Diary 2012. 10
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10月1日 (月)  行政が設置した野良犬用の犬小屋

イスタンブールでは、保健所のような機関が野良犬を捕獲しても、狂犬病の予防や去勢手術などを施して、また街中に放しているのか、耳に鑑札を付けられた野良犬がたくさんうろついているけれど、現在、大きな野良犬の殺処分を可能にする新たな法律が議会で審議されているそうです。

昨日は、動物愛護の立場からこれに反対する人たちが、イスタンブールの中心街で大規模なデモ行進を行っていました。

しかし、いつだったか、幼児が野良犬に噛まれて大怪我した事件も報道されていたし、なかなか難しい問題じゃないかと思います。日本であれば、野良犬を放置していた行政が責任を追及されていたかもしれません。

トルコでは、昨日のデモ行進に多くの人たちが参加したように、動物愛護の精神が根付いているから、新しい法律が通ったとしても、やたらに野良犬を捕まえて殺してしまうような殺伐とした事態には至らないでしょう。

イスタンブールのシシリー区には、区が設置した野良犬用の犬小屋まであります。あれは、住民から愛されたシンバという大きな野良犬の為に設置されたはずだけれど、シンバはそれから幾らも経たないうちに死んでしまい、今は他の犬たちが利用しているようです。

犬小屋には、「乾燥ドックフードと水以外の食べ物を置かないで下さい」とか、「猫を置いて行かないで下さい」といった注意書きが記されています。

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10月2日 (火)  焚き火?

昨夕、開けっ放しにしてある便所の窓から、なんだか焦げ臭い匂いが漂って来たので、窓の外に目を向けると、もこもこ黒い煙が上がっているのも見えます。

階下の縫製工場で何か燃えているのかと驚き、外へ出てみたら、隣の空き地でベッドのような物を燃やしていて、子供たちがそれを取り囲んではしゃいでいました。

処分に困った大人が火を点けたのか、子供たちが遊びでやったのか、その辺は良く解りません。近くには建設中の建物があるだけで、何処かに燃え移る危険はないように思えたけれど、ちょっと危なすぎる火遊びじゃないでしょうか。

しかし、私らも子供の頃、これと似たような“大きな焚き火”をやって喜んでいました。今の東京でそんなことしたら大騒ぎになるかもしれませんが、悪戯を楽しめない子供たちも何だか可哀想です。

焚き火の出来ない街には、野良犬もいなければ、犬の糞も転がっていない。これじゃあ、子供たちの世界は暗くなってしまうような気がします。

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10月17日 (水)  24時間営業の軽食屋

朝からヨーロッパ側に用事がある時は、早めに家を出てバスに乗り、海峡大橋が混み始める前に渡って、タクシム辺りの軽食屋でゆっくり茶を飲みながら朝食を摂ることにしている。

タクシムのトルコ航空オフィスの向かいにある“チュトゥル”という店は、朝7時前に着いても開いているし、焼きたてのボレッキが安くて美味しい。朝、何時に店を開けるのか訊いたら、24時間営業なんだそうだ。

深夜に、飲んでから来る客も多いかもしれない。よく朝帰りみたいな連中が屯していて、中にはまだ酔いが残っているのか、口汚い言葉を大きな声で話したりする者もいる。携帯で、「日曜の夜にそんな話するんじゃねえ・・」とか怒鳴っている奴がいたけれど、もう夜が明けて月曜の朝になっているのに未だ気がついていないようだった。

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10月19日 (金)  江南スタイル

昨晩、海峡連絡船の中で、3人連れの若者に声をかけられた。ひょろりとした青年、それから、がっしりした青年とその彼女と思われる女子。色白の青年たちに比べて、彼女はかなり色黒、なんだかインドの人のように見える。

ひょろり青年は彼女を指して「ケニヤの出身ですから・・」などとからかい、彼女自身も「本当はギレスン(黒海地方)の出身なんですが、いろいろ混ざっているみたい。トルコは皆いろいろ混ざっているでしょ」と屈託なく笑っていたけれど、エキゾチックな雰囲気のちょっと目立つくらいの美人である。本人もそう思って自信を持っているに違いない。

3人とも大学生で19歳だそうだ。ひょろり青年は、父がギリシャからの移民で母はシリアに近いアダナの出身、こちらも確かに混ざっている。がっしり青年はサムソン(黒海地方)の出身だと言う。

声をかけられたのは韓国人じゃないかと思われたらしい。まず始めに、「“江南スタイル”知っていますか?」と訊かれた。トルコでも結構流行っているようだ。

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10月23日 (火)  連続ドラマのエキストラ

二週間ほど前、トルコで放映される連続ドラマのエキストラに駆り出されて、撮影地のトラブゾンまで出かけてきた。

役どころは東洋人の投資家らしいけれど、シナリオを全て読んだわけじゃないから良く解らない。どうやら、この東洋人より、彼が連れている美人のロシア人秘書が主人公のイケメン青年とひと波乱起こして、物語の重要なポイントになるようだ。

そのロシア人秘書の役を演じるウズベク人女性とは、イスタンブールから同じ飛行機でトラブゾンまで飛んだ。朝、空港のカウンターでチェックインしようとしたら、窓口の男性職員が、「さきほどお友達の方がチェックインしましたよ」なんて言う。

「ロシア人の女性ですか? 今日、はじめて会うんで友達でも何でもないんですが・・。仕事先が一緒になるだけですから・・」
「そうなんですか? でも彼女に訊いたら、友達だと言うんで、隣の席を用意することにしたんですが、差しさわりがありますか?」
「いや、別に構わんです・・」

そしたら、この職員、にやっと笑って、「ええ、多分、トラブゾンへ着く頃には、良いお友達になれると思いますよ」と言い、他の男性職員まで何やら意味ありげに笑っていた。

それから、搭乗待合所へ行くと、彼女のことは直ぐに解った。ウズベク人と言いながら、如何にもロシア風な美人で、トルコ語が未だあまり巧く話せないから、端役しかもらえないようだが、こちらはエキストラなんてものじゃなくて、プロの女優さんみたいである。

トラブゾンの空港には撮影スタッフが迎えに来ていた。撮影地は近郊の農村で、そこに着くと、私は直ぐにまた衣装合わせのため、トラブゾン市内に連れて行かれたが、戻って夜8時頃に撮影が始まり、なんと翌朝の7時頃に終了するまでは、かなり長い時間をそのウズベク人女性と過し、帰りの飛行機まで一緒だったけれど、とくに“お友達”になれたような雰囲気でもなかった。役柄でも、上司と部下の関係だから、それで良いのかもしれないが・・・。

撮影には、現地で採用されたと言う女子高生も2人出ていた。主人公たちの屋敷で働くお女中さんの役らしい。「君たちもエキストラなの?」と訊いたら、「私たちは全編通じて出演するからエキストラじゃないんです」と言い返されてしまった。

しかし、ケラケラと良く笑う楽しい娘さんたちだった。「今頃、君たちの家族は大騒ぎじゃないのか? 『うちの娘がテレビに出るんだ』とか言って・・・」「君らの同級生たちが羨ましがって大変だろ?・・・」なんていう話を、少し脚色して大袈裟なアクションを交えて話すだけでも笑い転げてくれた。

撮影の合間に、この娘さんたちと寛いでいる中年の女性がいたので、お母さんが心配になって様子を見に来ているのかと思っていたら、この方も出演している女優さんだそうである。結構有名な舞台女優らしい。翌朝、撮影が終わってからトラブゾンの空港までは、アンカラへ帰るという彼女も一緒だった。

空港までの車中、「すみません。私はテレビを見ないので解りませんが、連続ドラマには良く出演されるんですか?」と訊いたら、「連続ドラマにも出ていますが、本来は“舞台女優”なんです」と念を押されてしまった。

トルコで“舞台女優”と言えば、大学の芸術学部を卒業している“芸術家”といった格式がある。最近、大分変わってきたが、逆に芸術学部を出ていない女優・俳優は、何だか軽く見られてしまう。芸術家失格といったところか・・・。だから、杉村春子や田中絹代といった日本の名女優たちも失格であるかもしれない。

トルコの各芸術学部は、トルコ共和国が革命以降、西欧化を推進する過程で設立された所為か、芸術学部で学んだ方たちは、その殆どがモダンなアタテュルク主義者であるような気がする。アンカラへ帰る舞台女優さんも例外ではなかった。

車中、運転しているカメラマンさんも加わって、“AKP政権によるイスラム化への不安”といったことが話題になった。私は、現地採用の女子高生たちを例に取って、「トルコの社会は20年前に比べても一層世俗化が進んでいるんじゃありませんか?」と申し上げたけれど、舞台女優さんはこれに否定的だった。

「皆、テレビばかり見て、そのテレビに“うちの娘が出ている”と言って喜んだりする。これでは“中身のない発展”です」と言うのである。

しかし、それでは“中身のある発展”って何だろう? 発展はともかく、社会の世俗化なんて言うのは、そもそもこの程度の事柄じゃなかったんだろうか?

ところで、この“イスラム化への不安”だけれど、そうやってイスラムを恐れている人たちは、これを熱心に信仰している人たちと同様に、“宗教の力”をちょっと過大に評価しているような気もする。“宗教には社会を導く力がある”と思っている点で、彼らは共通しているかもしれない。果たして、宗教に未だそんな力は残されているんだろうか?

これだけ複雑に“発展”してしまった近代的な社会で、宗教にはせいぜい一部の人々の心を安堵させるぐらいの役割しか残されていないように思える。



10月24日 (水)  アニリール・セルカン氏は何処へ?

日本で、IPS細胞を使って心臓手術を実施したと虚偽の発表を行った人物が話題になっているけれど、これを聞いて私は“アニリール・セルカン”というトルコの人を思い出してしまった。

アニリール・セルカン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%B3

セルカン氏も嘘ばかりの履歴や盗用した論文などを使って東京大学の研究室にもぐり込んでいたようだが、IPS細胞の事件と言い、“天下の東大”はそんなに騙されやすいのかと心配になってしまった。でも、逆に考えると、“天下の東大”はそれほど閉鎖的じゃなくて、少々怪しげな人物も受け入れてしまうほどオープンな体質なのかもしれない。

独創的な発想をする学者の中には、少々怪しげで履歴さえ何だか解らない人物もいるのではないか? 騙されるのを恐れて門戸を狭めてしまったら、そういう人物まで取り逃がしてしまうことになる。だから、大袈裟に心配しなくて良いような気もする。どうなんだろう?

セルカン氏には会ったこともないし、その著作どころか詳細な紹介記事さえ読んでいなかったけれど、氏が流暢な日本語で語っている場面を“YouTube”で見ながら、トルコ・フリークの一人として、その後の活躍に期待していた。

論文の盗用などがばれて事件になってから、詳細を読んで見ると、“トルコで初めての宇宙飛行士”だとか、“スキーでオリンピックに出た”とか、ちょっと調べれば解るような嘘が満載だった。トルコにいれば、そういう話が全く話題になっていないから、直ぐに怪しいと解ってしまう嘘ばかりだ。セルカン氏、虚言癖なんてものじゃなくて、誇大妄想狂とか虚言病といった精神的な問題があったかもしれない。

しかし、その流暢な日本語から窺える語学力は大したもので、思わず感心しながら、その後の活躍を期待してしまうほどだった。非常に頭の良い人物であることは間違いない。でも、頭の使いどころが間違っていた。今、何処で何をしているのだろう?

さすがに顔が知られてしまったため、もう日本では、次の嘘もつけないが、語学力に秀でた氏のことだから、たちまち余り知られていない国の言語をマスターしてしまい、その国の研究機関にもぐり込んでいるかもしれない。そこではどんな壮大な嘘をついているのか? ちょっと想像してみたら面白い。

【154】コーランと科学【ミリエト紙】【2006.06.10】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00154.html



10月26日 (金)  犠牲祭

11月8日(火) 犠牲祭
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2011&m=11

上記のように、去年は誘ってもらったのに同行出来なかった犠牲祭の行事に、今年は出かけてきました。

エルシン、そして、お父さんのファイクさんに車で連れて行ってもらいました。イスタンブールから黒海沿岸のシレに向かう途中にある山間の農村で、生贄の雄牛が屠られる儀式に立ち会って来たのです。

羊が屠られるところは何度となく見てきたけれど、牛の屠殺に立ち会ったのは、下記の犠牲祭以来で2度目でした。

1月3日(水) 犠牲祭の思い出
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2007&m=1

羊と違って大きな牛は、切られた後も暫くは動き続けるから、見ていると何だかのこちらの息まで詰まりそうです。切られて血を噴出しながら、牛は何とも言いようのない唸り声をあげるのです。

エルシンも「しっかり見届けなければいけないのに、あの唸り声を聞くと、いつも思わず目を逸らせたくなりますね・・・」と厳粛な面持ちで話していました。

写真の撮影間隔は、牛が大人しく連れて来られた場面から、皮も剥がされ解体が始まる場面までがちょうど30分。それから、切り分けられて“肉”になってしまうまでが約1時間。終わってから思えば、何ともあっけない感じがします。

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10月27日 (土)  犠牲祭の意義

去年の今頃、トルコで有数の肉加工品会社を訪れたことがある。トルコ風の牛肉ソーセージ(?)スジュクや牛肉ハムのパストゥルマが有名な老舗で、オスマン帝国の末期に、中部アナトリアのカイセリの特産品だったパストゥルマをイスタンブールに広めたのは、カイセリのアルメニア人が経営するこの会社だったそうだ。

近代的な設備の工場を見学させてもらったが、この会社は自前の屠殺場を持っていて、そこで撮影した牛の屠殺作業もビデオで見せてくれた。

あらかじめ後足にロープを巻き付けられた牛が作業場に入ると、ロープをヴィンチで少し巻き上げ、牛は横倒しにされる。それから、一昨日の犠牲祭の手順と同じように、アッラーへ祈りが捧げられ、熟練の職人が一般に使われている刃物より遥かに大きい刀で一気に牛の首を掻き切ってしまう。それは見事な手際であり、ビデオだから良く解らなかったが、牛は唸り声を出す間もなくぐったりした。そして、ロープが上まで巻き上げられ、牛は逆さ吊りにされて次の工程へ運ばれて行く。

ビデオはヨーロッパから視察団が来た際に撮影されたらしい。視察団は工場の衛生状態ばかりか、屠殺の作業まで調べて行くようだ。ビデオを説明していた経営者の方は、「彼らときたら、牛が絶命するまでの時間をストップウォッチで計っていましたよ」と呆れた表情で話していた。

牛が唸り声を出してしまうような屠殺のやり方は、こういったヨーロッパの人権委員だか獣権委員だかに監査されたら間違いなくアウトだろう。

しかし、流れ作業のように行われる屠殺場のやり方では、生命の尊厳が全く感じられないような気もした。“動物に苦痛を与えない”などと言うが、例えば、狭い豚舎の中で一生を過し、まるで“肉”になる為に生まれて来たような豚にとって、苦痛とはいったい何だろう?

いずれにしたって、これは人間が傍から見て考えているだけで、当の豚や牛には何の関係もない。問題になっているのは人間の感情であって、豚や牛の気持ちではない。

人間は、動物に限らず人の苦痛についても傍から見て判断しようとする。「絞首刑は人に苦痛を与えるから止めるべきだ」と主張する人がいるそうだけれど、絞首刑、電気椅子、薬殺のどれが一層苦痛だったのか、いったい誰に訊いたんだろう? 

柔道の絞め技で何度も絞め落とされた私の経験から申し上げると、意識が戻った時、あれは深い眠りから覚めるような感じで、全く苦痛がなかった(覚えていないだけかもしれないが・・)。でも、傍から見た場合、落ちた人は白目を剥いて痙攣したりして、とても苦しんでいるように見える。

一昨日、私は牛の唸り声を聞いて息苦しくなってしまったが、その後、息絶えてしまった牛の目を見たら、何だか静かで涼しげだった。周りの人間たちは、解体作業に大わらわだったり、見慣れない光景を見て未だドキドキしていたのに、牛の目だけは静かだった。

静かに見えたのは、私の感情が昂ぶっていたからかもしれない。牛はそのあと肉になり、私は昨日、その肉をご馳走になって来た。肉がどうやって肉になったのか見て来たのは、私とエルシンとお父さんだけである。

昔は、多くの家族が総出で羊を屠ったりしたらしい。さすがに切るのは慣れた人にまかせたかもしれないが、羊を押さえたりして皆で手伝ったのだろう。

それが大きな牛になると、殆どが初めから専門家(といっても、犠牲祭の時だけで熟練の職人というわけではなさそうだが・・・)まかせになってしまう。見ている人たちは余り手を汚すこともない。専門でやっている人たちは、「牛が暴れる可能性もあるから、皆さんは下がってください」と注意していた。

これでは、犠牲祭の意義が半減するけれど、誰かが立ち会って祈りを捧げるだけでも意義はあるだろう。日本では、皆が必要としているこの屠殺の作業を一般社会から遠ざけて全く見ないように努めたばかりか、屠殺に携わる人たちを差別してきた。

それだけではない。「屠殺」を“差別用語”として排除しようとする動きもあるらしい。屠殺の作業どころか“屠殺”の文字さえ見ないようにする。しかし、皆の必要を満たす為に屠殺は続けられる。恐ろしい欺瞞と言わざるを得ない。

私は日本でも“犠牲祭”が実践されたら素晴らしいと思う。

【206】犠牲祭【ラディカル紙】【2008.12.10】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00206.html

【110】“犠牲祭”の大切さ【ラディカル紙】【2005.01.21】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00110.html

【40】「犠牲祭」の意味するもの【ラディカル紙】【2004.02.06】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00040.html



10月28日 (日)  欺瞞の平和

ブタがいた教室
http://www.youtube.com/watch?v=C9BKVBBpQ74

2008年に、日本では“ブタがいた教室”という映画が公開されたそうだ。ある小学校の先生が、子供たちに“命の大切さ”を教えるため、「ブタを皆で飼育して最後に皆で食べる」という計画を実行しようとする話。

映画が公開された時は、賛否両論が渦巻いたらしい。今、ネットで検索しても様々な意見が出てくる。

私は「日本でも“犠牲祭”が実践されたら素晴らしい」と思ったけれど、これも現実の話としては簡単なことじゃないだろう。なにより、日本にはそういった伝統がなかった。差別を無くそうと思っても、“寝た子を起こす”だけになってしまうかもしれない。

屠殺に目を背けながら、肉を美味しく頂くのは欺瞞に違いないが、そもそもこの世の中は欺瞞で成り立っているようなものだろう。

例えば、戦後の日本の平和は、アメリカに守られた“欺瞞の平和”だったかもしれないけれど、戦争に巻き込まれるくらいなら、“欺瞞の平和”のほうが有難いはずだ。その平和の構造を無理に変える必要はないように思える。

8月、長崎の慰霊祭に、トルーマン大統領のお孫さんが出席したという記事を読んだ。そうやって少しでも“真の平和”に近づけると信じたい。(“真の平和”が達成されるわけじゃないけれど・・)

以下のヌライ・メルト氏の記事に、「ある人々(我々も含む)が、より快適な生活を営む為の代償を、他の人々が貧困と挙句の果てには命によって支払っている連鎖の中にいることを考えなければ・・・」とあるが、この“連鎖”を直視する痛みを思ったら、犠牲祭で羊を切るぐらい何でもないだろう。私はその連鎖の中にいることを、多分、なるべく考えないようにしているんじゃないのか。だから、犠牲祭で済ませてしまうのは、それこそ欺瞞かもしれない。

この記事には、いろいろ考えさせられる。

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【206】犠牲祭【ラディカル紙】【2008.12.10】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00206.html

モダンな文明と言われるものは、ある側面、こういった偽善的な状態のことではないだろうか? 肉、それも生肉に近いような肉の料理(ローストビーフ、燻製肉、タルタルステーキ)を食べながら、一つの命が失われたことは全く考えないように努める。問題はここに始まって、人間の死に対する態度にまで至る。モダンな人間として、死を頭の片隅から遠ざける為に、あらゆる方法を駆使する。もっと悪いことには、人の命を奪う戦争について正しく追究する代わりに、“戦争反対”と言って自分自身を慰めようとする。

死をもっと真摯に考えていれば、こういう風にはならなかっただろう。戦争は、数人の狂った、或いは悪質な政治家の所業であるという虚構に逃げ込もうとしなければ、自分自身の責任にもっと気がついただろう。ある人々(我々も含む)が、より快適な生活を営む為の代償を、他の人々が貧困と挙句の果てには命によって支払っている連鎖の中にいることを考えなければ、我々を悩ませている状況は変わらないだろう。



10月29日 (月)  小さな連鎖

どういう本で読んだのか忘れてしまったけれど、山本七平が戦後世代の「戦前の人たちは、何故、戦争を防げなかったのか?」という問いに答えていた。

「君の机に片付けなければならない仕事がたくさんあって、それを片付けないと周りの人たちが迷惑するとしたら、君はその仕事を一生懸命にやるだろう? 戦前も皆そうやって働いていたら、戦争になってしまったんだよ」。うろ覚えだが、だいたいこんな内容じゃなかったかと思う。

戦前世代のいろいろな弁明を聞いたり読んだりした中で、私はこの話にとても説得力を感じた。つまり、小さな連鎖の中で、皆が自分の役割を果たしているうちに戦争が始まってしまったということだろうか。

「より快適な生活を営む為の代償を、他の人々が貧困と挙句の果てには命によって支払っている連鎖」を考えて、他の人々に迷惑を掛けないようにすれば、なるほど戦争は防げるかもしれないが、誰もそんな途方も無いことは考えられないような気がする。

今でも、トルコの農村に行けば、家族が総出で“犠牲祭”を営んでいるんだろうけれど、それはイスラムの教義という大きな連鎖じゃなくて、周囲の小さな連鎖の中で役割を果たしているだけじゃないかと思う。

だから、都会に出てきて、別の小さな連鎖の中で暮らすようになれば、犠牲祭には進んで立ち会わなくなってしまう。多くの人がイスラムの教義なんて余り深く考えていなかったのだろう。



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