Diary 2007. 3
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3月16日 (金)  抗生物質

先週の土曜日から咳と微熱に悩まされ、経験上、気管支炎であることは解ったものの、土日は近くの薬屋も閉まっているし、抗生物質なんてものは、飲まずに済めばそれに越したことがないので、『大人しく寝ていれば治るだろう』と静かにしていたけれど、昨日の木曜日になっても、一向に良くなる気配が見られなかった為、結局、薬屋から抗生物質を購入して飲んだところ、瞬く間に症状が納まりました。月曜日にさっさと買って飲んで置けば、今頃とっくに治っていたでしょう。全くいつものことながら間抜けな真似をしたものです。

日本でも、気管支炎に罹った時は抗生物質が処方されていたけれど、それはもちろん医師の診断によるものでした。処方箋もなしに薬屋へ行って、「抗生物質ください」と言っても、日本の場合、まずは断わられるに違いありません。

これがトルコなら、魚屋でマグロでも買うみたいにして、いとも簡単に抗生物質を買い求めることができます。

今回も、
「どうしました?」
「気管支炎でね、ちょっと熱があります」
「それで、何をお求めになりたいんですか?」
「抗生物質。あまり強くないのにして下さい」
「値段は重要ですか?」
「もちろんです」
「それなら、これが安いけれど、気管支炎ならこちらをお勧めしますね。こちらで良いですか? はい、12時間毎に一錠飲んで下さい」。

これでおしまい。マグロを買う時に比べれば、多少ややこしかったかもしれません。写真がその抗生物質です。

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3月17日 (土)  トルコのテレビ・ドラマ

トルコのテレビ・ドラマなどを見ていると、屋内のシーンでもセリフのやり取りが殆どアフレコであることに気付きます。『まさか、技術的な問題でもあるのか?』と気になっていたけれど、昨年、エキストラとしてテレビ・ドラマの収録に加わった際、この謎が氷解しました。収録は、完全に外部の音を遮断できる屋内で行なわれたものの、会話のシーンになると、カメラの後にいるアシスタントが、大きな声で台本を読み上げ、役者たちは演技しながら、それを復唱するのです。当然、同時録音ではアシスタントの声も入ってしまうから、後ほど役者に台本を見せながら改めてセリフの録音を行なうのでしょう。

これは、役者たちが台本を読み込んだり、リハーサルしたりする時間がないということなのか、その辺は何とも良く解らないけれど、こうやってアフレコにした方が、よっぽど手間も掛かるような気がします。それとも、トルコの役者さんはセリフを覚えようとしないのでしょうか?

まあ、私の場合、“日本人”という設定の完全なエキストラで、数秒間、画面の端っこに現れるだけの役だったから、つまらないことを考える必要もありませんでした。

私のように、イスタンブールで“暇の多い日本人”として存在していると、こういうエキストラの仕事もたまにあります。実は、先週も「テレビのコマーシャルに“日本人実業家”の役で出演できないか?」という連絡があり、のこのこスタジオまで出掛けたのですが、カメラの前に立たされて、「あっち向け」だの「何か喋れ」だの色々やらされたあげく、結局のところ不採用。やっぱりどう考えても“実業家”らしくは見えなかったのでしょう。“失業者”という設定だったら、正にそれらしく見えたかもしれません。

写真は、先月、我が家の近くで見かけたテレビ・ドラマの撮影シーンです。赤い服を着たアシスタントの女性が、台本を手にセリフを読み上げていました。

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3月21日 (水)  ユーゴスラビアのトルコ人?

2週間ほど前、所用で半日を共にしたマイクロバスの運転手に、「故郷は何処なの?」と訊いたところ、「ユーゴスラビア!」とぶっきらぼうに答えます。そもそもこの運転手は恐ろしく態度の悪い男で、私は『こんなのに腹を立てるくらいなら、人間観察の対象にした方が良いな』と思い、先ずは身辺調査から始めたわけだけれど、ブロンズの髪に青い目を持つ男の風貌からして、その答えはなかなか予想通りと言えるものでした。

それから、「すると、ボスニア人ですか?」と重ねて訊けば、声を荒らげて「違う! トルコ人だ! ユーゴスラビアを征服したトルコ人の子孫だ!」。
まあ、世の中の全てに不満そうな男の様子からして、こういう“狂信的な民族主義者”らしい答えも予想しておくべきだったかもしれません。

実際のところ、彼の先祖は、オスマン帝国の時代になってからイスラムに改宗した正教徒のスラブ人だったのではないかと思うけれど、それを彼のような民族主義者が、あからさまに認めることはできないのでしょう。

【105】我々はフランス人の千倍もビザンチンの子孫である
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00105.html

という記事で、バフチェシェヒル大学のムラット・チザクチャ教授はインタビューに答えながら次のように述べています。

Q:私たちはビザンチンの子孫なんですか?

A:遺伝子的にはそういうことになる。1453年から今まで、祖先は母方も父方ビザンチンである。もしも、アナトリアへ20年前にアメリカから移民して来たのでなければ、つまりずっとこの土地に住んでいたのであれば、もちろんビザンチンの子孫に違いない。中央アジアから来たというのであれば、その時は混ざり合ってしまったということだ。貴方も私も混ざり合っている。私たちは混ざり合った社会の住人である。

Q:学校でこれを教えることはできるのですか?

A:何故、教えようとしないのか? これが事実ならば、何故隠そうとするのか? これはなかなか素晴らしいことだ。アメリカでは72の民族が混ざり合った。アメリカ人は混ざり合っていることを恥じているだろうか? 私は、なんで私の中にあるトルコ人、オスマン人、ビザンチン人を恥じる必要があるのか? 逆にそれを誇っている。我々は全てビザンチン、オスマンの後裔である。私の教室にいる150人の学生に、「家系を19世紀より先に遡ることができるか?」と訊いてみたが、一人も19世紀より先には遡れなかった。

Q:それはどういう意味でしょう?

A:皆混ざり合ってしまったのである。間違いなく、歴史のある時期に宗教を変えているだろう。貴方の祖先も私の祖先も、ある時期に宗教とエスニック・ルーツを変えている。凄まじいほど、宗教、文化、アイデンティティーの変更が行われたはずだ。貴方も私も祖先を遡れば、ある時点でビザンチン人になってしまう。ギリシャに住む人たちも、トルコに住む人たちもエスニック・ルーツはオスマンへ、そしてビザンチンへ遡ることができる。我々の祖先は、ある時点でイスラム教を認めて改宗したが、ギリシャ人は変えなかったのである。

Q:つまり、この国へ皆中央アジアから来たわけではないと、そういうことですか?

A:もちろん。中央アジアから来た人たちもいるが、彼らもこの遺伝子のプールに紛れ込んでしまった。トルコ的なものは、オスマンのアイデンティティーにおける一つの要素だが、全てではない。私たちはアメリカのようなものだ。この大地には、壮大な混交がある。中央アジアから来たトルコ人はその一つの要素に過ぎないのに、我々は他の要素を否定し、一つの要素だけを認めていた。

Q:トルコ人がビザンチンの子孫であるということを侮辱と受け取らずに済む日は訪れるでしょうか?

A:そうならなければならない。なぜなら、これは壮大な文明だからである。私はオスマンの子孫であることを誇るのと同様にビザンチンの子孫であることも誇っている。

しかし、これが事実だとしても、この説を前述の運転手さんに認めてもらうことは至難の業であるに違いありません。共和国の苦悩は正しくここにあるのだろうけれど、やはり困難でも歴史的な事実を明らかにしながら、人々の理解を求めてゆくよりないのでしょう。


3月31日 (土)  お客様は神様です?

5日間ほどアンカラに出掛けていて、昨日イスタンブールへ戻ってまいりました。

アンカラ滞在中、トルコでは老舗として有名な高級ホテルに赴いたところ、ロビーの一角に創業者の言葉を刻み込んだ石版が掲げられていて、その言葉に何とも言えず興味深いものを感じました。
「私は、ホテルへいらっしゃる方たちを“ミュシテリ”ではなく“ミサフィル”としてお迎えするよう、皆を教育したものです」。
こんな内容じゃなかったかと思いますが、トルコ語の“ミュシテリ”と“ミサフィル”はいずれも“客”のことで、“ミュシテリ”が商売上の顧客、“ミサフィル”は私的な来客という意味になります。

これって、日本の常識とは全く逆じゃないでしょうか? 日本では、プロのホテルマンとして私情を挟まず“お客様”にサービスしなければならないはずです。しかし、トルコの場合、“ミュシテリ(顧客)”という単語に“お客様”の意味を持たせることは、なかなか難しいかもしれません。逆に日本人の感覚では、トルコの“ミサフィル(来客)”がどういうものであるか、なかなか解らないでしょう。

親戚や知人・友人から見ず知らずの旅人に至るまで、功利的なことを全く考えずに真心を込めて持て成す対象が“ミサフィル”であり、大切な“ミサフィル”が訪ねてくれば、利益になる“ミュシテリ(顧客)”の方を断わってしまうことさえあるほどです。

日本だったら、“ミサフィル(来客)”の方が遠慮して、「お客さんと商談があるなら、俺はまた出直すことにするよ」なんて言うのだろうけれど、トルコには仕事を放ったらかして親戚や友人を迎えに行ってしまう人がまだまだ沢山いるんじゃないかと思います。

また、このトルコにおける“大切なミサフィルに対する持て成し”は半端なものじゃありません。トルコで旅行中にミサフィルとして持て成された日本の友人から「あんな歓待を受けてしまって、どうやってお返ししたら良いんだ?」と相談されたこともあるけれど、あくまでも見返りを全く期待していない親切行為であり、トルコの人々にとっては、そうやって旅人を持て成すこと自体が無上の喜びなのだろうから、歓待された方もその嬉しい気持ちを伝えることができればそれで良いわけです。どうしても言うのなら、日本で外国から来た旅行者を歓待してあげれば良いでしょう。

しかし、「ホテルへいらっしゃる方たちを“ミュシテリ”ではなく“ミサフィル”としてお迎えするように」という創業者の教育が完璧に浸透したら、このホテルは倒産してしまうかもしれませんね。

一方、トルコで顧客(ミュシテリ)という概念が、なかなか“お客様”に昇格しないことも困った問題です。“顧客満足度”なんていう言葉が方々で叫ばれているけれど、どう考えても“お客様の御満足”が求められているようには思えません。

以前、私がクズルック村にある邦人企業の工場で働き始めた頃、日本人の現地社長は、新たに現場で働く従業員が入ってくる度にオリエンテーションを行い、新従業員の面々にこう尋ねたものです。
「皆さんは今日からこの工場で働くわけですが、皆さんの給与は何処から出て来るのでしょう?」

すると、決まって皆口々に「貴方からです」と答えたり、少し考えて「日本の本社から」と答えたりする者もいたけれど、社長は辛抱強くそういった答えを聞いた後で、「いや、皆さんが作る製品をお買い求めになる顧客の皆様から私たちの給与は出ているのです」というように説明していました。「そんなものは資本家が使うまやかしに過ぎない」などと難しいことを言う人は、どうか他所でそういう問題を論じて下さい。私は単純にこの話が好きでした。

それで、その社長が日本へ帰任した後になって赴任して来た出向者の方にもこの話をしたところ、「うちの部署の諸君もその辺について解っているだろうか?」ということになり、早速何人かに訊いてみることにしました。

その部署には大卒のエンジニアが多かったから、現場の従業員たちとは違った声が聞かれるかもしれないと期待したけれど、返って来る答えは上述のものと殆ど変わりません。ただ、メフメットさんという大卒エンジニアの返答は実にユニークなものでした。

メフメットさんは、信心深い敬虔なムスリム。非常に謙虚なところがあって、現場へも積極的に出て行くので、日本人出向者からも好かれていました。トルコでは、ホワイトカラーとブルーカラーの区別がはっきりしていて、大卒のエンジニアともなれば、現場で手を汚したりすることを極端に嫌がるけれど、メフメットさんは余り有名でない大学の出身だった所為か、妙なエリート意識もなく、現場で汗をかくことを厭わなかったのです。

このメフメットさんに、「貴方の給与は何処から出て来るのですか?」と訊いたら、他の面々のように暫く考えることもなく、即座に一言で次のように答えてくれました。「アッラー!」。それからおもむろに説明、「我々は全ての恩恵をアッラー(神)から享受しているのです」。