Diary 2011. 6
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6月1日 (水)  アンタキアの名物

先月からの続きです。アンタキアの名物、まだまだあります。

まずはカボチャのお菓子。カボチャを甘く煮たものは、トルコの何処へ行っても見かけるけれど、アンタキアのカボチャ菓子はちょっと変わっています。表面が砂糖でコーティングされたように固くなっていて、中はトロリと柔らかい。しかし、余りにも甘過ぎました。

次は、テプスィ・ケバプ。テプスィという容器で調理して、そのまま出すからこう言うのでしょうか? 美味いとは思いましたが、特に個性的な料理でもないような・・・。他に、キャウトゥ・ケバプという名物料理もあって、これはハンバーグみたいな感じでしたが、キャウトゥ(紙)で調理するのがミソなんだそうです。紙といっても油紙のようなものらしいけれど、料理より、その紙が気になりました。また来る機会があったら、調理している所を見なければなりません。

もう一つ、これはアンタキアの名物というわけじゃなくて、94年に南東部を旅行した時にも良く見かけました。イスタンブールにもある所にはあるそうです。メヤンキョキュと言い、辞書やウイキペディエで調べると、甘草の根となっています。

根から抽出した黒い液体をコップに注いで飲ませてくれますが、94年の南東部では、何処の店も屋台の上にその根をどんと置いて商売していました。かなり太い根でだったように記憶しています。

88年に滞在した韓国でも、同じような太い根を屋台の上に置いて、抽出した黒い液体を飲ませる店があったから、良く似ていることに驚きました。味も殆ど変わらなかったように思います。今回、アンタキアで飲んだメヤンキョキュも同じ味でした。苦くて独特な風味があるけれど、私は抵抗なく飲めます。

韓国では、チクチュプと言い、葛汁のことです。葛と甘草で何が違うのか良く解りませんが、葛の根のほうが遥かに太いようです。94年に、南東部で見たメヤンキョキュは、葛のように太かったと記憶しているけれど、あれは韓国の印象とごちゃ混ぜになっていたかもしれません。

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6月11日 (土)  イスタンブールのトラブゾン学生寮

“フェースブック”に加入したのは、一年ぐらい前かと思っていたのに、記録を見たら、2008年12月となっていました。加入したものの、利用することもなく、暫くそのままになっていたようです。

それが一年ぐらい前から、“フェースブック”でメッセージを送って来る友人が増えたので、最近は頻繁にアクセスしていますが、どうも使い方が良く解りません。

メッセージを送って来る友人たちは、私が実名で登録していて、これがまた珍しい氏名だから、それを見て送ってくるようだけれど、同じように、こっちからトルコ人の友人を探そうとしても、トルコには同姓同名が多くて、なかなか特定できないままになっています。

先月も、ハイダルというトルコ人が“フェースブック”に、“友達リクエスト”というのを送ってきたので、誰だか解らないまま“承認”して、彼のプロフィールを見たら、どうやら、1992年に3ヵ月ほど暮らしたイスタンブールの学生寮で、舎監長を務めていたハイダルさんのようです。

私は94年にも、この学生寮の近くに間借していたので、時々、寮を訪れてハイダルさんと会っていたし、98年にトルコへ戻って来てからも、何度か会ったけれど、翌年、クズルック村で働くようになって暫く会わずにいたら、そのうち彼も学生寮の舎監をやめてしまい、お互い連絡が取れなくなっていました。

先日、“フェースブック”で連絡を取り合い、ハイダルさんと市内で再会を果たしました。“フェースブック”も結構役に立ちます。

その日、昔話に花を咲かせながら考えてみると、あの学生寮を最後に訪れてから、もう10年になるかもしれません。それで、一昨日、スルタンアフメットへ出かけた折に、ちょっと足を延ばして、学生寮まで行って来ました。

大分様子も変わっているのではないかと思っていたけれど、驚いたことに、学生寮は殆ど当時の姿のままでした。大きく変わったのは、食堂に大画面の薄型テレビが置かれていたことぐらいでしょうか? それから、洗面所には、洗濯機も配備されたようです。しかし、食堂にいた学生に話を聞いたら、洗濯機が入ったのは、昨年のことだと言うので、これまた驚かされました。今どきの学生たちが良く文句を言わなかったと思います。

19年前、南東部のガジアンテップから来ていた学生は、下着さえ手で洗おうとせず、洗濯物が溜まる度に、梱包してガジアンテップの実家まで郵送していました。実家のお母さんが、洗濯して送り返してくれたのです。

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6月12日 (日)  理容室の回転看板と韓国の思い出

昨日、ヨーロッパ側のヒルトンホテル付近を歩いていたら、雑居ビルの2階に、日本の理容室で見かけるような回転看板が出ていたので、『おやっ?』と思って、2階まで上がってみました。今まで、トルコでは、こういった理容室の回転看板を見た覚えがなかったからです。

2階に上がると、そこは主に女性が利用する美容院になっていて、店主らしき青年と二人の女性が働いていました。女性の一人は青年の奥さんだったかもしれません。

看板の由来を訊いたら、奥さんと思しき女性が快活に、表情豊かに答えてくれました。

「ヨーロッパへ行くと、大概、美容室には、あの看板が出ているそうですね。私たちは、この前、イスタンブールの商品見本市で見つけて、面白そうだから一つ買って来ました」
「日本でも、理容室や美容室には、もっと大きいのが店の前に置いてあります。でも、トルコじゃ初めて見たような気がしますよ」

「そうでしょう。トルコ人が何人も“あれは何なの?”と訊きに来たくらいです。ヨーロッパの人たちは、あの看板見て、美容室だと分かって入って来ますね。一度、韓国人も来てくれました」
「えっ、韓国の人って男ですか?」

「いや、女性でしたよ」

最後の問答、入って来た韓国の人が男性だったら、彼はがっかりして帰ったかもしれないと、つまらない想像にほくそ笑んでしまいました。

私が滞在していた88年当時、ソウルの街中で、あの回転看板を出して商売している“理髪所”は、その殆どが整髪と共に、女性従業員の“お色気サービス”を実施していたからです。そういうサービスを受けたくなくて、純粋に髪だけ切りたい人は、銭湯の中にある理髪コーナーや大学などの構内にある理髪所へ行かなければなりませんでした。

“お色気サービス”は、妙に体を密着させながら行うマッサージ程度のものから、かなり集中的な局部マッサージ、もっと過激で明記するのも憚られる淫らなサービスに至るまで色々あったけれど、店の外見を見ただけでは、そこのサービスがどの段階にあるのか判然としないため、初めての店は、入る時になかなかスリルを感じました。

ある書物には、回転看板が激しく早く回っている店ほど、サービスも激しくなるという俗説が紹介されていましたが、これはちょっと信憑性に欠けます。そもそも、そんなに激しく回っている看板など見たことがありませんでした。

しかし、一度、ソウルの繁華街で、あの回転看板が、入口の左右と上に、合計7本も出ている店を発見した時は、『これは絶対に何かあるはずだ』と思わず吸い寄せられるように近づき、入口を開けて中に踏み込んだところ、そこには、到底“理髪所”とは思えない光景が展開されていました。目の前のソファーに、艶かしいドレスを着た女性が4人ほど、科を作って待ち構えていたのです。私は期待を遥かに上回る光景に怖気づいて後ずさりし、そのまま退散せざるを得ませんでした。

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6月13日 (月)  HAS(民衆の声党)・・・・・

トルコの国政選挙は、予想通り与党AKP(公正発展党)の圧勝でした。私はAKPが勝つにしても、前回2007年の得票率47%を3ポイントぐらい下回るかもしれないと希望的な観測を懐いていたけれど、結果は3ポイント増で約50パーセントに達しました。

しかし、得票率が10%に満たない政党は議席を得られない等の特殊なシステムにより、AKPの議席は少し減って326ぐらいになると見られ、憲法改正を国民投票に持ち込める330には至らない為、私の“希望的な観測”は図らずも実現しそうです。これで、与野党間の対話が促進され、トルコの民主主義は一層成熟するのではないでしょうか。エルドアン首相も同様の趣旨を述べています。

今回の選挙で私が残念に思ったのは、HAS(民衆の声党)の惨敗です。10%を上回って議席を得るのは無理としても、7%ぐらい得票すれば、今日の見出しは「HAS大健闘!」にしようかと期待していました。ところが、1%にも達しない惨敗では見出しの付けようがありません。

HAS(民衆の声党)は、イスラム守旧派のSP(幸福党)から袂を分かったヌマン・クルトゥルムシュ氏により、昨年の11月に結党されました。ヌマン・クルトゥルムシュ氏の誠実な人柄と論理的な主張には、世俗主義者の中からも評価する声が上がっていたけれど、ちょっと準備期間が短過ぎたようです。また、投じた票が“死に票”になることを嫌って、その主張には賛同しながら、投票を見合わせた有権者もいたのではないでしょうか。

急速な経済発展を続けるトルコは、2007年の選挙でAKPが掲げた“止まらずに歩み続けよう!”というスローガンに象徴される熱気に包まれていて、今回の選挙では、第一野党のCHP(共和人民党)もこれに乗っかってしまった感が否めません。

ヌマン・クルトゥルムシュ氏はこの雰囲気の中で、「ちょっと待って、これで良いの?」と問い続けていたのです。AKPに対しても、「かつてはマードゥル(不当に扱われる)だったが、今はマールル(傲慢)になった」と厳しく批判していました。

私は、ヌマン・クルトゥルムシュ氏の民主的な主張に、トルコのイスラムが到達した地点を見るような思いがします。


*写真は、先月撮ったTKP(トルコ共産党)の選挙キャンペーン風景です。HAS(民衆の声党)のキャンペーンにはとうとう出くわしませんでした。やはり準備不足だったのでしょうか・・・。しかし、与党も第一野党もその支持者たちが、経済発展に熱狂して、そこから生じる利権に群がろうとする雰囲気の中では、HAS(民衆の声党)ばかりでなく、このTKP(トルコ共産党)の頑なな姿勢にも、何だか好感を覚えてしまいます。

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6月25日 (土)  馬鹿は高い所に登りたがる!

急速な経済発展を遂げているトルコが、“止まらずに歩み続けよう!”という熱気に包まれているのを危ういと指摘する声もあるけれど、実を言えば、私もこの熱気の中で結構浮かれています。やっぱり停滞よりは、成長の方が良いに決まっているかもしれません。20年前、「トルコに行ってどうするの? 将来性ないよ」なんて言ってた人たちに、現況を見せてやりたい気にもなります。 

昨日は、3ヵ月ぐらい前にオープンしたイスタンブールの新名所、“サファイア”という超高層ビルの展望台に登ってきました。54階だか、55階だかあったはずです。写真を見て数えて下さい。

先ず初めに、下からビルを見上げるアングルで撮ろうとしたけれど、かなり遠ざからないとビルの全景が入りません。この位置でも、カメラを地面に置いて、やっと全景を収めました。

近くの店の人が、「どう? ちゃんと撮れた?」と覗き込んだので、撮り上がりを見せてあげながら、「貴方は展望台まで登りましたか?」と訊いたら、「いやあ、ああいうのはね。遠くから来た連中が喜んで登るんですよ。直ぐ真下に住んでいる我々は大して興味もありません」なんて笑っていました。これでは、今から展望台に登ろうとしている私も、何だか馬鹿にされているようです。

しかし、登って見たら、『直ぐ近くに住んでいるのに、つまらないこと言って登らなかったら馬鹿みたいだよ』と思ってしまいました。マルマラ海から黒海まで見えたりして、イスタンブールの眺望が素晴らしいのです。真っ平らな東京に、いくら高いビルを建てても、こういうわけには行かないでしょう。

それに、この“サファイア”の展望台は、一番上の屋上まで登れるから、眺望は窓越しじゃなくて直に迫ってきます。私も登る前は、『来年の今頃に登ったのでは意味がないから、今のうちに一度ぐらい登っておくか』ぐらいに考えて、それほど期待していなかったけれど、これは間違いでした。近いうちにまた登ろうかと思っています。

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