ると、私は隣のネパール人就学生に、思わずトルコ語で叫んでしまったりする。

「ディワス! ブヌ・ダ・アル!(ディワス、これも取ってくれ!)」とか叫んでしまうのである。多分、ディワスさんが、トルコ人に良く見られる容貌であるため、トルコ語が出てくるのだろう。ベトナム人のカイさんを相手にトルコ語で叫んでしまったことはない。

先週、新聞に「就学生の多くは出稼ぎである」として問題視する記事が掲載されていたものの、日本の社会は既に彼らの労働力がなければ回らなくなっているような気がする。

配送センターでは、皆、それこそムキになって頑張っている。それで、翌日には荷物が届いてしまう“日本の便利さ”が維持されているのではないだろうか?



11月20日 (月)  ウイグル料理「エペンディ」

先週、送迎のマイクロバスを運転していて、博多駅からほど遠くない宮島交差点の付近で、「ウイグル料理/EPENDI」という看板を見つけた。

寮に帰ってから、ネットで検索したところ、ウイグルの人が経営する料理店のようである。それで、早速、昨日の夕飯を食べに出かけてみた。

11月1日以来、休日が変則的になって、まだ丸一日、まともに休んだ日がなかったように感じていたけれど、今週より、日曜日の昼の送迎を終えてから月曜日の夕方までが“休暇”と規定された。これなら、日曜日の晩が心置きなく使えて、却って楽しみが増えるかもしれない。

昨夕、6時半頃、博多駅の近くから電話して、営業を確かめたうえで店に向かった。歩くと15分ぐらいは掛かりそうなので、寒空の中を歩いた挙句、店が閉まっていたらショックだと思ったのである。

店に着くと、20席以上ありそうな店内はがらんとしていて、来客の姿はなかった。出迎えた店主らしき方に、「さきほど電話した者ですが・・」と言ったら、『分かっていますよ』という風に微笑まれていた。おそらく他に電話をかけた人もなかったのではないかと思う。

「博多駅から歩いて15分」は、立地条件として余り良くないかもしれない。お陰で、ウイグルの麺料理“ラグマン”などでビールを2本飲みながら、店主のエンベルさんを独占して色々お話を伺うことが出来た。

“ラグマン”もイスタンブールで食べたものより美味しかったが、何よりエンベルさんの話が非常に面白かった。

カウンターにずらりと焼酎の瓶が並んでいたりして、そもそもイスラム的な雰囲気は感じられない。それに、エンベルさんの奥様は漢族の方だそうで、殆ど民族主義的な傾向も窺えなかった。

エンベルさんによれば、元来、ウイグル人のイスラム信仰は至って緩やかなもので、飲酒も当たり前に行われていたのに、共産党が宗教を弾圧した所為で、ラディカルな宗教意識が芽生えてしまったらしい。

エンベルさんは、漢族の文明と伝統を評価しながら、それを根こそぎ破壊した共産党を激しく非難していた。トルコで知り合ったウイグル人の中に、中国の伝統を評価する人など、まずいなかったから、私はエンベルさんのお話しに、新鮮な驚きを感じながら聞き入っていた。

経済的な余裕があれば、毎週お邪魔して、焼酎など飲みながら、何時間もお話しを伺いたいところだ。

4ヶ月ほど前、中国の広州に在住している友人が、「・・漢族の風習を学ぶなら南で、北はモンゴルの熱いハートです」と書き送ってきたけれど、これを自分なりに解釈してエンベルさんに伝えたら、なんだか同意して頂けたようである。友人も交えて、こんな話の続きが出来たら嬉しい。


2013年12月21日(土)水餃子風・・・
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=20&y=2013&m=12

2013年10月8日(火)ウイグル風のピラフ?
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2013&m=10

2013年9月29日(日)豚肉の禁忌
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2013&m=9

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11月21日 (火)  博多駅前の賑わい

(11月20日)

昨夕、博多の駅前は多くの人たちで賑わっていた。広場にはいくつもの屋台が並び、イベント用の舞台でポップミュージックのコンサートが開かれていた。

街では、もうクリスマス〜年末の気分が盛り上がっているようだ。私はこういった人混みの中を歩くだけでも嬉しくなる。

イスタンブールにいた頃は、夜、カドゥキョイやタクシムの辺りをうろつくのが何より楽しかった。これからは福岡の夜を楽しむことにしよう。

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11月22日 (水)  ホット・ワイン

(11月20日)

博多駅前に出ていた屋台の中には、マグカップでホット・ワインを売る店もあった。

いつだったか、イスタンブールの年末に、ニシャンタシュ辺りの屋台で売られていたホット・ワインを飲んだことがあるけれど、屋台の周辺に漂っていたワインとシナモンの強い香りは全く変わらないように感じられた。

ニシャンタシュの屋台では紙コップだったのが、こちらは洒落たマグカップであるところが異なっているものの、一杯1000円とべらぼうな値段がついていた。

ニシャンタシュのホット・ワインは値段も手ごろで、美味しかったから2杯飲んだように記憶している。しかし、1000円では全く手が出ない。ちょっと高過ぎるのではないかと思う。

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11月23日 (木)  インド・ネパール料理「スラジュ」

(11月20日)

福岡には、インドやネパール、スリランカなどから来ている人たちが多いのか、街角でインド料理等々の店を良く見かける。中には、それぞれの国旗を掲げている店もある。

寮の近くにある「SURAJ(スラジュ)」という店は、インドとネパールの双方の国旗を掲げている。

配送センターで働くネパール人の就学生にも、“〜スラジ”という名前で登録されている例がいくつかあるので、多分、ネパールの人に多い名前なのだろう。

今日(11月20日)の昼は、この「SURAJ(スラジュ)」でチキンカレーを食べた。

店の外見は余りパッとしていないが、中へ入ると結構広くて、調理師も含めて4〜5人の方が働いていた。訊くと、皆、ネパールの方だそうである。

ここは値段も普通のカレー屋さんと変わらないくらいだし、何より、寮から歩いて行ける距離なので、これからも時々昼を食べに来ようかと思う。

割引券付きのパンフレットを、ネパール人就学生らの為に4枚ほどもらって来たけれど、彼らは大概自炊しているみたいだから、こういう店を利用するのかどうかは良く解らない。


2016年12月17日(土)スルタンアフメットのインド料理屋
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2016&m=12

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11月27日 (月)  就学生の今昔

15〜20年前、秋葉原の電気街などで、中国人やインド人の店員さんの応対の素晴らしさに舌を巻いた。

彼らは、主に外国人客の応対に努めていたけれど、日本語も完璧で、商品の説明も非常に分かり易く的確だった。

あの頃は、相当に優秀な中国の人たちが日本へ来て、それほど給与も高額ではない一般的な職に就いていたのだろう。

今や、優秀な中国の人たちは、本国でいくらでも高額な給与を得られるため、わざわざ日本には来なくなってしまったに違いない。先日、博多の電気店で応対してくれた中国人の店員さんも、特に素晴らしいところは感じられなかった。

しかし、まだまだ発展途上の段階にあるベトナムやネパールからは、今でもかなり優秀な人材が日本へ流れ込んでいるのではないかと思う。

寮の近くの格安スーパーで働くベトナム人のドクさんも、そんな人材の1人と言えそうだ。余りにも紳士的な素晴らしい応対なので、ドクさんにレジで会計してもらうと、なんだか高級デパートで買い物したような気分にさせられてしまう。

残念ながら、私と一緒に配送センターで働いている就学生たちは、まだ日本に来て間もないため、スーパーやコンビニのレジ係が務まるほどの日本語さえ習得していないけれど、なかなか優秀な人たちが少なくないかもしれない。


*写真:博多の駅前(11月26日)

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11月28日 (火)  就学生たちの命運

(11月27日)

いつだったか、以前、朝日新聞に「漫歩余語」というコラムを連載していたフォトジャーナリストの于前さんが、1989年に中国から日本へ留学して、日本語や写真の技術を習得して行った過程を綴ったエッセイを読んだ。

詳細まで覚えていないが、いくつものアルバイトを掛け持ちして寝る間もなく働き、そして勉学に励んだ苦学生の日々が明らかにされていた。

強靭な精神力ばかりでなく、相当な体力もなければ、とても持ち堪えられなかったのではないか思われる凄まじい奮闘の記録であり、それこそ、過労死しても不思議ではないような驚くべき内容だった。

今、ネパールやベトナムから来ている就学生たちの中にも、かなり厳しい生活を送っている例は少なくないだろう。

その中から勝ち残って栄光を手にする者もいれば、敢え無く敗退してしまう者もいるに違いない。豊かになっていた日本で、のほほんと育った私が言うべきことじゃないと思うが、この世は余りにも残酷で無情である。


*写真:住吉神社(11月26日)

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11月29日 (水)  餃子で乾杯!

(11月27日)

昨晩は、住吉神社の近くにある“湯らら”というスーパー銭湯で汗を流してから、中洲や博多駅の周辺を歩き回ったけれど、結局、夕飯は“餃子の王将”だった。

中洲の屋台は、何だか観光地化しているように思えたし、他の料理店も、ちょっと値段が高そうで、とても入ってみる気にはなれなかった。

そこへいくと、“餃子の王将”なら安心できる。餃子220円は、安くてしかもなかなか美味い!

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