Diary 2007. 4
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4月12日 (木)  人生の黄昏

最近、ブラームスの交響曲4番というのを良く聴いています(第一楽章だけですが)。いつだったか、モーツァルトの40番に関する記事を読み、その一楽章のメロディを思い起こそうとしたところ、頭に浮かんだのはどういうわけかブラームス4番の冒頭、「これ違うだろ、なんでこの曲が出てくるんだ?」と訝りながら、久しぶりに聴いてみたら、何故か妙にはまってしまったようです。

なんとも侘しいメロディで、滅多に聴きたくなるようなものではなかったのに、先月から気管支炎が少し良くなってはまたぶり返すという情けない状態が続いていることもあって、あの侘しさが胸に響いてしまうのでしょうか。洟垂れ小僧のくせに「とほほ、人生の黄昏を感じるなあ」などと生意気なことを想いながら悦にいってます。

指揮はブルーノ・ワルター。指揮者による演奏の違いなど解っているはずもありませんが、「こういった雰囲気の曲は、やっぱりワルターが良いんじゃない?」とか勝手に思い込んできたのです。

そもそも、クラシック音楽で、“どの曲には誰の指揮が良い”なんていう付け焼刃の知識は、殆どが高校時代に同級生の友人から得たものでした。友人は御両親が音楽の先生だそうで、子供の頃からクラシック音楽に慣れ親しんでいて、実際、なかなか造詣が深かったんじゃないかと思います。

ある日、学校の昼休みに校内放送でモーツァルトの40番をやっていたので、「これ誰の指揮だか分かる?」と訊いたら、「うーん、これはワルターじゃないかなあ」と言うから、最後まで聴いて曲を紹介するアナウンスに耳を傾けると、これが正しく“ブルーノ・ワルター指揮のコロンビア交響楽団”。大いに驚いて、「凄いもんだなあ」と言ってやったら、「実を言うと、ワルターの振ってる40番は今日始めて聴いたんだが、あの演奏にはワルターの芸術性がにじみ出ていたよ」。これにはますます驚いてしまったけれど、どうやらワルターの演奏は、どの曲にもワルターらしい特徴が出るようです。

この友人が、ある晩、寮の私の部屋に来て、持参したカセットテープを私のラジカセにかけ、「これはベートーヴェンのピアノソナタ・テンペストだ。85歳のバックハウスが最後に録音した演奏であり、バックハウスはこの一週間後に世を去っている。既に技術的には惨憺たる状態でミスタッチも目立つが、なんというか魂に訴えかけてくるような凄まじい演奏だよ」というような解説をしながら、心して聴くように命じます。

それで暫く大人しく聴いていると、横から彼が「どうだ、感動しないか?」と訊いてきたけれど、初めて聴く曲で他の演奏と比較のしようもないし、別段何も感じなかったから、その旨伝えたところ、尚も「比較する必要はない。これは感性の問題なんだ。なにか感じるはずだよ」と感じない奴は鈍いんだと言わんばかり。それでも、結局、感じることはなかったので、はっきりそう言うと、彼は急にゲラゲラ笑い出して、「良いんだ、それで良いんだよ、感動しなかったお前を褒めてやる。このピアノを弾いているのは俺なんだ。でも、ああやって説明したら、結構、本当に感動しちゃう奴がいたから困ったよ」。

まあ、理由はなんであれ、何かに感動するのは悪いことじゃないでしょう。私も今日あたり、またブラームスの4番で、“人生の黄昏”に浸ってみることにします。




4月15日 (日)  高校時代の思い出

先日、高校時代の思い出を一つ書いたけれど、果たして自分はあの三年間でいったい何を学ぼうとしていたのか、とんと思い出すことができません。まずどんな本を読んでいたのかさっぱり思い出せない、というより本は殆ど読んでいませんでした。授業で何を学んだのか、これもなかなか思い出せません。授業中はとにかく良く寝ていました。

まあ、安らかに寝かせてくれる先生だけではなかったけれど、入学と同時に居眠りばかりしていたから、じきに寝ていることが常態であると思われてしまったのでしょう。ある日、そういう風に諦めて何も仰らない先生の授業でスヤスヤと眠っていたところ、突然、頭に衝撃を感じて目を覚まし、何ごとかと思って前を見ると、普段は温厚なその先生が手に棒を握り締め、ワナワナと震えながら私の顔を睨んでいるのです。「えっ!?」と思い、先生が教壇に戻って授業が再開された後、隣の奴に「い、いったい何が起こったの?」と訊いたら、「お、お前、もの凄いいびき掻いておったぞ」と呆れた顔していました。

部活は柔道部に入って、お荷物部員となったけれど、さすがに道場では居眠りなどできるはずもありません。ところが、ある日、ウトウトと深い眠りから覚めて、周囲の状況を窺うと、そこはどうやら道場のようであり、柔道着姿の先輩が上から見下ろしています。私は思わず「いかん! ついに道場でも居眠りしてしまった。これは大変なことになるぞ」と大いに焦ったものの、体が直ぐには言うことを聞きません。どうしたのかと思ったら、要するに、寝技で締め落とされていたのです。それが解ると妙にホッとしました。

さて、いつのことだったか、昼食を取った後に教室でぐっすり眠ってから目を覚ますと、教室にいるのは私一人、辺りには誰も見当たりません。「あれっ?」と思って、隣の教室へ行くと、そこももぬけの殻。それから3〜4の教室を覗いて人っ子一人いないことが解り、「どうしたんだろう?」と首を捻りながら職員室へ行ったところ、がらんとした職員室はシーンと静まり返っていました。

「いったい何が起こったんだ?」と、今度は隣接する寮まで走って行ったのですが、寮にも全く人影はなし。空っぽの大食堂に佇み、教室で眠りにつく前の状況を一生懸命に思い出しながら、何が起こったのかを冷静に考えようとしたけれど、その日は朝から普段と全く変わらない一日であり、特別なことは何一つ思い当たらなかったのです。

それから、ふと考えて、未だ体育館の様子を見ていなかったことに気がついたので、のそのそ歩いて体育館の方へ赴き、重い鉄の扉をよっこらしょと開けて見たら、そこには全校の生徒・教職員が集まっていて、壇上では何だか偉そうな人が偉そうに喋っているところでした。