Diary 2006. 5
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5月1日 (月)  メーデー

日本では、メーデーがニュースどころか話題にも上らなくなってから久しいような気もしますが、トルコのメーデーには依然として“熱く燃えるもの”があるようです。

今日、アジア側のカドゥキョイへメーデーの様子を見に出掛けたところ、朝からカドゥキョイへ通じる各道路は車両通行止めとなっていて、私はハーレム付近から歩いてハイダルパシャ・モスク前へ出ました。そこから大通りに沿って1kmほど行ったあたりがカドゥキョイの広場で、メーデーの集会はここを拠点として行なわれることになっています。

ハイダルパシャ・モスクの前まで来た時は未だ10時ぐらいだったけれど、既にカドゥキョイの広場へ向かってかなりのグループが行進を始めており、モスクの前では種々の労働組合やら左派グループが行進の準備を進めていました。

左と真中の写真はそこで撮ったもので、行進を前にして今から雰囲気は盛り上がっているようです。行進を先導するトラックの荷台には音響機器がセットされていて、宣言文を読み上げたり、“インターナショナル”を初めとする労働歌のようなものを大音量で流したりすると、所々でシュプレヒコールが上がり、輪になって踊るグループも出てきました。

−以下をクリックすると、“インターナショナル”のトルコ語バージョンを聴くことが出来ます。−
http://folk.ntnu.no/makarov/temporary_url_20060919zkkfg/internationale-tr1.mp3

http://www.hymn.ru/internationale/index-en.html

このトルコ語バージョンは、一昨日ネットで検索しながら見付けたのですが、このサイトでは、ロシア語はもちろんのこと、中国語や日本語、韓国語、イタリア語といった世界各国語の“インターナショナル”が聴けるようになっていて、トルコ語と並んでクルド語もアップされていました。『これは面白いものを見つけたぞ』と昨日は得意になって友人たちへ聴かせたりしたけれど、今日、その荷台にセットされた音響機器から流れてくる歌を聴いていると、当たり前のようにクルド語の歌も出てくる有様で、別に騒いだり得意になったりするほどのことではありませんでした。

さて、右の写真は、いよいよ各団体が広場に到着して集会が最高潮を迎えている時のものですが、手前の方を見るとスカーフを被った女性の姿もちらほらしています。行進の様子を見ていても、やはり左派の集会とあって、スカーフを被った女性はごく僅かなものでした。それが、ここでかなり目に付くのは、このあたりに集まっているのが、DTPというクルド系の政党であり、支持者の大半が保守的な南東部出身のクルド人だからなのでしょう。

奥の方に“Biji Yek GULAN”と書かれたノボリが見えていて、これはクルド語で“バンザイ5月1日”という意味なんだそうです。数日前の新聞には、PKKがテロ組織であることを認めようとしないDTPに対し、一部の労働組合や左派政党が“彼らとはメーデーの集会で一緒になりたくない”と発言したことが記されていたけれど、少なくとも私がそこにいた時には、他の団体ともめるようなこともなく、整然と集会に参加していました。

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5月2日 (火)  続メーデー

昨日のメーデー、新聞の報道によると、カドゥキョイ広場だけでも3万人が集まったそうです。イスタンブールのヨーロッパ側タクシム広場やイズミルの集会では、参加グループと警官隊の間に小規模の衝突もあったようですが、大きな事件は報道されていませんでした。

写真は、やはり昨日カドゥキョイで撮ったものですが、左写真の青年は、行進が始まる前に“チェ・ゲバラ”の旗を振り回して、リハーサルに余念がありません。

他に“毛沢東”の旗もたくさん出ていたし、横断幕にはマルクスやレーニンばかりでなく、スターリンの顔が出ているものもありました。日本では、メーデーを見に行ったことがないので良く解りませんが、“ゲバラ”や“毛沢東”の旗が出てきたりしたもんでしょうか。

右写真のおじさんたちはなかなか渋い。生粋の左翼、歴戦のツワモノといった感じです。帽子から髭の形、服装まで、トルコの典型的な左翼スタイルといって良いでしょう。青年たちの方も左派には違いないはずですが、もうこの世代になると、服装などのスタイルからその傾向を判断することは難しくなってしまいます。

真中の写真の女性たちは、ある程度意識的にああいう格好をしているのだろうけれど、ゲバラのシャツは何処ででも売られているから、ただのファッションとして着ている人もいるでしょう。クズルック村の工場で、村から働きに来ている女の子がゲバラのペンダントをぶら下げていたので、「それ誰だか知ってるの?」と訊いたら、「知らない、でも格好良いでしょ」なんて笑いながら答えていました。

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5月15日 (月)  ガラタサライ優勝!

トルコ人の家庭に下宿(1)「祖父母の秘密」
http://www.neo-pro.jp/makoto/merhaba/003.html#90

トルコ人の家庭に下宿(2)「イスタンブールのライブハウス」
http://www.neo-pro.jp/makoto/merhaba/003.html#100

昨日、上記の“メルハバ通信”に出てくる家族のところへ久しぶりに寄らせてもらいました。家族は私が下宿していた家に未だ住んでいて、その暖かい雰囲気も全く変わっていません。左の写真には、お母さんのジャビデさんと高校生だった娘のベルクスさん、そして当時は4歳で今は高校2年生という末っ子のユミットが写っています。次男坊のクバンチは、結婚して暫くイズミルに住んでいましたが、2年ほど前、一念発起してドイツへ渡りました。お祖父さんとお祖母さんはもう随分前に亡くなっています。

昨日は私の他に来訪者もいなかったけれど、誰かお客さんがいたりすると、ジャビデさんやベルクスさんは私のことを紹介しながら、度々あの“ライブハウスへ鍵を取りに行った話”も披露して笑いを誘ったりしたものです。それが、もともとクバンチが少々脚色して伝えた為なのか、何度か繰り返したあげく自然と脚色されてしまったのか、一時は私がパジャマ姿でタクシムへ行ったことになってしまい、これはさすがに慌てて否定したんですが、10年過ぎてもあんなに喜んでもらえるなんて、私もわざわざタクシムへ鍵を取りに行った甲斐はあると思います。

ところで、昨日はサッカーの重要な試合がありました。優勝を争うガラタサライとフェネルバフチェは、それぞれ別のチームとの試合が組まれていて、その勝敗によって今シーズンの優勝が決まるというもの。迂闊なことに、私は家族のところへ行くまで優勝争いの経過など全く知りませんでした。

それぞれの試合、先にガラタサライの方が勝利を決めてしまい、後はフェネルバフチェ戦の結果を待つという展開。家族はお母さんと末っ子がフェネルファンで、娘はガラタファン、フェネルの試合を放映している有料テレビの契約がないため、スポーツニュース番組で経過を追っていたら、フェネルが同点のまま残り僅かになったところでキャスターは秒読みの実況を開始、試合が引き分けで終了すると、キャスターの絶叫と共に大きく“ガラタサライ・チャンピン”のテロップが流れ、娘は礼儀作法に則りお母さんの手を取ってキスしながら“皆さんありがとう”と言って立ち上がり、窓を開け放ったのですが、それと同時に外から“ウォー”という歓声が聞こえてきます。どうやら、近所の家々も優勝が決まってから窓を開け放ち、歓声を上げているようでした。

アジア側へ渡る船の時間もあるから、私がそろそろ暇を告げると、ジャビデさんは「外は大変な騒ぎだよ。今晩は帰り着けないかもしれないね」なんて言うけれど、そこからは路面電車で船着場まで出れるから交通渋滞に巻き込まれる恐れもなし、「船が沈没しなけりゃ大丈夫ですよ」と答えて、家を後にしました。

しかし、外へ出てみたら、そこらじゅうの車がクラクションを鳴らし続けて、本当に大変な騒ぎ。写真のように、車から身を乗り出したり、荷台に乗って騒いでいる者たちもいます。真ん中の写真に見えるのは家族のようで、ハンドルを握っているのがお父さんかもしれません。子供にあんなことさせて危ないとは思わんのでしょうか? それに、娘の方は頭に真っ赤なスカーフをきっちり被っているんですよね。まあ、“スカーフを被った敬虔な女性はサッカーの贔屓チームの優勝を喜んではならない”という決まりはないのだろうけれど、同じようにして騒いでる家族の車で、スカーフを被った中年女性がハンドルを握っていたのには少々驚かされました。

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5月20日 (土)  鶏の丸焼き

日本では鳥インフルエンザの影響から未だに鶏肉が敬遠されたりしているんでしょうか? トルコの場合、今年の一月に、東部地方では死者まで出てしまったし、イスタンブール市内でも放し飼いの鶏からウィルスが検出されるという騒ぎがあったにも関わらず、鶏肉の消費量はさほど落ち込んでいないようです。そもそも、最近は鳥インフルエンザのことなど忘れ去られてしまったかのようで話題にすら上っていません。話題になっていた時でも、レストランで鶏を注文したりすると、ガルソンが「ウィルス入りですか?」なんて冗談を言ってたくらいで、余り深刻な雰囲気は感じられませんでした。

しかし、イスタンブール市内で放し飼いの鶏からウィルスが検出された時は、該当地区の“放し飼い鶏”を全て処分するというお達しが出ていました。これは、養鶏場以外の民家などで放し飼いにされている鶏を保健所が強制的に没収して処分するというものだったのですが、果たしてどのくらい実施されたのでしょう。

我が家の同居人たちが以前働いていた土建屋の社長さん宅はその該当地区にあり、広い庭には数え切れないほど沢山の鶏や鶉が放し飼いにされているという話を聞いていたので、“処分令”が出て暫く経ってから、思い出して尋ねてみたところ、なんでも社長さんは、没収に来た保健所の役人たちをどやしつけ、一羽たりとも手を触れさせなかったそうです。

まあ、最近、鳥インフルエンザ問題もすっかり沈静化し、結局、病気が広がるようなこともなかったわけだから、その広い庭の鶏や鶉は、社長さんの“英断”により、無駄に殺されてしまわずに済んで良かったのかもしれません。

写真はレストランの店先で丸焼きにされている鶏と鶉。もちろん社長さん宅のものじゃないでしょう。

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5月29日 (月)  アラビア語を話すギリシャ正教徒

先週、ギリシャへ行って来ました。

バスのチケットは、以下の“トルコ便り”でも紹介した“デルヤ・ツアー”で購入。

http://www.neo-pro.jp/makoto/tayori/diary/diary.cgi?mode=read&page=10&y=2004&m=10

この営業所を切り盛りしている女性は、ギリシャ語とトルコ語を使い分け、何度尋ねても聴き取ることができない難しい正教徒風の名前を持っていることから、私は単純にトルコ国籍のギリシャ人であると思っていました。

旧居の大家マリアさんが「彼女もルーム(トルコ国籍のギリシャ人を表し、ローマ人の意)で、私たちの良き友人だ」と語っていたこともあります。

ところが、やはり“デルヤ・ツアー”を愛用している日本人の友人によれば、彼女はアラブ系でアラビア語も話すというのです。

今回、チケットを購入する際、詳しく話を聞いてみると、彼女の両親はシリア国境に近いハタイ県の出身で、アラビア語を母語とする正教徒(東方正教会)であると言います。

ハタイ県には、正教徒(東方正教会)ばかりでなく、アルメニア正教徒(グレゴリウス派)やシリア正教徒(スリヤーニ)が住んでいるものの、その殆どはギリシャ語等を知らずにアラビア語を母語としており、彼女はイスタンブールに生まれて、イスタンブールの正教徒の学校で学んだ為、ギリシャ語にも堪能なのだそうです。

以前から良く聞く話ですが、ハタイ県では、上記のキリスト教徒やユダヤ人がムスリムと共に見事な調和の中で暮らしていると言われ、彼女も「ハタイはとても良い所です。是非一度訪れて下さい」と力を込めて話していました。



5月30日 (火)  エディルネ名物“牛レバー・フライ”

ギリシャ行きの帰り、エディルネに寄ったので、名物の“牛レバー・フライ”を食べてきました。これは、牛レバーを薄く切ってカラッと揚げているのが特徴。日本では別に珍しくない料理法ですが、イスタンブールの料理店で同様のものを見たことはありません。久しぶりに食べたら、値段も手頃だし、とても美味しいと思ったけれど、イスタンブールからエディルネまでは、高速道路運行のバスでも2時間半、わざわざこれを食べる為に出かけられる距離ではないでしょう。

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5月31日 (水)  タシュカダイフ

これはタシュカダイフという甘いお菓子。細かく刻まれた胡桃を包んだパンのようなものを油で揚げ、シロップに漬けています。ショーケースの中に見えるリング状のハルカタットゥルや団子状のトゥルンバも、小麦粉を練って油で揚げ、シロップに漬け込んだものです。この店の人はハタイ県の出身で、こういったお菓子はハタイが本場なのだとか。タイミング良く揚げたてを食べることができれば、カリッとした香ばしさとジューシーなシロップの甘さが堪りません。冷たくなっていても美味しく食べられますが、余り時間が経ってしまうと、カリッとした香ばしさが失われてしまいます。やはり、こういった製造直売の店で求めるのが良いでしょう。

写真を撮り、ホームページで使っても良いか尋ねると、快く承諾してくれたのですが、食べた菓子の代金を支払おうとしたら、「うちのことを紹介してくれるのだから」と言い、頑として受け取りませんでした。こんなホームページで紹介したところで何の役にも立ちませんが、それは店の人も承知の上だと思います。そのホスピタリティーに感謝して店を後にしました。

店はシェフザーデ・モスクの並びにあり、我が家からは大分離れているけれど、充分に出掛けられる距離でしょう。

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