Diary 2013. 10
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10月1日 (火)  民主化パッケージ

昨日、エルドアン首相が、民主化パッケージを発表した。

私立学校でクルド語による教育を可能にする改正であるとか、軍・警察・司法を除く公務員(女性)のスカーフ着用の自由化といった項目が含まれていたが、あっと驚くような内容ではなかった。

エルドアン首相は発表に先立って、かなり長い時間をかけて、パッケージの背景を説明していた。アタテュルクによって示された近代化の目標、その後の歴代政権による目標達成への努力、民主化への道程について語っていたけれど、歴代の政権として具体的に名前が上がっていたのは、メンデレス、オザル、エルバカンと全て保守系の政権だった。

そして、トルコは既に後戻り出来ない民主化の途上にあり、こういった民主化パッケージは、これが初めてでもなければ終わりでもない、未だ続きがあると強調していた。

ギリシャ正教の神学校の再開や、アレヴィー派の礼拝施設ジェムエヴィの法的な認知も期待されていたが、いずれも言及されなかった。

報道によれば、神学校の再開が見送られたのは、ギリシャにおけるトルコ人少数派の為の改正が進んでいないからだと言う。ジェムエヴィの方は、アレヴィー派内の意思統一が取れずに遅れているが、進展はあるらしい。

驚くべき内容ではないと申し上げたけれど、“クルド語による教育”も“スカーフ着用の自由化”も、ほんの数年前だって大騒ぎになっただろう。私も驚いたと思う。

しかし、今回は、タルハン・エルデム氏のように、以前は“大学でのスカーフ解禁”にさえ警笛を鳴らしていた識者も、全面的に賛意を述べている。

スカーフの問題でも、私の弱い頭は混乱し続けたが、実を言えば、クズルック村の工場で、99年の大地震以後にスカーフの解禁を要求する声が高まった際、私はこれを支持した。それで解禁してから問題が生じただろうか? 

女子従業員の中には、工場ではスカーフが外せるという口実が奪われたことを恨めしげに言う子もいたけれど、その後、極端にスカーフ着用者が増加するといった現象もなかった。先日、フェースブックを見ていたら、当時、解禁と共にスカーフを被り始めた従業員の女性が、スカーフを被らずに御主人と肩を並べている写真がアップされていた。10年後の今日も、10年前も、問題なんて何処にもなかったのである。

“クルド語による教育”に関しても、エルドアン政権は実に慎重に歩を進めて来た。まず、語学学校によるクルド語教育の容認、それから公立学校での選択授業、そして今回、私立学校に限って“クルド語による教育”を可能にする道を切り開いた。

公立学校でも実現する為には、憲法を改正しなければならず、これには野党の協力が必要になるらしい。

エルドアン首相は、「トルコに、分割されるとか分裂するといった問題はない、あるのは“野党”という問題だ」というように述べていたが、クルド系政党BDPを除く野党勢力は一貫して、「“クルド語による教育”を認めれば、トルコは分裂し内戦になるだろう」と警告してきた。私の弱い頭もこの警告に脅かされたのか、“クルド語による教育”は難しいだろうと思っていたが、おそらく杞憂だったに違いない。

しかし、クルド系政党BDPは、この“クルド語による教育”への一歩を「不充分」と言って、けんもほろろの反応を見せている。公立学校で実現したいのなら、彼らも協力しなければならないはずなのだが・・・。交渉は続けるにしても、何処を落としどころと見ているのだろう? 

例えば、トルコの土産物屋で値切り交渉すると、我々日本人の多くは、売り手に「100リラ」と言われて、「75リラ」と応じ、あっさり決着してしまったりする。中国人の友人は、まず「25リラ」と思い切って反撃し、それから交渉を重ねて、50リラぐらいまで値切っていた。これが交渉術というものらしい。もっとも、観光客相手の土産物屋でもなければ、もう何処でも定価販売になっているから、トルコ人の多くも値切り交渉は余り上手くないみたいだが・・・

BDPは、そういった“交渉術”で応じてきているのかもしれない。


“YouTube”−民主化パッケージを発表するエルドアン首相
http://www.youtube.com/watch?v=AWfe9A9WnAY


*自己紹介欄のメールアドレスは既に使えなくなっているので、私(新実誠)へのお問い合わせは下記のアドレスにお願いします。↓

makoton1@hotmail.co.jp



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10月2日 (水)  韓国軍とトルコ軍

昨日、韓国が大規模な軍事パレードを実施したそうだ。北朝鮮を威嚇する狙いがあったらしい。おそらく、その矛先は国内の親北朝鮮勢力にも向けられていたんじゃないかと思う。ひょっとすると、こちらの方が主であるかもしれない。

先月、韓国では、親北朝鮮の国会議員が、北朝鮮に呼応した暴動を企てた容疑で逮捕され、話題になっていた。

7月、ボズジャ島で韓国人の友人は、「名分からすれば、北朝鮮のほうが国家の正統性があって、はるかに正しい」と論じていたけれど、正直申し上げて、こういった主張には、なんとも当惑してしまう。

日本によって“国家の正統性”を踏み躙られ、独立後、正統性の根拠を“反日”に求めてきたのは理解できる。でも、名分を糺すためには、北朝鮮の人々が味わっている塗炭の苦しみを無視しても良いのだろうか?

李氏朝鮮の時代も、この国の知識層は、党争と呼ばれるイデオロギー闘争を繰り返し、国民の経済状況などは余り省みなかったそうである。

その後、日本の統治、日本の敗戦による独立、朝鮮戦争の悲劇を経て、1961年に軍事クーデターで政権を掌握した朴正煕大統領のもと、“漢江の奇跡”を実現したけれど、この時代、知識層のイデオロギー的な主張は、軍事政権に封じ込められていたのだろう。反日イデオロギーもある程度抑えられていたようだ。

それが、文民統治に戻ったら、またもやイデオロギー闘争を始めてしまったらしい。反日イデオロギーも激化した。

逮捕された親北朝鮮の国会議員らは、地下組織を作り、武器なども準備していたそうだ。いったい何を標的にするつもりだったのか?

暴力団が縄張りを争う時は、数人殺されて大勢が決すれば、それで終わる。もともと打算があってやっているわけだから、無駄な殺生なんて必要ないのだろう。

ところが、実態のないイデオロギーで争うのであれば、終わりはないかもしれない。李氏朝鮮の党争も、果てしなく殺し合いを続けたそうだ。

韓国軍が、これを契機に綱紀の乱れを正し、ある程度影響力を取り戻して、無駄なイデオロギー闘争を押さえ込んでくれるなら、それも良いのではないかと思ってしまう。軍が影響力を持ったからと言って、戦争が始まるわけじゃない。暴力団と同じく、打算がなければ動かないのではないか。戦前の日本軍も満州事変辺りまでは打算を働かせていたような気がする。

それに、これだけ軍事力が高度化された今の時代、ソロバン勘定に合う戦争なんて、もうなかなか有り得ないだろう。自分たちの打算とは関係無しに、大国の思惑でやらされてしまう代理戦争は違うかもしれないけれど・・・

朝鮮戦争も当事者のソロバンには全く合わない戦争だった。悲劇としか言いようがない。

以下のジャン・デュンダル氏のコラムでは、朝鮮戦争にトルコ軍と共に従軍した後、トルコへ留学して外交官となったペク・サンキ氏の半生が紹介されている。

【161】トルコ人と40年【ミリエト紙】【2006.12.04】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00161.html

ここで、ジャン・デュンダル氏は、ペク氏の談話をもとに、韓国の経済発展を次のように記している。

「・・・トルコと非常に似た近世史を持つ韓国では、1961年の軍事クーデターにより、民主化が棚上げされた。軍部は、『後れた国の場合、民主的な体制では急速に発展することができない』という考えから、トルコの例で見られるように直ぐ退くことはなく、18年間、軍の制圧下で発展を遂げる。ぺクさんは民主主義の重要性を信じながらも、韓国がこの期間に実施された政策により現在の奇跡を実現したと言う。『戦争で我が国は廃墟と化してしまいました。地下資源もなく、四方を敵に囲まれた状態でした。しかし、今や世界で10位に入る経済力を作り上げたのです』・・・・」。

この最後のペク氏の談話に対して、ジャン・デュンダル氏は、 「トルコは早く民主化した為に的を外してしまったのか?」とエスプリを利かせているけれど、トルコの民主化が、韓国より早かったなんて、どうして言えるのだろう?

なるほどトルコ軍は、クーデターの度に直ぐ民政移管して、表からは退いたが、背後で政治に介入し続けた。どうせなら、韓国と同じように表舞台で軍事政権を続けた方が、経済も安定して良かったかもしれない。

以前、左派アタテュルク主義者のトルコ人に、これを申し上げたら、「そうだ、アタテュルク主義を続ければ良かったのだ」と言われてがっかりした。趣旨は殆ど理解されなかったらしい。

アタテュルク主義といったイデオロギーが前面に出てしまったら、韓国のような経済発展は遂げられなかったに違いない。韓国軍には、打算的に利益を追求できる現実思考があったと思う。

トルコ軍も救国戦争には、現実思考で勝利したはずだが、共和国革命以降は無用なイデオロギー闘争に度々巻き込まれてしまったようだ。それが、最近の“内部の清算(?)”を経て、再び現実思考の軍隊に戻ったのではないだろうか?

トルコも、やっと実用本位の政策議論が楽に行える国になったような気がする。“内部の清算”で軍から追われた将軍たちと共に、イデオロギー闘争の中核にいたジャーナリストの多くも刑務所に収監されてしまった。



10月3日 (木)  川下ニーズ

トルコでも韓国でも軍が政治的な影響力を持つなんて、もちろん有ってはならないけれど、韓国の知識人が唱える“反日イデオロギー”や“国家の正統性”といった議論も何とかならないものかと思う。

“国家の正統性”など、糺されても糺されなくても、国民の生活には殆ど影響がないだろう。日本で、ああいった世俗を離れた議論が繰り返されると、「どうでも良いけど、それで誰が儲かるの?」などと下種張る私らのような俗物がたくさん出てきそうだが、韓国は少し高尚過ぎるのかもしれない。

しかし、日本も近頃は、“美しい国”とか言い出して、なかなか高尚になってきた。“儲かりまっせ日本!”とでもやった方が元気になって良いんじゃないかと思う。

先月、サバー紙のコラムで、メフメット・バルラス氏は、「産業化時代から情報化時代に移行した現在、その動向を決めるのは消費者であり、この消費者は有権者でもある」といった趣旨の話を書いていた。日本では“川下ニーズ”という言い方が広まって、もう久しいような気がする。

でも、韓国などは情報化時代の最先端を走っているのに、何だか未だに“川上”が強そうに見えてしまう。

メフメット・バルラス氏は、相当な名家の出らしいけれど、そのコラムには、エスプリが利きすぎているというか、少々俗っぽい話も多くて面白い。92〜94年、辞書を引きながら、やっと新聞が読めるようになった頃、私が最も良く読んでいたのは、このメフメット・バルラス氏や、今年亡くなったメフメット・アリ・ビランド氏、メフメット・アルタン氏のコラムだった。

3人ともリベラルというカテゴリーに入るかもしれない。しかし、アルタン氏に比べて他の2人は、当時から、あまりイデオロギー的ではなかったようだ。

その頃、読んだ記事じゃないかと思うが、ボスポラス海峡に橋を架ける為の調査を行った日本の建設会社が、アヤソフィアやトプカプ宮殿の辺りからでも、技術的には可能であると発表したところ、多くのトルコ人ジャーナリストが、「景観を壊す」と言って、これに反対した。ところが、バルラス氏の見方はちょっと違っていた。

・・・第一大橋が架けられる前も、景観が問題にされたが、今や多くの人たちが大橋の姿を写真に収めたりして喜んでいる。・・・アヤソフィアが建つ前、あの辺は美しい森林だったはずなのに、ギリシャ人が来て、あの巨大な建造物を建ててしまった。当時、森林を愛する人たちはさぞかし悲しんだことだろう・・・・

例によってあやふやだけれど、こんな記事だったと記憶している。

バルラス氏の先日のコラムも面白かった。

・・・昔は町内の金持ちの子だけがサッカーボールを持っていて、気に入らないことがあると、その子はボールを持って帰ってしまい、ゲームはそこで終わった。しかし、今や誰もがボールを持っている。そのボールは“票”という名で、投票箱から現れるのだ・・・・。

トルコもいよいよ“川下ニーズ”による国になって来たのではないかと思う。


10月4日 (金)  若い頃を懐かしんでいるんでしょうか?

AKP政権に対して、軍の介入を期待していた旧エリートたちは、それまでずっと“ご隠居の将棋”を指してきたようなものかもしれない。

何かと言えば、直ぐに“待った”をする、それでも形勢が不利になると、「でえーい」とばかり将棋盤をひっくり返して、始めからやり直す。

だから“ご隠居”は、いつまで経っても将棋が上手くならない。手の内を読んだり、相手が何を待っているのか真剣に考えたりする必要もなかった

“ご隠居”の相手は、将棋の指し方ばかりか、“待った”や、盤をひっくり返された場合の対応まで考えなければならなかった為、否応無しに鍛えられ、見事な達人となった。

旧エリートたちは、2007年の総選挙を前に、「CHPが勝って、政権は交替する」と自信満々だった。何を根拠にどういう票読みをしていたんだろう?

ところが、先月、そういう人たちと会って話していたら、「貴方が住んでいるイエニドアンの辺りじゃ、9割方がAKP支持でしょ?」なんて言う。いつから、そんな自信喪失になってしまったのか。

いくらなんでも9割は行かないと思う。この辺だって色んな人たちがいる。アレヴィー派やクルド人も少なくないから、適当に票が割れるはずだ。

選挙で勝つ自信の無い旧エリートたちは、最近、外国のメディアに働きかけて、AKPの悪宣伝に精を出しているらしい。これは、AKPばかりかトルコ全体のイメージダウンに繋がってしまうけれど、そんなことは一向に構わないようだ。

そもそも、外国のメディアとは話し合えるのに、何故、イエニドアンに来て、ここの住民と話し合ってみないのだろう。私に「そんな街で良く暮らせますね」なんて言ったりする。

先月か8月か、未だ暑かった頃、夕方、カドゥキョイで乗ったバスが、イエニドアンに近づき、車内が空いてきたら、降車口を挟んで対面に座っている高校生ぐらいの女子2人と、その脇に立って、彼女たちと楽しそうに話し込んでいる男子の様子が良く見えるようになった。

窓際に座っている女子は、ノースリーブの服着て、頭にはもちろん何も被っていない。もう一人は、長袖を着込んでスカーフをしっかり被っていた。

低い声で話す彼女たちの会話に、「ジャポン・・」というのが聴こえたので、かなり注意して様子を覗っていると、男子が身体を屈めて、スカーフの女子に何か囁き、それを窘めようとした彼女は、おそらく男子の頭を軽く叩こうとしたのだろう、パッと平手を振り下ろしたら、その拍子に男子が身体を起こそうとした為、彼女の平手はものの見事に男子のほっぺたへ命中してしまった。

「ピシャリ」と大きな音がして、スカーフの彼女はちょっと悲鳴をあげ、それから3人で大爆笑。私も笑ってしまった。

それで、彼女たちとも目が合ってしまったので、「君たちは高校生なのか?」と尋ねてみた。

まず、男子が礼儀正しく挨拶してから、「はい、皆同じ高校です」と答え、ノースリーブの女子は、「すみません。不愉快だったでしょうか?」と私に訊いた。

「いや、君らは若いんだから良いよ」と爺臭く許してあげたら、スカーフの女子は「あのう、若い頃を懐かしんでいるんでしょうか?」なんて言う。そして、皆でまた大笑いした。

イエニドアンは新しい街区だから、若い人口も多い。皆楽しくやっている。いったい誰が、この街の人たち、この国の行く末に不安を感じるのだろう。


10月5日 (土)  エキストラの役回り

8月2日 (金) 破廉恥な漢字
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2013&m=8

8月1日、映画の撮影にエキストラとして駆り出されたが、その映画は今月の11日に封切りとなるらしい。ネット上にも、いくつか異なるパターンの予告編が出ていて、その内の一つでは、何だか私が主役みたいだけれど、全編通して、私の出番はここしか無い。↓

IKI KAFADAR − CHINESE CONNECTION (YouTube)
http://www.youtube.com/watch?v=tSVrgCSUGmA

私の役回りは、中国の銀行の支店長で、トルコ人に偽手形を掴まされて相談に来た3人の不良中国人に、それが偽手形であると説明している。

「・・・誰もが裏書きして、たらい回しになっているんですな。誰も金を支払わず、この紙切れだけが回り続けていますね・・・」などと説明し、「対価はあるのか?」という問いに、「ありますよ、もちろん」と答え、さらに「それは何なのか?」と訊かれるや、「これだよ!」と下品な手つきをする。

要するに、“ファック・ユー”の手つきだが、これがなかなか上手く行かずに、カメラの前で何度もやらされた。結局、トルコで下品な連中がやっているようには出来なかったけれど、「まあ、中国人という設定だからこれで良いか・・・」ということで勘弁してもらった。

撮影に先立って、待合室で台詞の稽古をさせられた時も、この手つきで引っ掛かったら、美人のアシスタント・ディレクターさんが、「こうやるんですよ」と実に見事な手本を見せてくれた。まさか彼女、日常でも、この手つきを使っているんだろうか? 

トルコ語の発音も相変わらず酷いけれど、これも中国人の設定だから勘弁してもらえたかもしれない。もっとゆっくり話せば、少しは何とかなりそうな気もしたが、監督さんには、「もっと早く・・」と注文をつけられた。台詞が一定の時間内に入りきらないと困るのだろう。

でも、不良中国人の親分を演じているバハドゥルさんは、イスタンブール生まれのカザフ人だから、トルコ語の発音は完璧だ。若い子分役は、モンゴル人の青年。彼のトルコ語もそんなに流暢ではないが、発音は私より遥かに良いだろう。日本語を母語にしていると、多分、どんな言語を学んでも発音で苦労するんじゃないかと思う。 


10月8日 (火)  ウイグル風のピラフ?

先月、ウイグル料理屋で“ラグマン”を食べて、ウイグル風のピラフも懐かしくなった。10年ぐらい前、イスタンブールに住むウイグル人のもとを訪ねたら、そこで御馳走になったこともある。台所を覗いて、数人分のピラフを作る為に用意された山のようなニンジンの千切りに驚いたのを思い出す。

今日は、うちで適当にそれらしいピラフを作ってみた。この一皿作るのに、ほぼ同量に近いニンジンの千切りを用意したけれど、ニンジンは炒めるとかなり縮んでしまう。しかし、あれ以上では、甘味が出過ぎてしまうような気もする。

ニンジンの他には、生姜とニンニクを少々、それからカシューナッツを入れた。食べてみて、やはりウイグル風らしくするには、羊肉がなければ駄目だと悟ったが、カシューナッツもなかなか良かったと思う。

2週間ぐらい前だったか、中華の“腰果鶏丁”を模して、鶏肉と野菜の炒めにカシューナッツを入れてみたら、これが非常に美味かった。思わず翌日また作ってしまったほどだ。唐辛子を入れれば“宮保鶏丁”か・・・。そのうち、これもやってみよう。

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10月9日 (水)  トルコはナッツの国

トルコの人たちはナッツが好きなのか、何処の街にも一軒ぐらいはナッツの専門店があるように思う。大きなスーパーにも、ナッツ専門のコーナーがあったりする。

ピーナッツ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピスタチオ、クルミ、カシューナッツ等々、ずらりと並べて量り売りにしている。

上記で国産がないのは、カシューナッツだけだろう。ヘーゼルナッツとピスタチオに関しては、世界でも有数の生産国であり、日本へ輸入されているヘーゼルナッツの95%はトルコ産だそうである。クズルック村の辺りもヘーゼルナッツの一大産地だった。アーモンドやクルミも、トルコの辺りが原産地らしい。

カシューナッツは、その多くがインドからの輸入と言われ、もともとトルコでは生産がないため、伝統的な料理に使われることもないようだが、アーモンドやクルミ、ピスタチオを使った料理は、いろいろある。ヘーゼルナッツも菓子には利用されているけれど、料理はあるだろうか? 私はちょっと思いつかないが・・・。

チェルケズ・タヴウという、クルミを使った有名な鶏料理がある。鶏肉はナッツと相性が良いのかもしれない。

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10月10日 (木)  韓国とトルコの知識人

日本でトルコ語を学び始めた頃、トルコ料理屋へ行って、トルコ人の調理師さんに、覚えたばかりのトルコ語で挨拶したら、誰に習ったのか訊かれたので、トルコ人の先生のお名前を伝えたところ、調理師さんは、「某に宜しく!」と先生の名を呼び捨てにしていた。

先生はかなりインテリな方だったし、年齢的にも調理師さんより一回り上に見えたから、『そういうフランクな付き合いがあるのか』と驚いた。その2年前に留学していた韓国では、ちょっと有り得ない話じゃないかと思った。

私は、韓国の社会で、“先生”や“知識人”といったものが異様に崇め立てられているのに、多少辟易していた為、『トルコの社会はなかなか良いかもしれない』と嬉しくなった。

しかし、後年、先生にこの思い出を話したら、「無作法な・・」と立腹されていたので、がっかりしてしまった。

もちろん、この一つの事例だけでは、何とも解らないが、その後、トルコで暮らしてみると、やはり韓国ほどには、一般の人々が、“先生”や“知識人”から圧迫を感じていないように思えた。

なにより、トルコでは、“ホジャ(師匠・先生)”という呼称が、日本と同様に少し嘲笑的な意味合いで使われたりする。「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし」がそのまま通用しそうだ。

今は韓国も変わっただろうか? 相変わらず“知識人”は偉そうにしているような気がするけれど・・・。

李朝時代、学者はソンビと呼ばれていて、韓国には“ソンビ精神”の伝統が受け継がれているらしい。韓国にいた頃、これを日本人の友人らと「ソンビじゃなくて、“ゾンビ”じゃねえのか?」と論ったりしたものだ。

韓国では、この“ソンビ”に比して、大企業の創業者などが、それほど尊敬を集めていないように見える。例えば、サムスンの創業者イ・ビョンチョル氏も、松下幸之助翁のようには語られていない。イ・ビョンチョル氏には、政商というイメージもあるし、何より親日的であったことが災いしているかもしれないが・・・。

でも、ソンビにしたって、なんの実益も上げていないばかりか、西欧の知識人のように、世界に何かを発信したわけでもないだろう。

日本では、まず何をおいても、実質的な生産の担い手であるメーカーを始めとする企業の創業者・経営者、科学研究者、技術者が世間の尊敬を集めているんじゃないかと思う。

そして、企業家や知識人の中には、いろんな人たちと結構フランクな付き合いをしている人も少なくないような気がする。日本語の構造上、呼び捨てはなくても、“ちゃん付け”ぐらいあるだろう。日本では、昔から“川下”が強かったのかもしれない。私は日本に生まれて良かった。

トルコはどうだろうか? 日本に比べて、知識人は遥かに“偉い”が、韓国ほどではないように思える。調理師さんにも、“先生”を呼び捨てに出来る余裕がある。あれは本当に韓国では有り得ないと驚かされた。

さらに、この10年で、知識人は、かなり評価を下げてしまった。今やトルコの“川下”では、能書きしか生産しない知識人より、一部の新興企業の創業者の方が尊敬されているかもしれない。まあ、それよりも、今のところは何と言ってもエルドアン首相なんだろうけれど・・・。



10月11日 (金)  “胸の谷間”騒動

トルコ版“スター誕生”みたいな新番組の女性司会者が、“胸の谷間が半分見えるようなドレス”を着ていたために、ちょっとした騒ぎになっている。チェリック副首相が「あれは行き過ぎだ」と批判し、女性司会者は降板させられたそうである。

しかし、一説によると、チェリック副首相がつまらないことを言う前に、視聴者から司会者の服装に対して非難が殺到していて、制作側は降板を検討していたらしい。

いずれが真実なのか解らないが、あの司会者のドレスは、NHKであれば間違いなくアウトだろう。民放でも“お色気番組”でしか許されないと思う。その意味では、チェリック副首相の発言もそれほどズレているわけじゃない。

この司会者がまたコンセルバトゥワール出身の“女優さん”だそうだ。次はお願いだから、パンツも脱いで、騒ぎを大きくしてもらいたい。でも、日本の出来た女優さんなら、芸の為には全て脱いで、役者魂を見せ付けるけれど、用もないのに“胸の谷間”を見せて物議をかもしたりしないような気がする。

それよりも、この事件で興味深いのは、司会者の服装を非難したという視聴者の傾向じゃないかと思う。おそらく、あの服装が不愉快だと言うのだから、わりと信心深い人たちに違いない。そんな人たちが、“スター誕生”みたいな番組を観て喜んでいる。そればかりか、ネット上で“敬虔な意見”を開陳し、これに“敬虔な”副首相まで便乗している。確かに、イスラム主義という高邁なイデオロギーは終焉を迎えたのかもしれない。

政治家は“川下ニーズ”に応えないと選挙に勝てないからしょうがないのか・・・。

こうして、トルコの社会もどんどん俗っぽくなって行くような気がする。しかし、宗教色も濃くなっているから、何処かで道徳的な歯止めは掛かるんじゃないだろうか。高尚な闘争よりも、俗っぽい平和のほうが、我々にとっては有り難い。



10月12日 (土)  韓国の反日〜宗教も“川下ニーズ”?

韓国の知識人がやっている反日イデオロギーは、まさに観念の世界の話だから、史実を論じても、あまり意味はないような気がする。打算的に何かを要求しているわけでもなさそうだ。

政治家の反日には、もちろん打算が働いているんだろうけれど、竹島の例など見ていると、何だか解らなくなってしまう。あれは韓国が、ほぼ暗黙の了解のもと、実効支配を続けているのだから、騒ぎ立てない方が実益に適っているはずなのに、何故、あんなデモンストレーションやったんだろう? 政治の世界も観念で動いているのか? 実質利益を追求しているのはサムスンだけなのか? まさかねえ・・・。

しかし、打算的に何か要求してくれないと、交渉の余地がなくなって困ってしまうかもしれない。

つまらない話、暴力団の組長に「殺すぞ」と脅されても、「100万円やるから、命だけは勘弁して下さい」と交渉できるけれど、重信房子さんに粛清を宣告されたら、もうお終いだろう。実利をチラつかせてもぶれない人は恐ろしい。

韓国の場合、例えば、もっと“川下ニーズ”が反映されるようになれば、“反日”はかなり薄れていくような気がする。川下に、“反日”とか“国家の正統性”なんて要求は余りないからだ。

さらに、ロシアや中国も“川下ニーズ”による国になってくれたら、世界はかなり恒久的な平和に近づけるんじゃないだろうか。

「それはグローバル資本の勝利であり、人々は資本の奴隷になってしまう」と言う人がいるかもしれない。でも、資本の奴隷になったところで、商品を選んだりする選択の余地は残されるんじゃないの? 微妙な修正を重ねて行くことも可能であるように思える。

トルコでは、宗教色の濃い政権党が、信心深い人々の“川下ニーズ”に応えようとして、宗教的な祝祭までレジャー化しつつある。メフメット・バルラス氏は、新しいローマ法王が柔軟な姿勢を見せているのも、“川下ニーズ”に応える為だろうと指摘していた。 



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