Diary 2017. 10
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10月1日 (日)  そろそろ秋か・・・

この前、9月になったかと思っていたら、もう10月になってしまった。毎日、同じような日常が続くと、時間の経過が異様に早く感じられてしまう。

思えば、昨年の今頃は、次から次へと色々な出来事が生じて、1ヶ月の間にたくさんの“思い出”が詰め込まれていたのに、今年は、何だか空き容量ばかりで、スカスカのまま過ぎてしまいそうだ。

しかし、現場で体を動かしている所為か、体調はいつになく良いと思う。

先日は、砂をスコップで送り込む作業があったので、ちょっとムキになってスコップを振るってみた。監督さんも呆れていたようだけれど、どのくらいで息が切れるのか試してみたかったのである。

結果は、あの12年前より、遥かに長持ちしたのではないだろうか? ↓

9月24日(日)アメレ(日雇い労働者)
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2017&m=9

もちろん、体力の衰えは、20代の頃に比べたら甚だしいが、私は50代になって、一層衰えるどころか、少し持ち直しているような気もする。というより、12年前が、あまりにも酷い状態だったのかもしれない。

クズルック村の工場で、食堂の美味しい料理を食べ過ぎ、70キロを超えてしまった体重を少し絞っていたものの、当時も67〜8キロは常に維持されていた。

現在は、屋久島以来の60キロがそのまま続いている。おそらく、このぐらいが私にとって適正な体重なのだろう。糖質制限はともかく、これ以上太らないように心掛けたい。


*自己紹介欄のメールアドレスは既に使えなくなっているので、私(新実誠)へのお問い合わせは下記のアドレスにお願いします。↓

makoton1@hotmail.co.jp

*写真:多々良川(10月1日)

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10月2日 (月)  日本人は、体力でトルコの人たちに適わない?

今日、また雨で仕事がなくなってしまった。30数年前、川越で産廃のダンプをやっていた頃は、結構雨が降っていても、現場の作業はこれほど中止にならなかったような気がする。

これは私の記憶違いかもしれないが、当時と比べて、全般的に余り無理をしなくなっているのは、確かじゃないかと思う。

例えば、現場で使うセメントは、今、一袋が25キロになっているけれど、当時は40キロだった。50キロ入っていた時代もあるという。日本人の体力は、世代を追うごとに低下してきたらしい。

ダンプの運転手が、スコップで残土を4t一杯に積み込んだりするのは、もう随分前から見られないそうだ。ひょっとすると、私たちが最後の世代だったかもしれない。↓

産廃屋の思い出
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2008&m=7

果たして、今の私が、4tダンプへスコップで残土を積み込むと、どのくらい時間がかかるだろうか? かつては、1時間半〜2時間あれば積み上げていたけれど、途中でへたり込んでしまう恐れもある。

ちょっと試してみたい気もするが、そんなことしたら現場の人たちに迷惑だろう。

ところで、トルコのセメント袋には、いったい何キロ入っているのか気になって調べてみたところ、どうやら50キロが標準らしい。体力の面で、日本人はトルコの人たちに全く適わないようである。

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10月3日 (火)  日本の地方色の豊かさ

(10月2日)

昨日(10月1日)、地図を見ていて、寮からそれほど遠くないところに、ドラッグストアモリ、通称“ドラモリ”があるのを発見した。屋久島では、毎週、ドラモリへ買い出しに出かけていたので、何だかとても懐かしい。

多々良川を越えて、“伊三郎製ぱん”と同じ方角だったため、昼のパンを買いに行くついでに寄ってみた。洗濯洗剤は、あのトライアルよりも安かったから、さっそく購入、他にも未だ何かあるかもしれない。

これで、買い物先のリストにあるスーパーは、トライアル、ミスター・マックス、マルキョウ、コスモス、そしてドラモリとなった。盆以降、コンビニなどでは殆ど買い物をしていない。やっぱり、買い物は、格安のスーパーに限る。

ところで、トライアルとミスター・マックスは、関東にも進出しているようだけれど、他の各スーパーは、いずれも関東の人たちには馴染みがないだろう。トライアルにミスター・マックスも含めて、全て福岡を本拠地とするスーパーである。

しかし、三菱UFJのATMが、福岡ではなかなか見つからなかったりして、トルコや韓国と比べると、日本は遥かに各地方の独自性が豊かであるような気がする。これも江戸時代まで封建領主が存在していたお陰だろうか?

歴史的に中央集権の度合いが強かったトルコでは、今でも日本の“地方銀行”に相当する銀行はないようである。韓国でも、1967年に政府の肝入りで10行が作られたものの、現在は6行が残るだけという。日本では60行以上あるそうだ。

特定の地域で独自に展開しているスーパーのような地場産業も、トルコでは余り目立っていないのではないかと思う。

韓国では、慶尚道と全羅道の地域対立により、創業者が慶尚道の出身であるロッテの製品は、かつて全羅道で全く販売されておらず、代わりにヘテの製品が売られていたと聞いたけれど、本当だろうか?

1989年だったか、全羅南道の光州で、同地出身の友人に訊いたら、「本当だよ。信じられないなら、そこの売店で『ロッテのガムありますか?』って訊いてみろ! さあてどうなるか? 俺はここで見物しているぜ」なんて私を脅かしながら笑っていた。


*写真:
左−福岡のドラモリ(10月1日)
中・右−大正年間に建設された鹿児島の地場百貨店“山形屋”の本館(7月10日)

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10月4日 (水)  福岡の道頓堀/Y氏は暇人

(10月2日)

先週(9月24日)、吉塚駅の向こうまで散歩に行った帰り、バス停に記された“道頓堀”という名称に目を引かれた。少し先の交差点にも、やはり“道頓堀”という表示が出ている。

地図を見ると、その辺りに“道頓堀”という住所名は無かったので、余計に気になった。それで、ネットで検索してみたところ、以下のサイトに“道頓堀”の由来が詳しく説明されている。↓

Y氏は暇人/【博多区】吉塚になぜ道頓堀?
http://y-ta.net/yoshizuka-dotonbori/

これを読んで、“道頓堀”の発見よりも、お陰で、この“Y氏は暇人”というサイトを発見したことの方が嬉しく思えて来た。

今まで、福岡“街歩き”などと言いながら、“Y氏は暇人”を読んでいなかったのは非常に残念である。福岡の情報が満載で、これを読んでから歩けば、福岡の街がもっと楽しくなるに違いない。


*フェイスブックの写真アルバム:吉塚〜東公園
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.10213315318934181.1073741933.1134094593&type=3
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.10213315243412293.1073741932.1134094593&type=3

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10月6日 (金)  あまり無理をしなくても済むようにはなったけれど・・・

セメント一袋が25キロと無理のない重さになって、非力な私は助かっているものの、50キロを軽々と持ち上げる人にとっては、扱いが面倒になっただけだろう。

3年ほど前、通訳を務めたイスタンブールの工事現場では、設計した日本の技術者が、取り付け等の作業をする人たちに配慮して、50キロ(だったと思う)のパーツを二等分して、負荷を軽くしておいたところ、実際に作業したトルコの人たちは、「一つのパーツになっていたら一回で取り付けられるのに、何故、こんな面倒な構造にしてあるのか?」と首を捻っていた。

日本でも、体育会系の若い人たちは、50キロパーツの方が、手間を省けるから喜ぶかもしれない。

草刈現場の若い監督さんも、本人は相当無理がききそうな雰囲気だったけれど、それを作業者に押し付けようとはしなかった。今の時代、それで現場が動いてくれるわけじゃないからだと思う。

しかし、これでは、体力も気力も充分で無理のきく若い人が、頑張って競争に打ち勝つチャンスは減ってしまうような気がする。

メルハバ通信〜「川崎の産廃屋でダンプの運転手」
http://www.neo-pro.jp/makoto/merhaba/003.html#200

この川崎の産廃屋で、運転手は昼夜連続で仕事を取り、相当稼ぐことが出来た。とはいえ、これも2日連続が限度で、3日目の夜は休むパターンになっていた。

私は一度だけ、3日連続を試みたが、4日目の昼には、運転しながら朦朧とした気分になり、限界を悟らされてしまった。

ところが、この会社の社長さんは、毎週、土曜日の夜と日曜日だけ休み、5日連続で昼夜ダンプを運転して稼ぎ、それを元手に会社を興したそうである。もはや、“超人”としか言いようがないけれど、今の若い人たちには、そういった気迫を発揮できる所が少なくなっているのではないだろうか?


*写真:立花山

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10月8日 (日)  競争社会〜アメリカの銃社会

私は21年ほど前、長距離トラックの運転手を1年ぐらいやってみただけで、『これは敵わん』と意気地なく敗退してしまった。あの仕事には、毎日3時間ぐらいの睡眠でも持ち堪える体力と(当時は)制限速度60キロの国道を120キロでぶっ飛ばす度胸が必要だと思った。

もっとも、運転手の場合、さっさと諦めて敗退しないと、過労死する前に事故で他者を殺めてしまう可能性があるから、あれで良かったに違いない。運転手に無理をさせるのは、やはり余り好ましくないだろう。

しかし、エリート層が、切磋琢磨して競い合わなくなった社会は、やがて衰退を迎えてしまうような気がする。

そもそも、“競争社会”と“過重労働”に対して、批判的な記事を書き連ねている方々も、厳しいジャーナリズムの世界で生き残るために、その多くが相当無理しながら頑張っているのではないかと思う。

“競争”も“いじめ”もない平和な社会は結構だけれど、競争に打ち勝とうとする闘争心がなければ、人類の進歩と発展はなかったかもしれない。

それこそ、人々の闘争心が弱まり、力を失った社会は、国際社会の中でいじめられるだけではないのか? 現に、中東の社会は、そうやって100年以上、いじめられ続けて来たような気がする。

また、今アメリカでは、悲惨な事件により“銃社会”の是非が問われているものの、アメリカが強い競争力を維持してきた要因の一つに、『いざとなれば銃を手にして戦う人々の強い意志』といったものはなかっただろうか?

そのために、多くの人たちが犠牲になってきたとはいえ、中東が支払わされた犠牲に比べれば、ものの数ではなかったはずである。


2014年11月26日(水)女性の社会進出
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2014&m=11

2017年2月22日(水)いじめも争いもない社会
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2017&m=2

*写真:福岡の東公園にある亀山天皇と日蓮上人の像。いずれも“元寇”に由来しているそうだ。

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10月9日 (月)  博多ポートタワー

昨日は久しぶりにフルコースの“街歩き”を楽しんでしまった。

まず、寮から歩いて博多ポートタワーへ向かった。箱崎の駅を越え、御笠川を渡り、大博通に出て北西に進路をとる。正確に時間を計らなかったが、ポートタワーまで、1時間半〜2時間ぐらいだったのではないかと思う。

博多ポートタワーは、1989年に“福岡タワー”が新設されて以来、少し影が薄くなってしまったというけれど、同様に福岡の街を一望出来て、しかも入場は無料(!)、福岡タワーは800円も取られるそうだ。

それなのに、ポートタワー入場者は、福岡タワーに比べて大分少ないらしい。昨日も、全く待つことなく乗り込んだエレベーターには、私の他にもう1人しか乗っていなかった。

下りは、私を含めて8〜9人乗っていたものの、私以外は、皆、韓国の人たちだった。展望台でも、日本語の会話は殆ど聞こえて来なかった。

博多ポートタワー
https://yokanavi.com/spot/27014/

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10月10日 (火)  井出ちゃんぽん

(10月9日)

昨日(10月8日)のフルコース“街歩き”、ポートタワーの後は天神まで歩いて、天神ノースのブックオフで買い物を済ませると、念願の“井出ちゃんぽん”で昼飯を食べた。

“井出ちゃんぽん”は、8月11日の最初の天神“街歩き”で発見して以来、『いつか食べてみよう』と思いながら、なかなか実現しなかった。

有名な店で、その名は随分前から聞いていたし、ひと月ほど前、フェイスブックのメッセージでも勧められたので、何だか“念願のちゃんぽん”になっていたのである。

昨日は、良く歩いて、充分にお腹をすかせてから店に着くと、他のメニューには目もくれずに、“ちゃんぽん”のチケットを買った。

しかし、後で気が付いたけれど、この天神店には、“ちゃんぽん”の他に餃子や唐揚といった副食のメニューがあるだけで、『もちろん“ちゃんぽん”です!』などと意気込む必要もなかったようだ。

入店したのは2時近くと、ちょっと遅いくらいだったのに、店内は混み合っていて、“ちゃんぽん”が出て来るまで少し待たされた。そのため、食欲はさらに高まり、まさに至福の一杯を楽しむことができた。

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10月11日 (水)  庵道珈琲店

(10月9日)

昨日(10月8日)の“街歩き”が、何故“フルコース”だったのかと言えば、念願の“井出ちゃんぽん”を味わったばかりでなく、その向かいにある庵道珈琲店で食後のコーヒーを堪能し、おまけにスーパー銭湯で温泉気分を楽しんで来たからだ。

庵道珈琲店は、8月11日以来、天神の街を歩くたびに訪れて、何だかもう馴染みの店になっている。

自家焙煎のコーヒーが美味しいだけでなく、ちょっとレトロな店の雰囲気も素晴らしい。また、コーヒーに生クリームが添えられて来るところが、私にとっては欠かせない要素になっている。

私は、この生クリームをたっぷり受け皿に取って、これを少しずつ口に含んでからコーヒーを一口飲む。生クリームを口に含む量や、その後でコーヒーを飲むタイミングを変えることで、色んな風味が楽しめる。生クリームを直ぐコーヒーに入れたら、その後は全て“ミルクコーヒー”になってしまう。

そして、最後の一口は、生クリームを口に含まず、ストレートにしたりする。

いつからこうやって飲むようになったのか良く覚えていないけれど、私はイスタンブールの家でインスタントコーヒーを飲む時も、生クリームがなければ、バターや白チーズを口に含んだりしながら楽しんでいた。

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10月12日 (木)  博多ポートタワーから眺める福岡の街

(10月9日)

昨日(10月8日)は、“温泉”まで楽しんでしまったため、さすがに天神からの帰りは西鉄バスを使った。バスは寮の目の前で停まる。

実は、銭湯も久しぶりだったので、ちょっと体重が気になっていたものの、計ってみたら、入浴前が「58.95kg」、入浴後は「57.15kg」となかなかの成績である。

朝と昼は、かなり米の飯も食べているけれど、現場で結構体を動かしているから、体重増加の心配はないようだ。

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