Diary 2012. 2
メニューに戻る
2月4日 (土)  某国営航空会社

今週、アンカラ〜イズミルを回って来たけれど、まずイスタンブールからアンカラへ行く飛行機が3時間遅れたり、木曜日のイズミル〜イスタンブール便がキャンセルされて、帰りが金曜日になったり、なかなか大変でした。

いずれもイスタンブールに大雪が降り続いた為ですが、水曜日にアンカラ空港のゲートでイズミルへのフライトを待っていると、ここにも30分の遅れが表示されました。

見ると、イズミルへ行く飛行機は既に待機しているし、アンカラ空港の滑走路に問題はなく、イズミルの天気も良いそうです。

ゲートに並んで、先刻から周囲の人たちと雑談を楽しんでいたひょうきんなおじさんは、30分遅れの表示に、「何で待たすんだろう? 誰か偉い人でも来るのかな?」と冗談らしい口調で反発したけれど、これを通りがかりに聞いたスーツ姿の老人は、眉をひそめて、航空会社の職員に食って掛かりました。「誰だか知らんが、一人のために2百人の乗客を待たせる気か!」

これにひょうきんなおじさんが驚いて、「いや、例えばの話ですよ」と老人を宥めようとしたものの、既に火がついた老人の怒りは収まりようもありません。

「それなら何が原因で遅れているんだ? 飛行機はそこに待機しているじゃないか! この空港にもイズミルにも問題はない。では何故だ! 理由を説明しなさい!」

航空会社の職員も老人の剣幕に驚き、慌てて何処かに問い合わせてから説明しました。乗務員の到着が遅れているそうです。多分、他のフライトが雪の為に遅れている所為でしょう。私たちはこれに何となく納得したけれど、老人は収まりがつきません。

「乗務員は何処から来るんだ? 月からか? 月から来るのか? 来たら拍手で迎えてやるぞ!」、こう言い残すと、プリプリしながら待合所の席に戻りました。

ひょうきんなおじさんは肩をすくめて、職員に訊きます。「ところで、乗務員もこのゲートを通るの?」。職員が苦笑いしながら、「いや、別の搭乗口から入るんですが・・・」と答えたら、おじさん、「そりゃそうだろうな。彼らも賢いよ。ハハハ」と高らかに笑っていました。

この時、私は「30分ぐらいの遅れで、何もあんなに怒らなくて良いのに・・」と老人の怒りに少々滑稽なものを感じていたけれど、イズミルに着いてから、私も怒りを爆発させてしまうことになります。

イズミルの空港に降り立ったら、日本から来た連れの方の荷物が出てきません。航空会社の遺失物の窓口へ行って、担当の25〜6歳の女性に事情を説明すると、彼女、ちょっと何処かへ問い合わせていたようですが、『本当に調べたのか?』と訝しく思うくらい直ぐに返答しました。

「荷物はアンカラに残っていますから、次の夜8時の便で来ます。来たらホテルにお届けします」
「アンカラに残っているのは確認しているんですか?」
「はい、確認しています」

何だか腑に落ちないものを感じたけれど、「荷物はアンカラにある」と言い張るので、荷物を無くされた方の氏名と搭乗券の番号、ホテルの連絡先、それから念のために私の携帯番号と氏名も紙に書いて渡し、市内のホテルへ向かいました。

しかし、8時半を過ぎても航空会社から何の連絡もないので、こちらから電話したところ、さきほどの女性は既に退出したそうで、他の女性が応対して、荷物は来ていないと言います。

それで、もう一度、アンカラに残っているかどうか確認してくれるように頼んで、また40分ぐらいしてから電話すると、「まだアンカラと連絡がつかない」なんて言うから、私もムカムカしてきたけれど、この辺りでは未だ冷静を装って対応していました。

それから暫くして、また電話したら、やっと次のように明らかにしたのです。

「アンカラにはかなりの荷物が残っていて、その中に当該荷物があるかどうかは解らない・・・」
「もう一度、アンカラに問い合わせて、その荷物があるかどうか確認できませんか?」
「何度問い合わせても結果は同じです。荷物の確認はできないから問い合わせる必要はありません」

これで完全にぶち切れました。「荷物が無くなったのは全て貴方たちの責任じゃないか、こっちには何の落ち度もない。それなのに何という無責任な態度なんだ?」

なにしろ私のトルコ語の表現力は僅かなものだから、強く伝えようと思えば、声を荒らげるぐらいしかありません。似たようなことを何度か大声で怒鳴り散らしてしまいました。

それでも結局埒はあきませんでした。最終便で来れば、夜中でもホテルに届けると言ってたけれど、朝になっても荷物は届かなかったのです。

荷物を無くされた方は、この日、日本へ帰るので、チケットを購入した日本の旅行代理店に連絡したところ、後はその代理店が処置してくれると言うものの、日本で荷物を受け取る為には、イズミルの空港で遺失物報告書を作ってもらわなければならないそうです。 

その日、午後になってイズミルの空港に着き、また遺失物の窓口へ行ったら、前日、最初に対応した女性が出てきて、「荷物は届きましたか?」などと言うので、まずは唖然としました。

「届いていないから、またここに来たんですよ」
「ああそれなら、今日の4時の便で届きます」
「もういいです。この方は今から日本に帰るから、とにかく遺失物報告書を書いて下さい」
「ええ、直ぐに用意します」

直ぐにプリントアウトされて出てきた報告書を見て、また唖然としました。氏名の欄に、私の名前が記されていたのです。

これは間違いだから書き直してくれと言っても、「番号は合っているから、これで荷物は受け取れる」の一点張り。しかし、この女性が前日に説明していた話は全て出鱈目だったのに、どうやってこれが信じられるでしょう?

さらに、この女性、「昨日、貴方が、荷物を無くした人の氏名だと言って、この名前を書いて行ったから、その通りに私は記しただけです」なんて言いながら、絶対に書き換えようとてしません。

今から思えば恥ずかしくなりますが、私も途方にくれてしまい、机を叩きながら、「早く書け!」と大声で怒鳴ってしまいました。

そしたら、女性は泣き喚いて頭を抱えてしまったけれど、暫くすると顔を上げてパソコンに向かい、少し操作してから、またプリントアウトしたものを差し出したので、それを見ると、今度は私の名前の横に、荷物を無くされた方の名前が追加されています。どうやら、彼女は、一度記載してしまったものを削除する方法が解らなかったようです。それで強情を張っていたのでしょうか? 

こんな不愉快な話は書きたくありませんでしたが、この某国営航空会社には、以前から何度も嫌な目に合わされました。トルコで、2週間ほど楽しくテレビ番組の撮影を済ませた日本のディレクターが、最後の日にイスタンブールの空港で、航空会社職員の悪辣な態度を見て、気分を悪くしてしまったこともあります。

トルコの空港で、預けた荷物が盗難されたという話は未だ聞いたことがありません。トルコの社会には道徳があり、治安はかなり良いと思います。

また、航空会社職員の中にも親切な人がたくさんいるけれど、これは社内教育やシステムによるものではなく、単にその職員の人柄が良いからでしょう。

旅行者の方たちが、トルコの人々の温かい人情にふれて作った美しい思い出が、お粗末な航空会社のシステムによって帳消しにされてしまうとしたら残念で堪りません。



2月5日 (日)  イエニドアンの停電

我が家のあるイエニドアンの街では、よく停電があります。昨日も日中、6時間近く停電していました。いつだったか、ほぼ丸一日電気が来なかった時、自家発電で営業を続けていた近所のスーパーに行って、「どうなっているんだろう?」と訊いたら、「この辺りはイスタンブールと看做されていないから、電気を送ってくれないんだよ」なんて言うのです。

イスタンブールの市内は、もう大分前から滅多に停電しなくなりました。以前、ウスキュダルやエサットパシャに住んでいた頃、停電に煩わされた記憶は殆どありません。こういったインフラの面でも、トルコがこの10年ぐらいの間に目覚しい発展を遂げたのは確かだけれど、これは未だイエニドアンまで及んでいないということでしょうか?

某航空会社と同様、電力供給会社も国営だから、体質は似ているような気がします。以下の“便り”でもお伝えしようとした“ぬるま湯”的な状態になっているかもしれません。

3月22日 (日) イスタンブールに戻ってきました
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2009&m=3

現在、水利庁に勤めている国家公務員の友人は、2000年まで“ペトロール・オフィス”というガソリンスタンド等を運営する国営会社の職員でした。2000年にペトロール・オフィスが民営化されると、友人は国家公務員の身分を維持するために移動を申し出て、水利庁に転職したのです。

民営化された会社に残れば、給与は上がるものの、仕事ぶりの如何によっては解雇される可能性もあります。それで多くの職員が移動を申し出たと言うけれど、これではいくら民営化を推し進めても国家公務員の数はなかなか減らないのではないでしょうか?

また、国営企業を買収した民間の企業も、多くの職員が移動してしまったら、新たに人材を入れて、一から教育しなければなりません。

しかし、ある友人は、「移動しないで皆に残られたら、その方が問題だよ。やたらと解雇するわけにも行かないしな。あの連中を使って経営を成り立たせるのは大変だぜ」なんて言いながら笑っていました。

【38】イスラム教は近代化の障害か?【ラディカル紙】【2004.02.04】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00038.html

この記事の中で、「有給休暇中の役人たち」という別の記事も訳して見ましたが、改めて読んで見ると、トルコもギリシャのような状況に陥る寸前だったのではないかと思ってしまいます。過剰に雇用された国家公務員たちは、解雇されることもなく、自宅で待機しながら給与を得ていたそうです。

また、記事の筆者は「エルドアン首相も有給休暇中ではないのか?」と揶揄しているけれど、あれから8年が過ぎ、良否は別として、エルドアン首相がとにかく凄まじいテンポで働く人であることは既に認められているような気がします。その閣僚たちも若く体力のありそうな人が多く、一部は担当省庁の官僚出身だったりして、まさしく即戦力体育会系内閣。日本の状況を考えたら羨ましく感じられるかもしれません。

エルドアン首相は、地方行政官の任命式で、「携帯電話は夜寝る時も切らないように。私が緊急の用事で電話する可能性もある」などと訓示したりするそうです。一ヶ月ぐらい前、エネルギー省の大臣が、エネルギー削減の為に、勤務時間を朝6時からにしようと提唱したら、厚生大臣は「良いけれど、夜中の1時に首相が電話して来なければね」と揶揄していました。

そのうち、国営企業等の“ぬるま湯”体質も徐々に変わっていくのではないでしょうか。そう期待します。


2月7日 (火)  タクシム周辺でも大停電

一昨日、イスタンブールは滅多に停電しなくなったと書いたけれど、よく考えて見たら、先月の14日に中心街のタクシム周辺で大停電があり、地下鉄なども止まって大騒ぎになっていました。

改良工事を行っていて、その過程で生じたのかもしれませんが、利用者の不便を余り考慮していないのではないかと思えるところが、やっぱりお役所体質であるような気がします。

あの日、地下鉄でレヴェント駅からメジディエキョイ駅に行くと、その先はタクシム駅までの運行が中止されていたけれど、市の交通局の駅員たちは「この先は運行していません」と繰り返すだけで、理由を説明しないものだから、一部の乗客たちは怒って抗議していました。

トルコでは、市役所や市の交通局で働く正規職員も、国営企業の場合と同じく国家公務員になるから、犯罪でも犯さない限り解雇されることはないそうです。共産主義者の友人に電話で確認したら、「ずっと職場で寝ていても解雇されないから、なんの心配も要らない。これぞ素晴らしい共産主義の理想だ。ワッハハハ」と愉快そうに笑っていました。

以前聞いた話では、観光ガイドなどの試験も不定期制で、人員が不足しない限り実施されないため、一度、簡単な試験を通ってしまえば、新規参入者との激しい競合も避けられたようです。

なんとなく、社会全体になるべく競争を避けようとする意識が働いていたような気がします。とにかく既得権を握ってしまえば、後は“ぬるま湯”にのんびり浸かっていられる、“ぬるま湯”に入れない人たちはご愁傷様ってところでしょうか? でも、一族郎党の中には、何人か“ぬるま湯”に入れる者がいるだろうから、あまり抗議はしなかったかもしれません。

この“ぬるま湯”は困るけれど、トルコの人々の温かい人情は、激しい競争社会ではなかったから維持されて来たようにも思えます。しかし、競争の原理を導入したからと言って、そう簡単に激しくはならないでしょう。クールなトルコの社会なんてちょっと想像できません。

以前は“ぬるま湯”の中で良いポジションを得ようとすれば、あまり信心深い様子を見せない方が良かったそうです。日に5回の礼拝を欠かさずに実践したりすると、組織の中で疎んじられた為、現在の親イスラム政権の中核を担っている人たちは、“ぬるま湯”でのんびり出来ずに、人一倍働かなければならなかったと言われています。

左派の友人たちは、「今は過渡期で競争の原理も働くようになったものの、そのうちにまた“ぬるま湯”の状態に戻ってしまう、しかも今度の“ぬるま湯”は、イスラムの“ぬるま湯”だからもっと恐ろしい」と警戒しているけれど、厳しい国際情勢が、もう“ぬるま湯”に戻ることを許さないのではないでしょうか。また、トルコの社会も既にそういう状態から抜け切っているように思います。

しかし、長らく宗教科の教師を務めてきた友人は、次のような思い出を語っていました。敬虔なムスリムである友人は、日に5回の礼拝を欠かさず、昔、学校には礼拝所や清めの施設がなかった為、共同の洗面所で足まで洗う清めの儀を行い、その度に校長から「洗面所を汚さないでもらいたい」などと嫌味を言われたのに、現在の親イスラム政権が、政権の基盤を固めるようになったら、校長は嫌味や文句を言わなくなったばかりか、ある朝、突然、「セーラム・アレイクム」とイスラム式に挨拶したので、友人は非常に驚いたそうです。この校長先生は抜け目なく、新しい“ぬるま湯”に浸かる準備をしていたのでしょうか?

【100】宗教を遠ざけてきたトルコの知識人【ラディカル紙】【2004.11.23】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00100.html



2月8日 (水)  我々は敬虔な青少年を育てる

最近、トルコのメディアで話題になっているのが、エルドアン首相の「我々は敬虔な青少年を育てる」という発言。それに呼応するかのように、宗務庁が大きな予算を割いて、子供向け宗教教育の番組を制作するなどのプロジェクトを打ち出したものだから、様々な憶測を呼んで、論争に火がついてしまいました。

世俗主義者は、もちろん「愈々あからさまにイスラム化を図り始めた」と反発しているし、イスラム系の言論も、その多くが「それは各家庭がやることであって、政府の仕事ではない」と批判しているようです。「これでは、かつての体制派が“アタテュルク主義の青少年を育てる”と言ってたのと同じじゃないか」という声も聞かれます。

しかし、中には唐突な発言に真意を測りかねて、「エルドアン首相は何か他の問題から注意を逸らそうとして、あんなこと言ってるだけじゃないのか?」と穿った見方をする人も出てきました。

真相はどうなのか全く解らないけれど、これだけ価値観が多様化した今のトルコで、特定の思想によって青少年を導こうとするのは、もう無理じゃないでしょうか。

ヒュリエト紙のメフメット・ユルマズ氏は、「エルドアン首相を“敬虔なムスリムではない”と非難している教団がたくさんあるのに、首相は“敬虔”の基準を何処に定めようと言うのか?」と指摘しています。


2月9日 (木)  レフテル・キュチュックアンドニヤディス

7月27日 (月) アルメニア人のガービおじさんと猫
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2009&m=7

もう一ヶ月近く経ちますが、上記の“便り”で、不思議な出会いをお伝えしたトルコの伝説的なサッカー選手、レフテル・キュチュックアンドニヤディス氏が亡くなりました。87歳だったそうです。

東京外国語大学の皆さんが中東各国の新聞記事を翻訳して紹介している「日本語で読む中東メディア」に、この訃報に関連する「故レフテルは、生粋のビュユクアダっ子」という記事が出ていたので、以下にURLを記します。

日本語で読む中東メディア
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/news_j.html

Oral Calislarコラム:故レフテルは、生粋のビュユクアダっ子
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/src/read.php?ID=25214

亡くなった翌日には、ヒュリエト紙に大きな死亡広告・お悔やみがいくつも出ていました。

91年から94年にかけて、トルコに滞在していた頃、ヒュリエト紙の“お悔やみ欄”に目を通すと、ひときわ目立つ大きな死亡広告・お悔やみは、その多くが、レフテル氏のようなルーム(トルコのギリシャ人)、あるいはアルメニア人やユダヤ人でした。

姓名で明らかにルームやアルメニア人・ユダヤ人であることが解る場合もあるし、そうでなくても死亡広告には、葬儀が何処で営まれるか明記されているので、その宗派を確認することが出来たのです。

レフテル氏の死亡広告には、所属していたトルコのサッカーチーム“フェネルバフチェ”の本拠地シュクル・サラジオウル・スタジアムで、お別れの式典が執り行われた後、ビュユック島のアヤ・ディミトゥリー教会で葬儀が営まれ、同じくビュユック島のギリシャ正教会の墓地に埋葬されると書かれています。

91年〜94年当時、“お悔やみ欄”を見ながら、『この国には、そんなにルームやアルメニア人が多いのか?』と驚いたりしたけれど、あの方たちは、最後に残った“オスマン帝国以来の富裕層”だったのでしょう。今、“お悔やみ欄”に目を通しても、ルームやアルメニア人・ユダヤ人の名は殆ど出てきません。

20120209-1.jpg



2月20日 (月)  競争−友愛

先日、「トルコは“ぬるま湯”体質だ」なんて、また勝手なこと言いましたが、やっぱりある程度、競争の原理というものが働いていないと、社会も人間もぶっ弛んで駄目になってしまうんじゃないでしょうか。

しかし、日本には、この“競争”を真っ向から否定する文化人が少なくありません。

いつだったか、多分、ユーチューブで見たんじゃないかと思うけれど、ある文化人が、小学校でも一定のレベルに達しない生徒はどんどん落第させて徹底的に教育するフィンランドの制度を好意的に紹介しながら、「でも競争は駄目ですよ。これは競争とは違いますから」と言い添えたので、思わずのけぞってしまいました。

この制度では、おそらく全員が一定のレベルに達しなければ、全員が落第するから、順列によって判断しているわけではない、と仰りたいようですが、通常、クラスの中から一部の生徒だけが落第するのでしょう? これでは優劣をつけられたのと変わらないじゃありませんか。競争と何処が違うのでしょうか?

そもそも「学校教育で競争させてはいけない」と言ってる文化人は、全て競争に勝ち抜いて来た“勝ち組”であるはずです。それなのに「競争はいけない」なんて言うのなら、私のような“負け組”に勝ち残って得た財産の半分ぐらいを分けてほしい。

子供たちは、学校で競争しなくたって、社会に出れば否応なく熾烈な競争にさらされてしまいます。それでは余計に可哀想でしょう。

まあ、文化人は無責任に何を言っても構わないのだろうけれど、“友愛”の元首相になると、あれはもう犯罪の域に達しているかもしれません。在任中、友愛で何かが解決したんですか? 一国の首相だった責任をどう考えているのか問い質さなければならないような気がします。

それに、あの元首相の財産。あれを御先祖さんは、どういう友愛の精神で獲得したんでしょう?



2月21日 (火)  原子力の問題

ツウィッターに、チェルノブイリの25年後の被害調査結果が紹介されていて、それによると、放射能という要因に比べて、精神的ストレスや生活様式の破壊、経済制限や物質的な損失といった要因の影響が遥かに大きかった・・・そうです。この調査結果が何処まで正しいものであるのか解らないけれど、メディアから窺い知れる日本の状況を見たら、放射能を浴びてなくても放射能を恐れるあまり病気になってしまう人もいるんじゃないかという気はします。

第五福竜丸では被爆して亡くなった方がいたから、確かに恐ろしいと思いながら、「そういえば、他の船員の方たちはどうされたのだろう?」と調べたところ、事件後54年経ってインタビューに答えている方の話が出てきてちょっと驚きました。死の灰を被って火傷まで負ったのに・・・。23名の船員のうち、11名が54年後も存命だそうです。さらに驚いたのは、亡くなった方の死因。火傷等の治療の為、輸血を行ったら、C型肝炎に感染して亡くなったと言うのです。私は子供の頃から、あれは放射能によるものだと思っていました。

もちろんこれで水爆実験やったアメリカの罪が軽減されるわけじゃないし、放射能は安全だという説明にもなりません。でも、過剰な放射能への恐怖はちょっと考えたほうが良いような気がします。

例えば、70〜80歳代の方たちがどのくらい癌に罹患するのかトルコと日本で比較しようとしても、トルコではコレステロールや塩分・糖分の取りすぎから、60歳代で心筋梗塞や脳血栓で亡くなってしまう方が日本より遥かに多いため、正確な比較はできないかもしれません。コレステロールや塩分・糖分の危険性も考えなければならないでしょう。

それに、大儀名分はともかく、実質は石油の取り合いで起こった戦争により多くの人が亡くなった中東から見たら、今のところは原子力も平和なエネルギーに思えてしまいます。

また、原発の問題というのは、放射能の危険性もあるけれど、あれは管理するのが非常に難しいエネルギーだというのが立証されてしまったところにあるんじゃないでしょうか。


2月22日 (水)  “漱石の罠”

夏目漱石の「三四郎」。
物語が始まって間もなく、三四郎は美禰子と出会い、これがそのうち大恋愛に発展するのかと思って読んで行くと、物語の終わり近くになって、突然、美禰子の婚約者が現れ、三四郎は衝撃を受けてよろめき、読んでいる我々も大いに驚いて、「ええ?」と思っている間に、物語は「ストレイシープ、ストレイシープ」で終わってしまいます。

この小説には、連載が終わって出版される際、漱石自身による解説が試みられたらしく、それによると、美禰子には「無意識の偽善」があり、もともと三四郎と恋愛するつもりなど毛頭なかったのに、女性として無意識のうちに三四郎の気を引こうとしていたのだそうです。

私は高校生の頃に「三四郎」を読み、巻末の「無意識の偽善」云々にも目を通したけれど、これがどうにも腑に落ちませんでした。『嘘だろ? 美禰子は池のほとりで最初に出会った時から三四郎を意識していたようだし、絵のモデルになった時も、池のほとりの出会いを再現しようとしたじゃないか? それを書いた漱石自身が“無意識の偽善”だったと言うなんて・・・』と思ったからです。

そんなこと言いながら、以来、私はこの“無意識の偽善”を常に意識していたかもしれません。周りにいる女性には、皆、 “無意識の偽善”があるように思ったりしていました。

しかし、最近になって、また考えています。「“無意識の偽善”なんて本当だろうか? 美禰子に三四郎と恋する気持ちは当初より全くなかったのだろうか?」と。

漱石は学術優秀のエリートで、かなりスポーツも出来たらしい、要するに“モテる”要素がかなりあったはずなのに、結局、恋愛には全く縁がなかった。だから、漱石の小説には「恋愛に縁のない男の妄想」が随所に鏤められていて、私のようなモテない男が興奮するのだと思います。

この漱石が、何故、わざわざ三四郎を書いた後で、「あれは“無意識の偽善”だった」なんて余計な解説を加えたのでしょう?

ひょっとして、漱石の野郎、手前がエリートのくせに恋愛と縁がなかったものだから、後世のボンクラどもが恋愛などに浮かれてしまうのは絶対に許せなかった、それであんなこと言って、恋愛しそうな奴の出鼻を挫いてしまおうという魂胆じゃなかったのか? あれは後世のボンクラどもに仕掛けた“漱石の罠”だったんじゃないのか? そうすると、昨今の少子化問題にも漱石は充分に関与しているのではないか? 

こういう益のない妄想を繰り返しながら思ったんですが、これに拘泥している奴は、どの道、恋愛など出来やしないでしょう。相手に意識があったのか、“無意識の偽善”だったのか、なんて関係ないのです。相手に意識があっても、恋の道を知らない奴は、三四郎と同じく、何処にも到達できません。それを“無意識の偽善”などと言って、相手の女性に罪をなすりつけるなんて・・・。漱石というのは、何処まで陰険な男なんでしょうか?

そんなこと言っちゃいけませんね。漱石先生は全てお見通しで、後世のボンクラどもに“夢を見るんじゃない”と忠告していたのかもしれません。



2月23日 (木)  “無意識の偽善”

漱石の“無意識の偽善”、女性から見たら訳が分からない話らしいです。やっぱりそうじゃないでしょうか。恋の道を知らない野暮な男の言いぐさ・・・漱石はあの時代の人だから、多少、しょうがないところはあるかもしれませんが・・・。

しかし、随分好き勝手なことを言ってます。「行人」だったか「道草」だったか忘れたけれど、“妻”に対して、“こちらから刺激すれば反応するが自ら愛嬌を出さない女”とか評している場面があったように思います。いつでも受け身の男だったのでしょうか? 風俗でも行ってれば良かったのに・・・。

小説書いたりするくらいだから、かなりロマンティックな人で、恋に飢えていたものの、夢が叶わずに見合いで結婚したあげく、女房に不満で暴力を繰り返したDV男・・・これが文豪の正体かもしれません。

“こころ”には以下のように書かれています。

「人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手を広げて抱き締める事のできない人、――これが先生であった。」

ここでは恋愛じゃなくて普遍的な愛について語っているものの、漱石の恋愛に対する態度も同様だったのではないでしょうか。“自分の懐に入ろうとするものを、手を広げて抱き締める事のできない人”って、自分から恋の濁流へ身を投げようとは思わなかったのね・・・

“それから”の中で、弟子が書いた“煤煙”という小説を「肉の匂いがする」とか言って批判していたけれど、半分ぐらいはこの弟子が羨ましかったのかもしれません。

ロバート・パーシグという人は、「ある一人の人物が妄想にとりつかれているとき、それは精神異常と呼ばれる。 多くの人間が妄想にとりつかれているとき、それは宗教と呼ばれる」とか語ったそうですが、もう一つ、ある二人の男女が妄想にとりつかれているとき、これは“恋愛”と呼ばれるんじゃないでしょうか。 

あまり妄想が激しすぎたら困るけれど、人間の社会生活には、冠婚葬祭の為の宗教が必要であるように、ある程度の妄想があって当たり前じゃないかと思います。考えてみれば、普通の友人付き合いだって、合理的なものじゃありません。あれは少し妄想があって成り立っているはずです。結婚とか家族もそうでしょう。

人間、妄想を恐れちゃいけないかもしれません。もちろん、程度の問題ですが・・。


2月24日 (金)  風俗

私は30歳で足を洗うまで風俗に通いながら、「一般の女性は誰も相手にしてくれないのだから仕方ない」と開き直っていました。しかし、その為に、性的な欲望を懐くのは、女性に対して悪いことだという感覚が、今も心の何処かにこびりついています。風俗で、相手の女性は一つも喜んでいないから・・・。

いつも「申し訳ないけれど、この“性的な欲望”という病気を治療して下さい」という気持ちで、風俗の女性にお願いしていました。

私は一般の女性と知り合っても、職場のような状況の中で、たびたび会って語らいながら、文化的な面でも理解し合えるまでは、なかなか恋愛感情が懐けません。初めて出会って、「あっ、きれいな女性だな」とドキンとした段階では、やはり“性的な欲望”に近いものが、かなりのウェートを占めているから、その女性に対して“悪いこと”ばかり感じているように思えて、なんだか恋愛感情を懐き難いのです。

村上春樹の小説読んでいると、ナンパして女の子を性的に蹂躙したり、同級生の女の子を性的な欲望から滅茶苦茶にしてしまったり、酷い話がたくさん出てくるけれど、村上春樹がもっとも非難しているのは風俗売春じゃないでしょうか。買春する男は人間のくずである、みたいなことが書かれています。

それを読んで、私は「ナンパして女性をなぶりものにする方がよっぽど悪い」なんて思っていました。確かに、風俗で相手の女性は、仕事と割り切ってやっているから、それほど苦しんではいないでしょう。しかし、ナンパされてなぶりものにされても、強姦じゃない限り、それはその女性の選択であり、苦しんだとしても、それはある程度、彼女の自己責任であるはずです。その辺がまったく解っていませんでした。

風俗売春は、男の方を腐らせ苦しめているかもしれません。あれは試験を受けずに裏金で入学するようなものだから、通い続けている内に心が腐ってしまうでしょう。だから、私は青春時代に相手の女性なんてどうでも良いから、自分を腐敗から救わなければならなかったのです。そこに気がついていなかったのは恐ろしい。

ナンパだろうが、とても簡単な試験だろうが、そこには競い合いがあって、裏金で済ませるのとは訳が違います。裏金ほど疚しくありません。性的な欲望を懐くたびに疚しいと感じて、相手の好意が信じられなかったら、恋愛など出来やしないでしょう。

ナンパも出来るし、奥さんもいるのに風俗へ行く男については、まったく理解できないからどうでも良いけれど、モテないからと諦めて風俗へ行こうとしている若い方がいたら、それは絶対に止めたほうが良いと思います。希望を残しておかないと・・・。




| 1 | 2 |