Diary 2015. 5
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5月1日 (金)  アンタルヤ

トルコ生活20年にして、トルコ有数のリゾート地である地中海地方アンタルヤを初めて訪れた。といっても、観光に来たわけじゃないから、リゾートとは縁もなく、3週間ほど過して帰ることになると思う。

27日に着いて、今日で3日になるけれど、まだ市内にも海岸にも出ていないので、なんだか何処へ来たのか良く解らない。イスタンブールに比べて凄く暖かいと感じただけである。

気温は、今日(4月30日)も28℃ぐらいまで上がり、既に海水浴を楽しむ人たちもいるそうだが、海に入ると水は未だかなり冷たいらしい。

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5月9日 (土)  カドゥリエ

アンタルヤと言っても、この辺りは市内から40kmぐらい離れているらしい。カドゥリエという小さな町である。ウイキペディアによれば、“カドゥリエ”はクレタ島北部の都市イラクリオンのイタリア語の呼称“カンディア”に由来しているそうだ。

カドゥリエの町のパンフレットを見ると、「モスク・チャーチ・シナゴーグ」という記述があるので、『これは珍しい』と思い、昨日、町のモスクまで出かけて見たけれど、その周囲を万遍なく歩いても、教会やシナゴーグは見当たらなかった。

近くの土産物屋で訊いたら、15分ほど歩く町の外れに、モスクとチャーチ、シナゴーグを隣り合わせに造った礼拝施設があるという。

土産物屋の店主は、アダナ県の人で、彼の話によれば、カドゥリエで商売を営んでいる人の多くは、他県からの移住者であるらしい。

20年前に彼が移住して来た頃は、小さな土産物屋でも結構繁盛したそうだが、最近は、敷地内に何から何まで揃っているリゾート・ホテルが増えた為、観光客がホテルの外へ余り出なくなってしまい、商売あがったりだとこぼしていた。

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5月10日 (日)  モスク・チャーチ・シナゴーグ

カドゥリエの町外れにある「モスク・チャーチ・シナゴーグ」。3大宗教の融和を願って、2004年に造られたという。

同じ敷地の中に、3大宗教の礼拝施設が隣り合わせに建っていて、その中ほどに位置する小さな別棟には、それぞれの聖職者の部屋が仲良く並んでいる。

しかし、現在、ユダヤ教の聖職者がいない為、シナゴーグでは礼拝が執り行われていないそうだ。

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5月12日 (火)  3大宗教礼拝施設の教会

カドゥリエの3大宗教礼拝施設にある教会は、どうやらプロテスタントのようである。

施設の管理人さんに訊くと、日曜日や祝祭日には、牧師さんがアンタルヤから来てドイツ語で礼拝を執り行うという。

案内板には、ドイツ人クリスチャンのコミュニティーがアンタルヤにあると記されていたが、管理人さんの話によれば、教会を訪れるのは、殆ど近辺のリゾート・ホテルに逗留しているツーリストらしい。

そもそも、この3大宗教礼拝施設は、リゾート・ホテルらの出資により建設されたそうだ。これも宿泊客へのサービスの一つなんだろうか?

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5月13日 (水)  シナゴーグとモスク

これまで、モスクや教会はいろいろ見て来たけれど、シナゴーグには立ち入ったことがなかった。

トルコにあるシナゴーグは、前以て申し込んでおけば、見学も可能らしいが、通常、非ユダヤ教徒が礼拝堂へ入るのは、なかなか難しいのではないかと思う。

カドゥリエの“シナゴーグ”は、礼拝も執り行われていないそうだし、これが正規の礼拝施設と言えるのかどうか解らないけれど、とりあえず内部を見せてもらった。正面のヘブライ文字は、どういう意味なのだろう?

モスクの方は、礼拝に訪れる信者が結構いるらしい。この日(5月8日)も、礼拝時間はとうに過ぎていたにも拘わらず、車で来た30代ぐらいの男性が一人で祈っていた。

男性はイスタンブールの人で、アンタルヤには仕事で滞在しているという。私が日本人であると解ったら、「2週間前に日本旅行から戻ったばかりです」ととても喜んでいた。

ところで、彼は友人らと英語のガイドブックを手がかかりに、東京〜京・大阪を回って来たものの、食料をトルコから大量に持って行って、和食はもちろん、見慣れない食べ物には全く手を出さなかったと言うから残念だ。

しかし、こういう保守的な人たちが気軽に海外旅行を楽しむようになっただけでも、大きな変化であるかもしれない。

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5月15日 (金)  地中海

今日は休みだったので、少し長めの散歩をしようと、まずは海岸まで歩いた。

海に入ったわけじゃないが、真夏を思わせる日差しの中で、砂浜を眺めていると、なんとなく地中海沿岸のリゾート地へやって来たという実感もわく。

しかし、まだ夏季の休暇には早い所為か、ビーチには、年金生活者らしいお年寄りの姿が多かった。

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5月16日 (土)  カドゥリエのゴルフ場

海岸へ出るまで15分ぐらい、人家や商店の見当たらない林の中の道を歩くが、この林の向こうは殆どゴルフ場になっているらしい。所々、垣根や鉄柵越しに、ゴルフ場の様子が見えたりする。

1992年に、初めてイスタンブールへやって来た頃は、やっと一つゴルフ場の整備が始まったばかりで、オープンしていたのは、打ちっ放しの練習場だけだった。私もそこへ日本人の社長さんのお供で何度か出かけたことがある。

ネットなど張られていなかったから、飛んで行った球は、ブルドックのようなひしゃげた顔の中型犬が取りに行き、口にくわえて持って来る。とても愛嬌のある犬だったけれど、球にはべっとり涎が付いていたりした。

練習場に来ていた客は、大概、欧米人か日本人で、当時、ゴルフを楽しむトルコ人は殆どいなかったのではないかと思う。一応、インストラクターを称するトルコ人が一人練習場に待機していたけれど、彼のスイングは全くゴルフの基本に適っているように見えなかった。あれでまっすぐ飛ぶのが不思議なくらいだった。

今はどうなんだろう? ゴルフ場は増えたが、相変わらずトルコの人たちはゴルフに余り関心がないらしい。この辺りのゴルフ場も外国人を主なターゲットにしているような気がする。

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5月17日 (日)  カドゥリエのミグロス

今日(5月15日)は、海岸まで散歩してから、カドゥリエの町の床屋で散髪した。

床屋の大将は、トラブゾン県の人で、イスタンブールにも住んでいたことがあると言い、それがなんとサンジャクテペ区のサマンドラだったので、雑談の話題は、もっぱらサンジャクテペとトラブゾンに集中した。

床屋を出てから大手スーパーのミグロスで買い物したけれど、全国展開しているミグロスは、イスタンブールでも何処でも殆ど変わりがない。

これでまた何処へ来ているのか良く解らなくなってしまった。

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5月22日 (金)  アスペンドス

カドゥリエから車で30分ぐらいの所にあるアスペンドスの遺跡。1万5千人収容できたという劇場は、2世紀頃の建造らしい。アジア側では最大規模にして最も保存状態の良い古代劇場と言われているそうだ。

しかし、その割には、あまり知られていないような気がする。ウイキペディアの日本語版にも掲載されていなかった。日本から訪れる観光客もそれほど多くないようである。

イスタンブール、エフェソス、カッパドキアという主要観光地から、ちょっと離れている所為かもしれない。私もトルコで20年暮らしていながら、今まで寄る機会がなかった。

アンタルヤの空港には、ヨーロッパの各都市から乗り入れていて、アクセスも悪くない。もっと日本の人たちにも来てもらいたいと思う。

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5月24日 (日)  シデ

アスペンドスからほど遠くない、地中海の沿岸に位置するシデの遺跡。

この遺跡にも、往時の劇場が残っている。アスペンドスとほぼ同時代の建造で、規模も同じぐらいだったらしい。しかし、こちらは余り保存状態が良くない。

どちらも似たような構造になっているけれど、当時の人たちは、演劇などを楽しむ劇場として建造したのであって、何も遺跡として後世に残そうとしたわけじゃないだろうから、構造には一定の規格みたいなものがあったのかもしれない。

シデで数週間に亘って公演した劇団が、翌週はアスペンドスに移動して、また同じ出し物で公演したりすることもあったのではないだろうか?

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