Diary 2013. 8
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8月2日 (金)  破廉恥な漢字

昨日は、朝から映画のエキストラに駆り出された。7月20日、母を空港へ出迎えに行く前、市内でオーディションみたいなものを受けさせられたが、以来、何の音沙汰もなかったから、お流れになったと思っていたところ、前日になって急に連絡が来た。

撮影がいつ終わるのか解らないので、母に家でずっと留守番してもらうわけにも行かず、早朝、一緒に家を出て、ヨーロッパ側シシリー区の撮影現場に向かった。

現場には9時というお達しだったが、7時半頃に着いてしまい、近くのスィミット(胡麻パン)屋で、軽く腹ごしらえしながら時間調整した。

この店は、レジの隣にスィミット等を焼くオーブンがあり、私たちはその前に座って、1時間以上、スィミットが焼き上がる光景やレジの辺りで働く店員たちの様子を眺めていた。

ラマダン中というのに、お客が引きもきらず訪れ、店員は皆忙しく働いていたけれど、そのうち、女子店員が被っているユニフォームの帽子が2種類あることに気がついた。一つは男子店員と同じキャップ帽、もう一つは頭巾にツバがついたような形の帽子である。

レジの裏でお茶を用意している中年女性は“頭巾帽子”の下に白いスカーフを被っているのが見える。レジを打っている若い女性も“頭巾帽子”であり、スカーフこそ被っていなかったものの、髪の毛を全て“頭巾”の中に隠していて、その敬虔さが覗えた。おそらくユニフォームに着替えるまではスカーフを被っているのだろう。

この敬虔な女性たちが、断食を実践中であるのは想像に難くない。オーブンから絶えず美味しい香りが漂ってくる中で働きながら断食を継続するのは至難の業と思われるが、レジの若い女性は動きもキビキビとして、辛そうな感じは全く見せていなかった。

店を出て、撮影現場となる雑居ビルの中のオフィスに向かうと、途中、凄まじい雨が降ってきて、暫くビルの軒先で雨宿りした。

オフィスに着くと、私は直ぐ衣装係りに呼ばれて、黒いスーツに着替えさせられた。なんでも、中国人の銀行支店長の役らしい。どういう映画なのか良く解らないが、出演場面のシナリオを読んだ限りでは、コメディ映画のように思える。

3人の不良中国人が、トルコ人から偽手形を掴まされ、銀行支店長の所へ相談に来たものの、支店長から「こいつはヤバイ・・」と散々脅かされて驚く、という話。私が支店長役をやらされ、他の中国人3人の役も、演じるのは、トルコ人(カザフ系)2人とモンゴル人で、中国の人は1人もいない。台詞も全てトルコ語だった。

黒スーツに着替えてから待合室に入ると、まずそのモンゴル人青年が挨拶してきて、母と私に飲み物まで用意してくれた。私はともかく、母にとても気を使っているのが解る。イスタンブールの大学に留学しているそうだが、不良の役が余り様にならない真面目な青年だった。モンゴルには、“年寄りを敬う”といった美徳が、まだ色濃く残っているのかもしれない。

撮影が始まったのは、1時間ぐらい経ってからで、その間、アシスタント・ディレクターの若い女性から、何度も繰り返し、台詞の指導を受けた。

彼女、ディレクターより女優を目指した方が良いんじゃないかと思えるくらいの美人だったが、なんの弾みか、他のスタッフに「チュアニバシ!」とクルド語で挨拶して笑っていた。それで私が、「クルマンチ・ザーニー?(クルド語解りますか?)」とクルド語で問い掛けたところ、目を大きく見開き、大喜びで握手を求めてきた。ウルファ県出身のクルド人だそうだ。お陰で、その後の台詞の練習はとてもスムーズに行った。

撮影用の部屋に入り、銀行支店長のデスクに座らされてから周囲を見渡すと、壁に中国の地図や“伝統”と記された紙が張ってあったり、デスクの脇に五星紅旗が立てかけられたりしていた。中国の銀行の支店という設定らしい。

もう一つ、これには、撮影が大分進んでから、やっと気がついたけれど、デスクの真横の棚には、いくつかファイルが並んでいて、これに記されている漢字がとても破廉恥だった。

パソコンが頼りで、いよいよ漢字が怪しくなって来た私は、その字面を見ながら、『あれは木偏だったかなあ? 適当に漢字を拾ってきたら、偶然ああいう組み合わせになっただけじゃないのか?』なんて首を捻ってみたりしたが、どうやら漢字に間違いはないから、やはり偶然の産物じゃなかったのだろう。

結局、あの漢字が見えるような角度では撮影していない為、破廉恥でも何でも構わないかもしれないが、あれは漢字を良く知っている何者かが意図的にやったような気がする。あまり良い冗談とも思えないが、ネタにはなる。

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8月4日 (日)  ビュユック島−アヤヨルギ

昨日はビュユック島へ渡り、アヤヨルギ教会のある頂まで登った。島へ渡るのは3年ぶり、アヤヨルギには5年ぐらい登っていなかったと思う。

ビュユック島
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2006&m=8

上記の“便り”にも記したように、2006年の8月、初めて故マリアさんの別宅にお邪魔して以来、2010年までは、夏ばかりでなく春や秋にも頻繁に島を訪れていた。

アヤヨルギに登ったのは、いずれも春か秋で、真夏は昨日が初めてだったかもしれない。母はもともと暑さに弱いし、最近、坂道も苦手になっていたけれど、アヤヨルギへ登る道は、所々視界が開けて、景色が素晴らしい為、「ここの眺めは良い」と言いながら、すっと登ってしまった。

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8月6日 (火)  ラマダンのピデ

今日、母と市内観光して戻って来たら、バスを降りたのがちょうど日没の20分ぐらい前で、バス停の向かいにあるパン屋さんに何人か並んでいるのが見えた。イフタル(日没後の断食明け)の食卓に、焼きたての“ピデ”を求める人たちだろう。

「よし!」と思って、私らも彼らの後ろに並んだところ、3分ぐらい待っただけで、焼き上がったばかりのピデを買うことが出来た。

家に帰ると直ぐにお茶を沸かし、まだホカホカのピデを2人で殆ど食べ尽くしてしまった。イチゴのジャムを少しつけたりしたが、他におかずなど必要なし、暖かいピデの旨味だけで充分だった。

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8月7日 (水)  私たちの台所

昨日の昼は、エミノニュの“ビズィム・ムトゥファク・ロカンタス”というレストランで食べた。ここは3ヵ月ぐらい前に開店したらしい。その前も飲食店だったようだが・・・。

月に2回ぐらいは、この辺りに出て来ているが、こんなレストランになっていたとは全く気がつかなかった。1人だけで見慣れた街を歩いていると、細々とした色んな変化を見逃していたかもしれない。

この店は、典型的な“エスナフ・ロカンタス(商工人の食堂?)”で、煮込み料理のような家庭の味をメインにしている。店の名前も“ビズィム・ムトゥファク(私たちの台所)”だ。私たちは“マントゥ(トルコ風水餃子?)”と“ピーマンのピラフ詰め”を食べた。

ラマダンの断食も最後の追い上げで(今日終了する)、実践率は多少高くなっているはずだが、店内は、昼時とあってかなり混雑していた。利用者は、その殆どが、近くの会社や商店で働くトルコの人たちだったと思う。 

エミノニュには外国人ツーリストも多いが、セルフサービスでギャルソンの応対もないため、ツーリストは入り難いのかもしれない。店側も特にツーリストをターゲットにしたサービスはしていないようである。

料理も美味しかったし、内装等、なかなか洒落ていたのに、料金はそれほど高くない。全てのシステムが整然としていた。オープンキッチンの調理担当に女性が多かったのも印象的だ。大手資本によるチェーン店じゃないかと思って、ネットで調べたら、ウルケル製菓で有名なユルドゥズ・ホールディングの経営だった。

以下のウェブサイトを見ると、店舗は未だこのエミノニュ店一つだけらしい。しかし、ユルドゥズ・ホールディング、資本力に物を言わせて、いきなりチェーン展開しないところが心憎い。

Bizim Mutfak
http://www.bizimmutfaklokantasi.com/

ラマダンの断食も、いよいよ今日で終わるけれど、今年の実践率はどのくらいだったのだろう? 開始数日後の報道によれば、この数年、実践率は減り続けていて、今年も初日は昨年より低かったそうだ。

この報道では、工場等に昼食を提供している外食業者に問い合わせて、実践率を調べたらしい。今年、初日に昼食を食べなかった人は30%ほどで、昨年より1%ぐらい少なかったと言うのである。

もちろん、この調べ方では、勤労者の実践率しか出て来ない。定年退職者や専業主婦の実践率は遥かに高いと思われるから、全体的にはもっと上の数値が出るのだろう。しかし、初日だけは気合を入れて断食する人も多いから、30%は随分少ないようにも思える。記者は、これを断食時間の増加と関連付けて分析していた。

イスラム暦によりラマダンの開始日は、毎年、11日ずつ早まり、今年は7月9日に始まった。夏至を過ぎるまで、断食時間は増え続けることになる。その頃には、少し涼しくなっているかもしれないが、近年、気候の変動によるのか、イスタンブールでは、6月にも8月と変わらないくらい暑い日が多い。断食を実践するには、まだまだ辛い時期が続きそうだ。

また、その記事には、工場等の経営者が、かなり厳格なムスリムであっても、勤労者に断食を強要することなく昼食を提供しているという指摘もあった。

“ビズィム・ムトゥファク(私たちの台所)”を経営するユルドゥズ・ホールディングもイスラム色の強い企業として知られ、あらゆる食品分野へ進出しているにも拘わらず、アルコールには全く手を出していないが、「ラマダン中の昼はレストランを休業します」なんて言わない。トルコでは、別に不思議なことでも何でもないが・・・。

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8月8日 (木)  ラマダン祭と飴

ラマダンの断食は昨日で終わり、今日から3日間がラマダン祭になる。かつては、日本の正月三が日のように、商店などは何処も休業したらしいが、最近はもう普段の日曜日と変わらなくなっている。イエニドアンでも大概の店が営業していた。

今年は、昨日、母と近くのスーパーへ買い物に行った際、ふと思いついて、安い飴を300円分ほど購入して置いた。ラマダン祭になると、子供たちは隣近所を訪問して、“お年玉”のような“お祝い”をもらって来る慣わしがある。飴があれば、これを“お年玉”の変わりに使える。

以前、エサットパシャに住んでいた頃は、次から次へと“お年玉”をせがむ子供たちがやって来て閉口した。飴もなければ、小銭の用意もなかった為、子供たちが諦めて帰るまで、ドアを開けずに家の中でじっとしていたこともある。

イエニドアンの家は、大家さんと私の所以外に入居者がいない所為か、昨年のラマダン祭でも、それほど沢山の子供たちが訪れて来たわけじゃないが、備えあれば憂いなしだ。

結果から申し上げると、今日は6人来た。女の子の二人連れが二組と男の子の二人連れ、いずれも10歳ぐらいで、なかなか礼儀正しい子供たちだった。「イイ・バイラムラル(良い祝祭を)」と挨拶を交わしてから、飴の袋を差し出すと、皆、なんだか残念そうに、飴を少しだけ取って行った。まあ、残念そうにしていたんじゃなくて、“ピンポン”とやったら、外国人が出て来たんで驚いただけかもしれない。でも、近所の人は、「最近の子供たちは、お金じゃないと喜ばないよ」なんて笑っていた。

2005年には、故マリアさんの家に間借りしていたけれど、ギリシャ正教徒である彼らの祝祭“クリスマス”や“復活祭”になると、孫のディミトリーは、ルーム(トルコに住むギリシャ人)が多く暮らしているクルトゥルシュ街まで出かけて、ルームの家々を回り、“お年玉”をもらって来ていた。

しかし、ルームの場合、ただ挨拶するだけでは駄目で、賛美歌を一曲披露しなければならないそうだ。ディミトリーは歌の練習をしてから出かけていた。こういった習慣はギリシャにもあるのだろうか?

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8月11日 (日)  羚羊の味?

昨日、日本へ帰る母をアタテュルク空港で見送った。不慣れな年寄りの旅客を飛行機の座席まで、トルコ航空の職員が案内してくれるというサービスを申し込んで置いたら、3人の職員が現れたので驚いた。

当初、『言葉の通じないトルコ人の方にお願いして大丈夫だろうか?』と不安に思っていたが、3人も来てくれて、心配する必要などなかったようだ。

空港からの帰途、アクサライの“Ehli Kebap”で夕飯を食べた。アクサライへ出るのは、空港への行き帰りぐらいなので、そういう機会には、いつもこの“Ehli Kebap”へ寄ることにしている。

“Ehli Kebap”は、“ディヤルバクルのケバブ”と銘打っているが、ガジアンテプ名物の“ベイラン・チョルバス(スープ)”も美味い。

昨日はこの“ベイラン・チョルバス”、それから“ジェイラン・ケバブ”という新しいオリジナルメニューをギャルソンに勧められたので、これを食べてみることにした。

このギャルソンは初めて見る顔で、「ベイランにジェイラン」とオーダーを通してから、「ベイランを良く知っているねえ」と驚いていたけれど、すかさず馴染みのギャルソンが、「この人は、先日、ベイランを味わってもらおうと、お母さんまで連れて来たんだよ」とフォローしてくれた。

“ジェイラン・ケバブ”は鶏のもも肉という説明だったが、食べてみると羊の味もする。鶏肉に羊の脂を混ぜているのではないかと思って訊いたら、“羊の尾の脂”を細かく切って鶏肉の間に挟み込んであるそうだ。なかなか巧い具合に合わさっていて、とても美味しかった。

ところで、“ジェイラン”というのは、“羚羊”のトルコ語である。何故、このオリジナルメニューを“ジェイラン・ケバブ”と名付けたのか、これも訊いてみた。「羚羊の肉の味に似ているからです」と明らかにしていたけれど、本当だろうか? 羚羊の肉なんて食べる機会はおそらくないから真偽のほどは確かめようもない。

しかし、鶏肉にも“羊の尾の脂”を混ぜてしまうなんて、如何にもトルコの人の発想だと思った。

Ehli Kebap
http://ehlikebap.com.tr/tr/anasayfa.html

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8月12日 (月)  ビュユック島のポアチャ

2006年の夏は、何度となくビュユック島のマリアさん別宅を訪れ、その度に私がムール貝を採って来て、それをから揚げやら炊き込みご飯にしてもらって夕飯を食べた。

いつもその日は別宅に泊まり、翌日、少しおそい朝食を食べてからイスタンブールに戻った。朝、パンやポアチャというチーズなどが入った惣菜パンを買いに行くのも私の役目だった。

良く覚えていないが、最初は、多分マリアさんについて買いに行き、2度目に私が1人で行って、適当なパスターネでポアチャを買ってきたら、マリアさんに「いつもの店じゃない」と小言を言われた。

その時は、『たかがポアチャに店の違いなんてあるのか?』ぐらいに思っていたが、次の機会に、教えられた通りの店で買って来たら、私もその違いが良く解った。この店のポアチャは格段に美味い。イスタンブールでもこれほど美味いポアチャは他にないんじゃないかと思う。

ポアチャは、今調べてみて驚いたが、イタリア語のフォカッチャ(focaccia)が語源になっているそうだ。もちろん、これは語源の話で、トルコのポアチャは、フォカッチャとは少し違うような気がする。トルコでパスターネと呼ばれている店なら、何処でも売っていて、ポアチャにチャイという朝食も多い。

大概、チーズ入りやポテト入りがあって、生地はちょっと固めのパンといったところだが、ビュユック島のこの店のポアチャは、サクサクとした食感で、パイ生地に近い。チーズやポテトの他に、ナス入りもある。裏漉ししたナスが入っていて、これが実に美味しい。ビュユック島に行ったら、是非食べてもらいたい。

ビスコッティのような菓子も美味しくて、私はいつもこれをビュユック島の土産にしていた。

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8月13日 (火)  ビュユック島−ココレチ

ココレチは、羊腸を金串に巻いて焼いたもので、これをさらに細かく切って、トマトや唐辛子と一緒に炒めたりするけれど、そのまま輪切りにして食べても美味い。

イスタンブール市内にも、ココレチのある店は多いが、店頭でココレチを焼いて輪切りにしてくれる店は、大概の場合、アルコールを提供していない。

それで、ビュユック島に来ると、この“アルトゥン・フチュ(黄金樽)”という居酒屋で、ビールを飲みながら、ココレチの輪切りが食べたくなる。周りがカリカリと香ばしく焼けたココレチは、ビールにとても良く合う。

ココレチは、トルコ語の辞書を見ると、「ギリシャ語からの借用語」となっている。元来ギリシャ起源の料理らしい。ビュユック島には、もともとルーム(トルコのギリシャ人)やユダヤ人が多く住んでいたから、ここのココレチは本場に近いかもしれない。

ギリシャでは、復活祭にココレチを焼いて食べる伝統があるという。それも、羊腸だけでなく、肝臓や脾臓といった内臓を羊腸で巻いて焼くというから凄い。

ところで、ギリシャ語の解る友人が、ココレチをギリシャ語の辞書で調べてみたら、「アルバニア語からの借用語」となっていたそうだ。アルバニア語の辞書には何と書いてあるんだろうか?

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8月14日 (水)  ビュユック島−カモメ

ビュユック島のアヤヨルギ教会の隣には、絶景を眺めながら食事を楽しめる所がある。特製(?)のワインもあって、昔は本当に島で作ったワインだったそうだが、今はどうやら他所から持って来ているらしい。でも、あの景色を眺めながら飲めば、とても心地良くなって、そんなことはどうでも良くなってしまう。

8月の3日に、母とアヤヨルギまで登ったら、そこにカモメの珍客がいた。空いているテーブルの上で悠然と佇んでいる。両脇のテーブルにはお客さんが座っているし、私も含めて3〜4人がカメラを構えているのに、何処吹く風で、あっち向いたり、こっち向いたりしていた。

トルコでは、街角の野良猫や野良犬も、全く人を恐れている様子がないけれど、どうやらカモメも同じらしい。

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8月15日 (木)  

我が家の近く、パシャ村の先にあるダム湖には、鵜がいた。こちらは、20mぐらいまで近づいたら、湖に飛び降りてしまった。人には慣れていないようだ。

鵜はカドゥキョイの船着場などでも良く見る。とても潜水が上手くて、潜ると暫く出て来ない。

この鵜は海にいるから“ウミウ”で、ダム湖のは“カワウ”なのかと思っていたら、“ウミウ”というのは、日本や韓国、中国など、東アジアだけに生息する種で、トルコにいるのは、皆“カワウ”らしい。

日本には、“ウミウ”も“カワウ”もいるけれど、“ウミウ”が内陸へ飛んでくることもあれば、“カワウ”が外海まで出ることもあるそうだ。川で魚を獲る“鵜飼い”の鵜は、“ウミウ”だと言うからややこしい。

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