Diary 2006. 7
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7月4日 (火)  最終支払日の怪

写真は電話局から送られて来た請求書とその領収書です。請求書には“SON ODEME TARIHI(最終支払日)”-27/06/2006-と大きく記されていますが、私はうっかりこれを忘れてしまい、昨日の7月3日になって、やっと支払いを済ませました。領収書にも−03/07/2006−としっかり記録されています。

しかし、不思議なことに支払った金額は請求書通りの“11.50YTL”で、延滞料のようなものは付加されていません。以前にも一日遅れたことがあって、その時は『一日ぐらいなら勘弁してもらえるのか?』なんて思っていたけれど、今回は6日間も遅れているんですよね。いったい何日ぐらいまでなら大丈夫なんでしょう? そもそも、遅れたところで何のお咎めもないのなら、何故、“最終支払日”なんてものが大きく記されているのか、どうにも良く解りません。

先月はインターネットがなかなか繋がらず、ウスキュダルの支局へ文句を言いに行ったら、「モデムに問題はない。回線に異常があるのだろう。ここに電話してくれ」と番号を渡されたのに、この番号が苦情処理の窓口とは何の関係もないことが後で解ったうえ、原因はモデムにあることが判明。「まったく支局の連中は何をやっているんだ」と憤懣やるかたなかったけれど、要するに全てが“アバウト”に出来ているわけで、腹を立てたところでどうにもなりません。

日本人の旅行者から、「トルコではつり銭をくれないことがある」という苦情を聞いたりしますが、多くの場合、これも悪気があるわけじゃなくて、単にアバウトなだけ。0.75YTLのものを買って1YTLを出したらつり銭をくれないこともあるけれど、1.25YTLのものを買って1YTLを出してもそれで済んでしまうことがあります。

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7月5日 (水)  ガス代支払いの怪

先週、我がアパートの前住人だったという女性から突然電話があり、なんでも「その部屋のガス代が未だに自分の銀行口座から引き落とされている」というのです。私が、毎月遅れることなくガス代を支払っていて領収書も保管している旨を伝えたところ、今日、また電話を掛けてきて、「銀行及びガス局と交渉する為には領収書が必要になるから、こちらから取りに伺う」と言います。しかし、話しているうちに、彼女がサバー紙の記者であることが解ったので、ちょっと興味を感じて、私の方から新聞社まで赴くことにしました。

彼女は、先月末、口座の残高を調べた際、その月に口座から“前住居のガス代”が引き落とされていることに気付いたそうです。それからざっと調べてみた結果、4月と5月も引き落とされているのは確認済みと言うけれど、おそらくはその前からずっと引き落とされているのでしょう。契約者の名前が変わっているのに、何故こんなことが起こるのか、私たちには見当もつかない怪事件ですが、彼女に「これは記事のネタになりませんか?」と訊いたら、「これぐらいならトルコでは日常茶飯事だからニュースにもならない」と言われてしまいました


7月9日 (日)  W杯決勝

いよいよドイツでW杯の決勝“フランス−イタリア戦”が始まりました。昨日、同居しているトルコ人青年に、「見るの?」と訊いたら、「当然」という答え。W杯にトルコは出場していないけれど、同居人たちは時間の許す限り“他国同士の試合”を観戦していました。メディアはもちろんのこと、人々はトルコ無しのW杯に結構盛り上がっているようです。

試合が始まる前、同居人たちの予想を訊いたところ、二人ともフランスを“応援”しているそうで、「ジダンとアンリは紳士的なプレーで好感が持てる」と語っていましたが、試合開始からいくらも経たない内に、客間のテレビからアナウンサーの絶叫が聞こえて来たと思ったら、二人して大声で私のことを呼びます。何事かと客間へ顔を出せば、テレビではジダンのゴールが再現されているところでした。暫く一緒に観戦してから部屋へ引き上げると、直ぐに、またアナウンサーの絶叫が聞こえたけれど、同居人、今度は静かにしています。さてはと思って、また顔を出して見れば、「今度はイタリアのゴールだよ」と苦笑い。

まあ、私にとっては、どちらが勝っても同じことで、それより、今日が初日の名古屋場所、白鵬と雅山にいきなり土がついてしまったことの方がショックでした。


7月19日 (水)  アンチョビ

先日のこと、ウスキュダルの市場でアンチョビ(塩漬け鰯)を売っていたので、100gほど買い求め、その晩、我が家を訪ねて来た友人と赤ワインを飲みながら味わってみました。アンチョビにしてはちょっと大きかったけれど、その分噛み応えもあって、2YTL(約160円)という値段の割には上出来。赤ワインも近所の食料品店で購入した安物ですが、こちらもなかなか結構だったように思います。

ところで、アンチョビに関しては、ちょっとした思い出があって、あれは92年頃のこと。イスタンブールの大きなスーパーで買い物をしていると、アンチョビらしきものの瓶詰めが目に留まりました。なかなか洒落たデザインのラベルには、イタリア語だかスペイン語のようなものが記されていて、トルコ語の説明は一切ありません。何であるのか良く解らないまま、ものは試しと、一つ買って来て、その日の内に封を開けて見たところ、瞬間、辺りには異様な臭いが立ち込めます。

それは“腐敗臭”そのものだったけれど、世の中には、腐敗と発酵の間で際どい勝負をするような食品もあり、例えば、北欧の何とかいう“塩漬けニシンの缶詰”は、屋外で開けなければならないほどの凄まじい悪臭を発するのだとか。その瓶詰めも、そういった食品の一つであるかもしれないし、なにしろラベルには何が書かれているのかさっぱり解らない状態でした。

それで、日本の“くさや”が大好物である私は、「臭くても食べてみれば美味しいかもしれない」と思い、瓶の中の鰯を一つ箸でつまんで口に入れ、ゆっくり味わってみると、それは塩辛いばかりで、全く味らしいものがなく、噛めば噛むほど臭さと不快感が増してくるだけです。それをグッと飲み込み、よせば良いのに、なんとなくもったいないような気がして、もう一つ食べてみたものの結果は同じ。「これは腐っているに違いない」と思ったけれど、購入したスーパーへ持って行ったところで、それほど気分の良い対応をしてくれるはずもないから、残りをそのままゴミ箱に放り込んでお終いにしました。

それから、数年の後、日本に帰国していた私は、ある日、柄にもなく青山の紀伊国屋スーパーで買い物をしていたら、並んでいる商品の中にあの瓶詰めと全く同じものを発見したのです。今度はさすがに日本語の案内書きが貼られていて、イタリア産のアンチョビであることが記されています。好奇心から、これを購入して味わってみたところ、嫌な臭いも無く、噛めば噛むほど美味しい、実に見事な一品でした。これにより、イスタンブールで買った瓶詰めは、要するに“腐っていた”ことがはっきりしたわけですが、あれを食べた後、別に腹をこわしたりはしなかったから、人間、少々傷んだものを食べても大丈夫であることも解りました。

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7月22日 (土)  ラケルダ

ラケルダという“キツネガツオの塩漬け”。マグロや鯖が使われたりもするそうですが、“ラケルダ”というのは、本来、キツネガツオを意味するギリシャ語のようです(確認したわけじゃありません。ちょっと眉唾)。アンチョビを買い求めた食料品店の隣にある魚屋で売ってました。スーパーや食料品店では、切り身にしてオリーブオイルと一緒に瓶詰めされたものが良く売られています。

私はイスタンブールで、この“瓶詰めラケルダ”の腐りかけにも遭遇しました。“完全に腐ったアンチョビ”ほどには匂わなかったものの、ラケルダを食べたことがないという友人のところで開けたものだから、彼らの驚きようはありません。「うわっ、臭い! こんなものどうやって食べるの?」。しかし、その時の私は、既に“腐ったアンチョビ”について充分承知していたので、直ぐに蓋を閉め、「御免、こりゃ腐っているよ。今度はちゃんとしたのを持って来るからね」と謝ったけれど、「いや、もういいよ」と言われてしまいました。

その“瓶詰めラケルダ”は、何度も買い物をして良く知っている店で求めたものであり、そこの店主はなかなか感じの良い人だったから、翌日、返品に行くと、店主は「どうもすみません」と非常に恐縮した様子。私が「差額は払いますから、何か他の商品と替えてもらえませんか?」と訊けば、「どうぞ、どうぞ何でも御覧になって下さい」と並べられた品々を示します。

言われるままに、一通り見てから、如何にも高級そうなキャビアの缶詰を手に取ると、店主は「そ、それはキャビアですね」と説明するのですが、その声は心なしか震えているようでした。

キャビアの値段を見たら、これと替えるには差額どころか倍々額以上払わなければなりません。それで、キャビアの缶詰は元の場所に戻し、今度は近くにあった“イタリア産のサラミ”に目をやれば、これが実に美味そうだったので、倍近い値段であったにも関わらず、意を決して「これにしましょう」と言い、差額を尋ねたところ、店主はサラミを袋に入れて差し出しながら、きっぱりとした口調で「ご迷惑を掛けたのに差額は頂けません。どうぞこのままお持ち帰り下さい」。

多分、私が何を選ぼうと最初から差額を受け取るつもりはなかったのでしょう。「キャビアにしておけば良かった」なんてせこい考えがよぎったりもしたけれど、その“イタリア産サラミ”を食べて見たら、これが唸るほど美味く、思わず“腐りかけたラケルダ”に感謝したくなりました。

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7月23日 (日)  地下鉄は何処から入れるの?

イスタンブールはヨーロッパ側で、中心地の“タクシム”と、アジア側へ向かう船が出る“カバタシュ”とを結ぶ“ケーブルカー方式の地下鉄”が開通しました。途中に駅はなく、タクシム駅とカバタシュ駅を同時に出発する車両は真中ですれ違うことになります。

写真はタクシム駅の様子。御覧のように、ホームの端に設置された大きなウインチにより、車両は急な斜面を引っ張り上げられる仕組です。

しかし、このタクシム駅とカバタシュ駅は共に地下駅であり、車両を地上へ回送できるような引き込み線もなく、完全に外部から遮断された状態。古い漫才のネタじゃないけれど、いったいどうやって車両を中に入れたのでしょう? “それを考えたら夜も寝られない”なんてことにならぬよう、思い切って駅員さんに尋ねてみたところ、ニヤッと笑って、次のように答えてくれました。「車両はね、カバタシュ側から入れたんだよ」。
「でも、カバタシュの方だってオープンにはなっていないでしょ?」
「オープンな状態の時に入れて、後から覆ったのさ」
「それじゃあ、メンテナンスとかする時はどうするの?」
「メンテナンスは駅で出来るようになっている」
「車両を交換しなければならない場合は?」
「交換? もう車両に寿命が来るとでも言うのかい? これは未だ新品だよ」。

これが本当だとしたら、なかなか凄いことであると驚かざるを得ません。今は新品であっても、いつかは車両に寿命が来るはずです。そんな遠い将来のことは考えていないということなんでしょうか? それに、もしも、車両火災といったような不測の事態が発生して、寿命が来る前に車両を交換しなければならなくなったら、いったいどうするつもりなんでしょう? また駅を掘り返して埋め直すのでしょうか? それこそ、これを考えたら夜も寝られなくなってしまうのではないかと思いました。

右の写真はタクシム駅を地上に上がったところです。掘り返すとしたら、この辺りでしょうかねえ。

以下の“2004年2月7日”の“トルコ便り”には、タクシム地下駅を工事している時の写真もあります。
http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&y=2004&m=2

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7月28日 (金)  続・地下鉄は何処から入れるの?

“地下鉄は何処から入れるの?”がどうにも気になった為、今度は、車両が搬入されたという“カバタシュ駅”で下りた際、そのホームの端まで行って見たところ、線路が行き止まりになっている先の壁にある鉄製の扉が、ちょうど開け放たれていて、中の様子を見ることができました。

そこは天井の高い大きな空間になっていて、突き当たりには青く塗装された昇降機のようなものが見えます。その場に立ち尽くしたまま、『うーん、ここから搬入したんだな。この上はどうなっているのかな?』と考えていたら、横に人の気配を感じたので、ひょいと振り返ると、この前、搬入方法を尋ねた時の駅員さんがニヤニヤ笑いながらこちらを見ていました。

ちょうど良いと思って、「あの昇降機のようなものは未だ使えるの? 何かあったら車両はここから出すんでしょ?」と訊いたところ、「そう、ここから搬入したのさ。でも、上の階に行けば解るけど、この上はもう塞がっている。今さら車両をここから取り出すことはできないね。“故障したらどうするの?”って言うんでしょ。さあそれは大問題だなあ」と言いながら、ひとつも問題とは思っていないらしく、カラカラと笑っていました。

真中の写真は、駅に展示されている“工事の過程”なんですが、どうやらこの青い昇降機を使って車両を下ろし、その後はコンクリートで塞いでしまったようです。ちょうどその真上に当たる地上の部分は花壇になっています。

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