Diary 2005. 4
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4月3日 (日)  合気道

イスタンブール市内にある合気道岩間流の道場です。師範のメフメットさんは日本でも修行を積み四段の腕前。この日、30人ほど来ていた練習生は、大学生や社会人と様々で、女性の方も一人いました。

師範のメフメットさんも本業は弁護士であり、練習生も教養レベルの高い人たちが多いようです。技の名前はもちろん、掛け声も「一、二、三」と日本語。師範の説明には「ゆっくり」といった言葉も頻繁に出てきます。

神棚の前に正座し、拍手を打ってから始まる練習は2時間ほど続き、皆さん真剣そのものでした。私をここへ案内してくれた友人は、かなり熱心なムスリムだけれど、神棚に拍手を打つのは礼儀であるから、ムスリムが行なっても別に問題はないのだそうです。

写真の三人は練習生の皆さんです。

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4月4日 (月)  カトリックの教会

イスティックラル通り沿いにある二つのカトリック教会。右の写真は、真中の教会の外門です。門の上に飾られているのは聖母マリアでしょうか。

4月2日に、ローマ法王が亡くなった為、昨日の日曜ミサには多くの信者が弔問に訪れたことと思いますが、今日は、いずれも閑散とした様子でした。

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4月7日 (木)  ギリシャ正教の教会

こちらは、タクシム広場近くにあるギリシャ正教の教会。ドーム型の屋根はモスクを思わせますが、これは元々正教のスタイルであり、1453年のコンスタンティノープル陥落以降、アヤ・ソフィアを初めとするドーム型屋根の教会はモスクに改造され、その後創建されたモスクにもこのスタイルが踏襲されたようです。

この教会は1880年の創建で、写真は正面と後方のタクシム広場側から撮られています。

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4月19日 (火)  ガス・ストーブ

日曜日は、外を歩くと汗ばむくらいだったのに、今日はまた、ちょっと肌寒いような陽気です。朝夕は、もう少しの間ストーブの厄介になるかもしれません。しかし、ストーブのガスボンベを持ち上げて揺すって見ると、まだまだ半分以上残っていそうな感じ。この春、これを全て使い切ることはないでしょう。そして、来冬はスチーム暖房付きのアパートに引越し、もうこのガスボンベを使わなくても済む生活を夢見ることにします。

イスタンブールも、ちょっとしたアパートならスチーム暖房が付くようになって来たというのに、私が部屋を借りている築100年という石造りの建物では、上階に住む大家さんも未だに薪でストーブを焚いている有様。私も、中古のガス・ストーブ一つで、なんとかこの冬を乗り切りました。

ガスボンベが空になって買い替えると、2200円ぐらいするから、これまた貧困生活には堪える出費ですが、3月中は、家にいることが多く、ストーブの使用は長時間にわたって、4回も買い替えています。とはいえ、用もないのに家を出て方々出歩けば、その方がよっぽど金も掛かったでしょう。

用事があって出掛ける時も、交通費を使うのはもったいないから、5〜6キロぐらいなら、私は平気で歩きます。そもそも、今住んでいるジハンギルはイスタンブールのほぼ中心にあって、大概の所へは歩いて行けます。

また、考えて見れば、一昨年の夏にトルコへ戻って以来、費用を先方が負担してくれる出張とビザ更新のギリシャ行き以外に、イスタンブールを離れたことは一度もありません。出歩いていて、仕事の依頼を逃したら困るから、イスタンブールでじっとしていました。地方にいる友人たちとも全く会っていないのです。

しかし、これではさすがに気が滅入ってしまいますね。今年はなんとかもう少し出歩いて見ることにしましょう。犬も歩けば棒にあたると言いますから、そのうち何か良いことがあるかもしれません。

写真は、越冬の功労者、愛しのガス・ストーブです。ボンベは、ガスが充填されている場合、結構重たいから、上げたり下げたりするだけでも、随分と身体が暖まります。

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4月25日 (月)  働かざるもの飲むべからず。

生活費を切り詰めようとすれば、やはり飲み代あたりから削ることになるでしょう。というわけで、私も滅多に飲むことはありませんが、先日は友人と久しぶりに「一杯やろう」ということになり、ベイヨールの裏通りへ「安酒場」を求めて繰り出しました。

しかし、酒税が引き上げられたから、当然のこと、何処もかしこも高くなっています。それで、あちこちの店を覗いたあげく、結局、前にも何度か来たことのある馴染みの店へ。ここは、ビールの中ジョッキが2.75TL(200円ぐらい)、そんなに安くもありません。いきつけの大衆食堂(04年12月16日の本欄に写真があります)なら、2TLで食事が済んでしまうわけで、これはなかなか大変な出費です。

本当は、その大衆食堂で、美味しい煮込み料理などを肴に一杯いきたいところだけれど、こういう食堂では酒類の提供が許可されていないんですね。雑貨屋のような所でも酒を売っていたりするのに、この辺の規制に関する趣旨はいまいち良く解りません。酒を飲めるようになっている店は、料理も高いから、そこでは簡単なアテだけにして、腹ごしらえは、大衆食堂ですることになります。考えて見ると、トルコの人たちは、余り食べながら飲むということをしないようです。食べながら少し飲むか、飲みながら少し食べるという感じ。塩ピーナッツだけをつまんで、ひたすら飲んでいる人たちもいます。


4月26日 (火)  歯医者

昨日、外れてしまった奥歯の詰め物を、市内の歯科医院で着けてもらったのですが、この医院を訪れたのは、これで5回目。ここは、4〜5階建てのビル2棟に、診療台が30〜40台備えられた恐ろしくモダンな大医院であり、なんと年中無休の24時間態勢で診療に当たっています。

未だクズルック村の工場で働いていた頃、週末にイスタンブールで遊んでいたら、夜の10時過ぎに差し歯が抜けてしまい、急遽訪れたのが第1回目の来院。その時、着けてもらった差し歯が1週間も経たない内に、また抜けてしまって再来院。その後も同様の理由で2回ほど来院しました。なにしろ大勢の医師が働いているから、当たり外れもあるけれど、設備も良いし、割りと安心して治療を受けることができます。

最初の来院では、夜の10時をまわっていた為、医院はひっそりと静まり返っていて、診療台が7〜8台ほど並ぶ診療室の一つに通されると、そこには、20代後半と思しき女性医師が独り待機していました。彼女は極めて常識的な事柄を私に問い掛けた後、早速、差し歯を着ける作業に取り掛かり、着けた差し歯を自らの指で抑えながら、私には、じっとしているよう指示します。ところが、その時、彼女のポケットで携帯が鳴ると、彼女は私に自分で差し歯を抑えるよう言い渡し、携帯で楽しそうに話し始めたのです。これがまた長電話で、私は通話が終るまで、彼女の指示通り、ずっと指で差し歯を抑え続けていました。しかし、こうして着けられた差し歯も、結局のところ、1週間経たずにポロリ。以後、彼女の姿を同医院で見たことはありませんが、こういう「外れ医師」は、おそらく今でもいることでしょう。