Diary 2008. 2
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2月3日 (日)  落葉という悲しい物語

先日、ヤプラック・ドキュム(落葉)というトルコの小説を読み終えました。今トルコでは、この作品をもとにして、舞台を現代に置き換えたテレビ・ドラマも話題になっていますが、残念ながらテレビ・ドラマの方は観る機会がありません。もとの小説はオスマン帝国の末期を舞台にしており、物語の最初のところで「第一次世界大戦以来・・・」という話が出て来るけれど、共和国革命について語られる場面はないことから、時代設定は、1918〜1923年頃じゃないかと思われます。著者のレシャット・ヌリ・ギュンテキンは1889年イスタンブールの生まれ(1956年ロンドンで永眠)で、谷崎潤一郎とほぼ同時代の人物です。

小説の主人公のアリ・ルザ・ベイは、近代的な教養を身につけたムスリムであり、長いことオスマン帝国の役人として地方で働き、40歳近くになってから結婚して一男四女を儲けたものの、ちょっとした正義感から職を辞し、妻子を連れてイスタンブールへ戻ると、かつて代用教員を務めた時の教え子だった男が経営する会社に奉職して翻訳の仕事に携わり、5年を経て、長男がやっと20歳になったところからこの物語は始まります。

アリ・ルザ・ベイは、近代的なムスリムで決して信心深くはないものの、伝統的な価値観に基づいて名誉を重んじる教養人であり、“第一次世界大戦以来”、イスタンブールの社会に広まった拝金主義的な傾向を良しとせず、清貧に甘んじながらも、子沢山の暖かい家庭に恵まれて幸せな日々を過ごしていました。

ところが、困窮していた知り合いの娘をタイプライターとして自分の職場に斡旋したところ、あろうことか、かつて教え子だった若い経営者がこの娘に手をつけてしまい、名誉を酷く傷つけられたアリ・ルザ・ベイは、義憤に駆られてこの職場をも放棄してしまいます。

その後は、忌まわしい出来事が次から次へとアリ・ルザ・ベイの家族に襲い掛かり、家族は葉が一枚一枚落ちて行くように離散してしまうという悲しい物語です。

伝統的な価値観の崩壊、拝金主義の横行など、現代にも通じるテーマが描かれているため、テレビ・ドラマとしてリメイクされたようですが、実際、オスマン帝国を舞台とした小説の方を読んでみても、描かれている社会の様相は現代のトルコと極端に違うわけではありません。スカーフなど被っていないと思われるアリ・ルザ・ベイの娘たちは、父母の了解を得て男性の友人たちを自宅へ招き、ダンス・パーティーに興じたりしています。

例えば、谷崎潤一郎や志賀直哉の小説を読んで見ても、当時の人々が持っていた感覚に現代と相通じるものを容易に見出すことができるけれど、それと同じことじゃないでしょうか。一つの社会が百年も経たない内に全く様変わりしてしまうのは有り得ないことかもしれません。

しかし、主人公のアリ・ルザ・ベイは、生活力に乏しく、安っぽい正義感から家族を路頭に迷わせたりして、その優れた教養人である点を除けば、この“便り”を書いている馬鹿タレと似ているところが少なくないようにも思えます。

まあ、この馬鹿タレの場合は、子供を5人作ってしまう甲斐性もなかったから、葉が一枚一枚落ちていくという物語さえ成り立ちません。最初から“最後の一葉”が頼りなくぶら下がっているだけです。でも、ひょっとしたら、この“最後の一葉”は壁に描かれた絵に過ぎないのに、本人が気がついていないだけだったりして・・・。なんとも恐ろしい話であります。