Diary 2009. 11
メニューに戻る
11月6日 (金)  バハイ教/政教分離

昨年11月の“トルコ便り”で話題にした“イスタンブール・ブックフェア”に今年も行って来ました。

会場には各出版社のブースと共に、様々な思想団体や宗教団体のブースもあり、それぞれの広報誌や宗教書などを紹介しています。その中にある“バハイ教”のブースには、昨年も寄ってみたけれど、今年は、そこに東洋人風の男性が座っていたので、ひょっとして日本の方かと思って尋ねたところ、上海の出身という中国の方でした。他に3人、トルコ人の男女がいて、早速、茶を勧められ、彼らと30分ほど雑談しました。

彼らは皆、バハイ教の信徒であり、中国人の男性はバハイ教のトルコ人女性と結婚してトルコに来たようです。バハイ教は、19世紀にイランで、バハーウッラーという預言者によって開かれた一神教ですが、詳しくは、以下のサイトなどを御覧になって下さい。

日本バハイ共同体のホームページ
http://www.bahaijp.org/nsanew/index.html

ウィキペディア/バハーイー教
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%BC%E6%95%99

現在、イランではバハイの信仰が法的に禁じられ、公然と弾圧されていますが、政教分離を国是とするトルコで、バハイの活動が問題になっているという話は聞いていません。

私は、91年、イズミルのエーゲ大学にあるトルコ語教室で学んでいた時、同じ教室にいたバハイのイラン人夫婦と知り合いました。当時、50代半ばぐらいだったでしょうか。ホメイニの革命以降に始まった弾圧を逃れ、トルコへ移住して来たようです。

その後、98年、大阪で暮らしていた頃にも、バハイを信仰する非常に教養のあるイランの方と知り合う機会がありました。

バハイでは、釈迦も含む各宗教の聖人を預言者として認め、あらゆる宗教を結びつけた新しい理念による世界平和を希求していると謳われていますが、やはり無信仰、もしくは無神論といった考えは認められていないのでしょう。

今回の雑談でも、神の存在や釈迦の教えについて訊かれる度に、私が「知らない」「解らない」を繰り返していたら、彼らはかなり当惑した様子でした。年配のトルコ人男性は、「社会は宗教によって治められなければならない。その宗教が良く解らないと言うのであれば、社会の中で人は何を規範に生きたら良いのか?」と不安そうに話していました。

しかし、私の場合、彼らにその宗教理念を説き付けられても、「そうですか? 良く解りませんが」と答えるよりなかったけれど、もしも、これが熱心なムスリムであれば、おそらく「貴方たちの理念は間違っている。真実は・・・」と反論を試みるはずです。

そういった議論を通して、異なる宗教を熱心に信じる人たちが、お互いの理解を深めることは、実際に可能でしょうか? これは非常に難しいような気がします。その為には、各々が「私たちの宗教にも間違いはあるだろう」と認め合う必要があるかもしれません。


*****************************

【221】トルコは中東へ向かっているのか?【ラディカル紙】【2009.11.02】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00221.html

上記の記事には、“建国記念日”の式典で、大統領夫人が招待客を握手によって迎えようと、一人一人に手を差し伸べていたものの、幾人かの男性招待客が握手しようとしなかったため、大統領夫人の手は宙に浮いてしまったというエピソードが紹介されています。

その招待客は、国営放送局の会長とイスラム色の強い新聞社の記者だったようですが、彼らは、何故、握手を拒否したのでしょう? 大統領夫人はスカーフを被っている敬虔なイスラム教徒だから、握手を好まないだろうと彼らなりに考えて遠慮したのか、さもなければ、大統領夫人より、さらに原理主義的な宗教傾向が彼らにあって、男女の握手は絶対に許されないと考えていたのかもしれません。

世俗主義の人たちは、現政権に原理主義的な傾向があるのではないかと心配しているけれど、イスラム原理主義者の中には、現政権のイスラム傾向が余りにも世俗的であると反発している人たちもいるようです。

そのため、現政権も政教分離の必要性を充分に認識しているとは考えられないでしょうか? 私はそうあって欲しいと願っていますが・・・。


*写真は、昨年のブックフェアで撮影したバハイ教のブースです。

20091106-1.jpg 20091106-2.jpg



11月8日 (日)  トルコの男は肉食系?

旧知のトルコ人で、もうかれこれ20年ぐらいの間、トルコと日本を行ったり来たりしている男がいます。日本へ行っても、絶対にアルコールは飲まないし、食事も“豚”が使われていないことを確認しなければ口にしませんでした。もちろん断食も実践すれば、祈りも欠かさず、本人は“敬虔なムスリム”を自認していたようです。

しかし、イスラム教は婚姻関係のない男女の性行為を重大な罪と定めているのに、この男は異教徒である日本人女性との性行為は奔放に楽しんでいて、聞きたくもない武勇談を何度となく聞かされたことがあります。相手が異教徒であれば罪にはならないと勝手に解釈していたのでしょう。そこには異教徒の女性を軽んじる発想が潜んでいたはずです。これでは相手の女性に敬意や愛情なんて持てるわけがありません。

この男の行状を知っている“敬虔なムスリム”の友人たちから、“信仰の大切さ”を説き付けられた時は、この男の例を挙げて反論を試みると、非常に効果的でした。

「彼の行いを知っているよね? それでも、“イスラムによって人は正しくなれる”なんて主張出来るの?」
「いや、あの男は教育もないし、イスラムを間違って理解しているだけだ。あれは正しい信仰じゃない」

「でも、ああいうムスリムは少なくないよ。スルタンアフメットで客引きなんかやっている連中の半分ぐらいはそうじゃない?」
「いや、半分ぐらいじゃなくて、8割はそうじゃないかと思う」

「良く解っているじゃない。やっぱり信仰だけじゃ正しくなれないと思うでしょ?」
「いや、それは世俗主義者たちが、宗教の教育を疎かにして来たからで・・・・」

こういう友人に、後は何を言っても無駄で、とにかく悪いことは何でも世俗主義者の所為にしようとします。まあ、世俗主義者たちも、悪いことは何でもイスラム主義者の所為にしようとするから同じかもしれませんが・・・。

しかし、宗教の教育を強化すれば、状況は改善されるでしょうか? 私には、とてもそう思えません。逆に、宗教が性を“禁じられた汚らわしい行い”として抑圧しているから、男たちの性に対する意識が歪められてしまったのではないかとさえ考えています。

とはいえ、性に対する宗教的なタガが外れてしまえば、ああいった男たちはイスラム同胞の女性たちにも見境なく手を出すようになるだけでしょう。

トルコの男たちには、その絶大な性的能力を自慢したりする者が多いけれど、実際、食生活からして超肉食系だろうから、我々草食系の男たちから比べれば、遥かに強いかもしれません。また、こういった肉食系の“強い男”には、比較的、DVも多いと言われ、トルコに限らず欧米でも、DVはかなり社会的な問題になっているそうです。

我々草食系男は、AV鑑賞が関の山で、DVなんてする元気もないといったところでしょうか。もっとも私にはその相手もいませんが・・・。


【155】氾濫するセックス【ミリエト紙】【2006.06.11】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00155.html

【180】タクシム広場の新年【ラディカル紙】【2008.01.06】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00180.html

【46】トルコの娘たちは暗闇で革命的となるのか?【ラディカル紙】【2004.02.18】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00046.html

【85】姦通罪は欧州の要求によるものか?【ラディカル紙】【2004.09.03】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00085.html



11月11日 (水)  トルコの男は肉食系の続き

トルコでは、酒を飲み、礼拝等は行わない不信心な男たちも、遊ぶ目的で女性に近づく時は、やはり異教徒の外国人をターゲットにしているようですが、これは同胞の女性に手を出すと、彼女の家族が介入してきたりして、後々面倒なことになるのを恐れているからじゃないでしょうか。下手をすれば、以下の記事のような“名誉の殺人”の対象になってしまうかもしれません。

【65】伝来の風習による殺人の犠牲者は男である【サバー紙】【2004.03.31】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00065.html

しかし、前回お伝えした男の場合、それよりも、ある程度は信仰心が同胞女性への妄動に歯止めをかけていたような気がします。彼は、周囲にムスリム同胞がいない日本でも、戒律を守り礼拝を行っていたのだから、心の中に神を畏れる信仰心は確かにあったはずです。

実を申し上げると、以下の“便り”で、友人の息子に割礼を施してくれるようイマーム(導師)に頼んだのは、この男でした。ムスリム同胞のために、そんな世話まで焼こうとしたのは信仰心の成せる業だったに違いありません。それなのに、何故、異教徒の女性には、その信仰心が作用しなかったのか、これがとても不可解に思えます。まあ、日本にも、同じ日本人に対しては礼儀正しくて親切なのに、非先進国の“外人”には驚くほど悪辣な態度を取る輩がいるけれど・・・。

2007年11月12日(月)東京ジャーミー
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2007&m=11

ちょっと考えすぎかもしれないけれど、信仰心の強いムスリムならば、イスラムを絶対の真理と固く信じているのだろうから、その真理が解らない異教徒というのは、なんとも哀れな“動物”に思えてしまい、そのため“人間の女性”に対する自制心が働かなくなってしまう、なんてことはないでしょうか? (日本人にも非先進国の“外人”を動物扱いする人はいますが・・)

これは何もイスラム教徒に限ったことではなくて、イラク戦争では、キリスト教を絶対の真理と信じている人たちも、異教徒のムスリムに対して自制心を失っていたようです。(日本人も戦前は大陸で自制心を失っていたようですが・・)

私は、こういう“絶対の真理が解っていて、それを固く信じている人”に何か説き付けられると、少し落ち着かない気持ちになります。こちらは、如何なる真理も解っていないし、いつも自分の考えに疑問を感じて迷っているのに、“これは絶対に正しい”と押しまくられてしまえば、もう何か反駁するどころではありません。それに私たちは、彼らのような“神に模して創られた崇高な存在”じゃなくて、自然界の動物の一種に過ぎないのです。

敬虔なムスリムの友人は、そんな私を「それでは幸せになれないだろう?」と気遣ったりするけれど、そういう時は、私もちょっと嫌味に言い返したりします。

「私は何も解らない動物に過ぎないけれど、君はこんな私をいつも手厚くもてなしてくれるじゃないか、これは凄く幸せなことだと思うよ」

まあ、“足るを知る”みたいなことが言いたいわけですが、意図が伝わっているどうかは解りません。

そもそも、ムスリムの男性には、足るを知らない人が多そうな気もします。現世を生きるだけでは飽き足らず、来世で永遠の生を得ようなんて、欲が深すぎるのではないでしょうか。しかも、天国には“大きい輝くまなざしの美しい乙女”が待っているというのだから、何をかいわんやです。

2008年7月4日(金)天国とはどういう所ですか?
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2008&m=7

肉食系男は、おそらく体質的に欲望がかなり強いのでしょう。そのためなのか、イスラムでは、元来4人妻が認められているけれど、日本に多い草食系男の中には、一人妻さえ持て余している亭主も結構いるはずです。私のように、一人もいなくても、それほど不都合を感じていない腰抜けもいます。

しかし、そんな肉食系の“強い男”が多いからこそ、来世の夢を見せながら、現世では強力な戒律のタガで抑え付けて置く必要があるのかもしれません。

とはいえ、同じく肉食系男の多そうな北欧の国々では、宗教のタガを使わなくても、男たちはなかなか紳士的に振る舞っているようだし、トルコでも西欧的な文化を身につけた世俗主義者には、紳士的な男が多いでしょう。やはり、性を抑圧するのではなく、性教育を充実させながら、徐々に解放して行くべきじゃないかと思います。まあ、以下のような例もあるけれど・・・。

3年ぐらい前に、西欧的な世俗主義者のアルメニア系知識人夫婦が書いた“トルコの国内旅行記”を何ページか読んで、『とても品があって感じの良い御夫婦だなあ』と感動していたのですが、昨年だったか、奥さんが夫からDVを受けたと裁判所に訴え、新聞紙上で赤裸々にその暴行の有様を伝えたものだから、愕然となってしまいました。やっぱり超肉食系だったのでしょうか?

2008年6月11日(水)自由恋愛のすすめ(こんな例もありました)
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2008&m=6




11月12日 (木)  ムスリムはより良い人間なのか?

EU−トルコ議員共同委員会のEU側の議長を務めている“Joost Lagendijk(なんと発音するのでしょう?)”という方が、3ヵ月ほど前から週2回の割合でラディカル紙のコラムに記事を書いています。

昨日11日のコラムでは、“ムスリムはより良い人間なのか?”と題して、エルドアン首相がダルフールの問題でスーダン政府を擁護しながら「ムスリムは虐殺を行わない」と発言したことを批判していました。

「・・・しかし、エルドアンの驚くべき発言は、ムスリムが道徳的に、クリスチャンや仏教徒、あるいは無信仰者よりも良い人間であることを示唆している可能性もある。こういった優越感は、全ての宗教の骨髄に刻み込まれているものの、これが政治的な分析や国家の法に反映された場合は、極めて重大な問題となる。・・・」

というように“Joost Lagendijk”氏は述べていますが、確かに、ムスリムやクリスチャンにとって、自分たちの宗教は絶対的な真理だから、この真理が解らない異教徒に対しては優越感を持っているのかもしれません。

しかし、日本の仏教などではどうでしょうか? 例えば、歎異抄の十二条には、以下のように記されています。

「たとひ諸門こぞりて、『念仏はかひなきひとのためなり、その宗あさし、いやし』といふとも、さらにあらそはずして、『われらがごとく下根の凡夫、一字不通のものの、信ずればたすかるよし、うけたまはりて信じ候へば、さらに上根のひとのためにはいやしくとも、われらがためには最上の法にてまします。たとひ自余の教法すぐれたりとも、みづからがためには器量およばざればつとめがたし。われもひとも、生死をはなれんことこそ、諸仏の御本意にておはしませば、御さまたげあるべからず』とて、にくい気せずは、たれのひとかありて、あだをなすべきや」

他の宗派の人々から、「君たちの宗派は浅くて卑しい」と言われても、「・・・貴方たちのような優れた人にとっては卑しいかもしれませんが、私たちのような劣った凡夫にとっては最上の法ですから、・・・妨げようとしないで下さい」と穏やかに返せば、誰が敵対するだろうか、というのです。

私は別に“念仏を唱えれば成仏できる”なんてことを信じているわけじゃありませんが、トルコで“敬虔なムスリム”や“クリスチャンの宣教師”といった人たちと話す度に、上記のような歎異抄の言葉を思い出してしまいます。

彼らは、とにかく自分たちの宗教は絶対に正しいと固く信じて、その宗教理念をこちらへ押し付けてこようとするから、それに反駁を試みたところで何の意味もありません。

しかし、「私のような愚か者にそんな難しい話は解らない」と言えば、『この不信心者を論破してやろう』という意気込みの出端を挫かれるのか、ちょっと当惑したりするものの、ある程度は納得して引き下がってくれるようです。

考えて見れば、トルコでは、宗教者に限らず、無神論者や何かのイデオロギーをやっている人たちも、“自分たちの考えは絶対に正しい”と主張して、僅かな隙も見せようとしません。西欧では、キリスト教にも一部自己批判の精神が見られるくらいだから、イデオロギーの主張も穏やかなのではないでしょうか。

トルコの場合、イスラム主義者もそれに反対している人たちも、もともと同じ文化を共有しているのか、双方とも非常に頑なであるような気がします。

もちろん、宗教を“絶対に正しい”と心の中で信じているだけなら、何の問題もないけれど、原理主義的なイスラムは、それに社会的な影響力を持たせようとするから、やはり重大な問題であるに違いありません。しかも、人間の唱えるイデオロギーと異なり、宗教はその根拠を神に求めているのですから・・・。

敬虔なムスリムの友人たちの話を聞いていると、そこにはどうしても社会的な要求が見られるし、何より“自分たちの宗教は神から与えられた絶対的な真理である”という信念が明らかで、『私の話など全く尊重していないだろうな』という寂しさと共に、一抹の不安を感じてしまいます。

私は、飲酒を躊躇わないトルコ人を見ると何だかホッとしますが、それは彼らが飲酒によって堂々と戒律を破ることで、宗教の絶対性に少し隙間を持たせているように感じられるからです。そういったトルコの友人たちに、上記の歎異抄の話を伝えたりすると、「それは面白い。確かにそうやって自分たちの優位性を否定すれば、世の中の争いごとは減るだろう」と感心してくれる友人もいます。

だからと言って、「歎異抄に記されていることは正しい」なんて言い出されたら困るけれど、13世紀の日本にそういう発想があったということは、もっと世界に知られて良いのではないでしょうか。(現代の日本はどうだか解りませんが)


2008年11月26日(水)多文化主義と国際交流
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2008&m=11


11月13日 (金)  絶対的な真理?

前回の話に対して、「“自分たちの宗教は神から与えられた絶対的な真理である”と思うのは、人間として仕方がないことであると思います。そう思えないことはどこか人間としての脆弱さを抱え込む結果になるかもしれません」という御指摘があり、私自身、なんとも頼りない脆弱な人間だから、思わず唸ってしまいました。

しかし、“絶対的な真理”を信じていなくても堅固な人はいるし、私の脆弱さも決して“無信仰”に起因するものではないような気がします。また、その前の肉食系男の話でお伝えした男は、“絶対的な真理”を信じる“脆弱な人間”じゃなかったでしょうか。

しかし、社会としては“絶対的な真理”という拠り所がなければ、様々な文明が激しく衝突した大陸では、生き残れなかったかもしれません。島国や生活環境が甚だ温和な地域とは、条件が明らかに異なっていました。

肉食系男の話には、「モンスーン地帯の多神教民族はどこか『所有』について甘いようだ」という御指摘もあったけれど、確かに、多神教に比べ、一神教の世界は“所有”に厳しいようです。聖典には、羊飼いが所有している羊の話が良く出てきたりして、農耕民族の発想とは、もともと違うのではないかと感じたこともあります。(論語にも羊の話は良く出てきますが・・)

映画「アラビアのロレンス」には、オマー・シャリフの演じるアリが、彼の井戸から水を汲んでいる男を躊躇うことなく撃ち殺してしまうシーンが出てきました。何処まで事実に基づいた話なのか解りませんが、あれなど、モンスーン地帯の人間からすれば、全く想像も出来ない行動でしょう。

一方、一週間ほど前のラディカル紙の記事には、米国生まれのアルメニア人が、両親の故郷であるアナトリアの農村を訪れたところ、農民が自分の畑の作物を、「どうぞ、これは神の恵みで、私のものじゃないから」と言いながら分けてくれたので感激したというエピソードが紹介されていました。トルコのイスラムが穏やかなのは、こういった温和な生活環境に基づいているのかもしれません。

この所有の観念と“絶対的な真理”を並べてみると、ふと『一神教は真理をも所有しようとしたのだろうか?』なんて思ったりもします。つまり、彼らが私たちより、運命や自然に対して遥かに能動的で、自ら運命を切り開こうとするところに、“所有”の意識が見られるように感じるのです。

この前、アンカラへ出掛けた時に会った日本人の友人は、これが“定住型農耕民族”と“移動型の半農半牧民族”の違いではないかと指摘していました。温暖な土地に定住して農耕を営んでいた私たちの祖先は、多少日照りが続いたとしても、降雨を期待しながら神に祈り、その土地を離れようとしなかったけれど、より気候条件の厳しい環境に暮らす半農半牧の民族は、いつ降るとも知れぬ雨を待つことなく、果敢に他の土地へ移住したと言うのです。

実際、旧約聖書には、そういった移住の話が出て来るし、ヨーロッパの中世も“ゲルマン民族の大移動”によって幕を開けたのではなかったかと思います。




11月14日 (土)  あの山も谷も僕の所有だ

昨日、モンスーン地帯の多神教の人々と、一神教の人々では“所有の観念”に違いがあるかもしれない、という話題について考えながら、また思い出してしまったのですが、夏目漱石の「行人」には、“山を呼び寄せる男”である一郎が、「あの山も谷も僕の所有だ」と叫ぶ場面がありました。

2008年5月14日 (水) 山を呼び寄せる男
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2008&m=5

そもそも、「モンスーン地帯の多神教民族はどこか『所有』について甘いようだ」という御指摘は、女性の“性”に纏わるものだったけれど、「行人」でも、一郎は妻の貞操に疑念を抱き、弟の二郎と同宿させて、それを試そうとしています。

しかし、トルコだったら、“弟と妻を同宿させて試す”なんて発想自体ありえないかもしれません。弟もそんな兄の依頼を引き受けるはずがないでしょう。まあ、もとより小説上の話に過ぎないわけですが・・・。

いずれにせよ、明治期の小説をちょっと読んでみるだけでも、『あの頃から、日本の“性”は大分ゆるかったんじゃないかなあ』という気がしてくるし、これが江戸時代の話になると、『なんという乱れっぷりだ』とひたすら驚いてしまいます。おそらく、トルコや西欧と異なり、それほど堅固な父系社会ではなかったのでしょう。関西の商家などは殆ど母系相続だったそうです。

日本人の“性”に対する感覚、例えば、維新の志士の奥方には娼妓の出身が多かったとか、遊郭のヒロイン吉野太夫の物語とか、トルコの人たちには、なかなか理解してもらえそうにありません。日本語に堪能な友人は、「トルコ語に訳そうと思えば、どんな言葉を使ったところで、娼妓は汚らわしいイメージでしか伝わらないから、結局、誤解されてしまうだろう」と話していました。

今の世の中で売春の是非を問われたら、私も“非”と答えざるを得ないような気がするけれど、「最近のソープランドで、元ソープ嬢だった女性たちが積極的に経営へ参画している」なんて話を聞くと、なんだか良く解らなくなってしまいます。そういった女性たちに、生半可な気持ちで、売春の是非について意見を伺おうものなら、男という動物が持っている弱味を突っつかれて、ボロボロにされてしまうのがオチでしょうか。

また、最近はマルチタレント的な才能を見せて活躍するAV女優さんたちもいて、日本にいた頃、そんな作品を鑑賞して喜んでいた私は、彼女たちから所有される存在に成り果てていたかもしれません。


以下の“YouTube”から、現代に遊郭の趣を伝える街“飛田新地”の様子を御覧になることが出来ます。

岐路に立つ街・飛田新地
http://www.youtube.com/watch?v=bXt7x07XbtM&feature=related

飛田遊郭
http://www.youtube.com/watch?v=KKQOamvpyYQ&feature=related


11月15日 (日)  「ポルノに出演したって良いじゃないか」と言えるのだろうか? 

【56】「ポルノに出演したって良いじゃないか」と言えるのだろうか?【ミリエト紙】【2004.03.12】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00056.html

映画「愛より強く(Gegen Die Wand)」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=324455

2004年、ベルリン国際映画祭の金熊賞に輝いた映画「愛より強く(Gegen Die Wand)」で、ヒロインを演じたシベル・ケキリというトルコ人女優は、この映画の配役が決まる前、ドイツのポルノフィルムに出演していた経歴があり、トルコでは、金熊賞よりも、こちらの方が大きな話題になってしまいました。

シベル・ケキリと彼女の父親へ、興味本位なインタビューが行なわれたうえ、娘のポルノ経歴を知って驚き悲しむ父親に対して、「ポルノに出演したって良いじゃないか」と発言するジャーナリストまで現れたそうです。

上記のミリエト紙の記事は、そんなジャーナリストの態度を厳しく批判しながら、父親の悲しみを描き出していて、なかなか感動的でした。

性を極端に抑圧するのは好ましいと思えないけれど、解放を主張する側にも、大きな問題があるかもしれません。「ポルノに出演したって良いじゃないか」というのは、いくらなんでも酷過ぎるでしょう。

92年頃だったか、イスタンブールで、普通の時間帯にテレビ放映された「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」というジョン・ローン主演の米映画を観ていたら、ヘア・ヌードの場面が出て来たので驚きました。トルコへ来る前、日本でもこの映画を観ていますが、あの頃は、未だヘアが解禁になっていなかったから、当然、その場面はカットされていたのです。

トルコでは、最近、こういった映像の取り締まりが厳しくなってきたように言われるものの、それは、かつて無理に解放し過ぎてしまった所為かもしれません。現在も、普通の新聞に、やたらと水着や裸の写真が掲載されているけれど、あれも少しやり過ぎではないかと思います。

30年前、私たちの高校の寮では、ちょっと水着や裸の写真が出ているからと言って、“平凡パンチ”のような雑誌でも、舎監の先生に見つかれば、たちどころに没収されてしまいました。

しかし、大学を出たばかりの若いY先生は、寮室内でそういった雑誌の束を発見すると、しばらくそこで立ち読みしてから、おもむろに数冊だけ取り上げ、「これは没収だ」と言いながら持って行くのです。一度、隣接する教員住宅にY先生を訪ね、今度はこっちが点検してやろうと、部屋の押入れを開けてみたら、生徒から没収したと思われるエロ雑誌が山のように積まれていました。

このY先生、日活ロマンポルノの封切りを欠かさず観ていたそうで、私たちが「先生、今度の新作はどうでしたか?」と訊けば、「ふむ、あの作品はな・・・」と真面目に解説してくれたものです。当時は、八月になれば、“八月の濡れた砂”と“八月はエロスの匂い”という名作の二本立てが何処かの映画館で必ず掛かっていて、Y先生は、何かいわくありげに、それを毎年観に行くのだと話していました。

私は、この八月シリーズを、新宿にあった蠍座というアングラ劇場で観たけれど、多分、あれが初めて観たロマンポルノだったから、その時の印象は未だ鮮烈に残っています。

考えてみれば、私たちは良い時代に育ったかもしれません。日活ロマンポルノなんて、あれは立派な文芸作品でした。最近の若い人たちは、性に目覚めて、いきなりAVの洗礼を受けてしまうわけでしょう? 抑圧されるのとは、また違った形で、性が歪められてしまわないかと心配になります。

AVと言えば、2ヶ月ほど前、インドネシアへの入国を拒否されたとかで、小澤マリアというAV女優が話題になっていたので、ちょっと気になって、ネットで調べてみたら、この方は「AV女優を天職と考えている」なんていう、なかなか個性的な女性であるようです。シベル・ケキリは、金の為にポルノ出演したと語っていますが、こちらはそれなりの意義を持ってAVに取り組んでいるということでしょうか?

歌舞伎だって、ストリップまがいのものから、あそこまで芸を極めたと言われているし、日本人はなんでも一生懸命に取り組むから、AVがこれから如何なる発展を遂げるのか、未だ何も解らないけれど、やはり自ずと限界は見えているような気もします。

しかし、日本の場合、ロマンポルノに始まり、段階を踏んでここまで来たから良かったものの、トルコの変化はもっと急だったため、保守派が抑圧的な動きに出ようとするのは無理もないかもしれません。


【139】人々に不快感を与えるもの【ミリエト紙】【2006.03.24】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00139.html


11月17日 (火)  なかなか街角の話題が見つかりません

最近、また出すぎたことを馬鹿みたいに書き連ねてしまいました。しかし、もっと身近な街角の見聞を記そうにも、そういったネタがなかなか見つかりません。至って平穏な日々であるということでしょうか。

もとより私的なホームページだから、何を書いても構わないはずですが、愚説を読んで下さった方からお便りがあったりすると、何だか申しわけない気分になります。

これといった知識もないのに、難しい話をすれば直ぐにボロが出て、自分も気がついていない、その狭量な価値観や偏見まで明らかになってしまったかもしれません。

でも、それを恐れていたら、ちょっとした街角の出来事にも、やはり偏見に満ちた視線を向けているだろうから、何も書けなくなってしまうでしょう。

トルコでの暮らしが長くなっても、日本人という意識から離れて何かを考えることは、私にとって難しいし、トルコの人々との交友関係も非常に狭いものでしかありません。その多くは世俗主義者であり、共和国主義者です。多分、大概の事象に対して、彼らと同じような視点から、トルコ共和国の枠組みの中で考えていると思います。

この数日も、9月5日の“便り”で御紹介したアブドゥッラ・ジェヴデト(Abdullah−Cevdet)の評伝を読み進めていました。オスマン帝国末期から共和国初期にかけて、世俗主義、西欧主義を主導した人物です。所々、ジェヴデトの著作からの引用があって、古いオスマン語の表現も多く、一部の単語はネットの辞書で検索しても出てこない有様で、最後まで読み通すのは、ちょっと難しいかもしれません。

クルド人のアブドゥッラ・ジェヴデトは、当時の多くの知識人と同様に、オスマン帝国の知識人というより、イスラム世界の知識人という立場で、イスラムそのものの西欧化、近代化を望んでいたと言われ、その為、トルコが比較的、イスラム圏では先進性を見せていたことから、全てのイスラム教徒がトルコ語を学んで、物質的、精神的に豊かになるべきであると主張していたそうです。

とても興味深い話だったので、また性懲りも無く御紹介しました。次回からは、もっと目線を地べたに近づけてネタを探したいと思います。


Ictihad'in ictihadi
http://www.kitapyurdu.com/kitap/default.asp?id=133786



11月18日 (水)  文民による圧政

【222】文民による圧政【ラディカル紙】【2009.11.18】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00222.html

上記の記事を訳してみたのですが、掲示板がスパムで使えない状態になっているので、こちらでお知らせします。

記事の中に、エルゲネコン事件というのが出てきますが、これを国策捜査である指摘する人たちもいるようです。

余り関係ありませんが、以下の場面を思い出してしまいました。

鈴木宗男VS法務・検察2
http://www.youtube.com/watch?v=2CGzrlpJqf0&feature=related


11月20日 (金)  チン・イシ・ジャポン・イシ

20年前、ソウルで韓国語を学んでいた頃、日本人の友人たちと、「韓国が好きな日本人は、大概、自分の国も好きで堪らないんだ」なんて話をしたことがあります。他の友人たちの意図が何処にあったのか解りませんが、私の場合は、「食文化とか、ちょっとした生活文化にお互い近いものを感じて好ましく思った」程度の情緒的な感覚でした。

東京でも、生まれ育った錦糸町や浅草、新宿、中野といった何処となくわさわさしてアジアっぽい所にいると落ち着けたし、食べ物は、何と言っても味噌・醤油系が好きだから、和食に続くのは、やっぱり中華や韓国料理で、つくづく“東洋の日本”に生まれて良かったと喜んでいます。まあ、トルコでも情緒的に何か日本に近いものは感じているけれど・・・。

福沢諭吉が脱亜を論じたと言っても、あれは儒教文明から抜け出て、西欧文明を受け入れようという趣旨だろうから、本家本元の中国が儒教文明を完全否定して、建前上、共産主義をやっている現在、アジアは皆揃って脱亜入欧を成し遂げたようなものじゃないでしょうか。“アジアっぽい”と言ったって、日本も韓国も生活スタイルはかなり西欧化しているし、多かれ少なかれ西洋音楽など聴いて育っているはずです。

3年ぐらい前だったか、あるトルコのイスラム系知識人は、自身のコラムで、こういったアジアの風潮を手厳しく批判していましたが、それは記事の表題からして、“チン・イシ・ジャポン・イシ(中国人のやること、日本人のやること)”という強烈なものでした。

この“チン・イシ・ジャポン・イシ”は、東洋人をからかう為の語呂合わせで、これに“オヌ・ヤパン・イキ・キシ(それをやるのは二人)”という文句が続きます。

この知識人によれば、日本の成功は西欧の物真似に過ぎず、人類の文化に何の貢献もしていないそうであり、数千年の伝統と英知の歴史を有する中国が、日本人のような物真似に甘んじている現状は非常に悲しいと言うのです。まあ、日本に対して何を仰っても構わないけれど、このような西欧文明を頑なに拒む態度は、なんだか残念に思えてなりません。トルコ共和国も“脱中東入欧”を目指したはずだったのですが・・・。

世俗主義の知識人たちは、こういった方々が、近頃、ますます露わにし始めた“中東への熱望”に危惧を懐いていますが、確かに、それは私たちが感じている情緒的な“アジアへの郷愁”と違って、思想的な背景が明白だから、不安を感じるのは当然じゃないでしょうか。

また、日本の場合、アジアに郷愁を懐く人も、西欧に憧れる人も、大方、自分自身については“あくまでも日本人”と考えているだろうし、日本という国家の枠組みに疑念を持っている人は、いくらもいないはずです。

ところが、トルコでは、自身のアイデンティティーを“トルコ人”であることに求めていない人や、トルコ共和国という国家の枠組みをそれほど重要なものではないと考えている人が少なくなく、最近は、そういった意見が堂々と主張されるようになってきた為、問題はかなり深刻と言えるかもしれません。国是である政教分離、国土の不可分といった枠組みから踏み出た意見を述べる人が目に見えて増えてきました。


| 1 | 2 |