Diary 2005. 3
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3月5日 (土)  私が住んでいる所

今、私が住んでいる所です。左の写真、奥の黄色い家で、私が借りているのは一階にある一部屋だけ。右の写真がその内部。この写真じゃ分かりませんが、この部屋、凄く天井が高いんですよね。訪ねて来た友人たちは、「洒落ているじゃない」なんて言ってるけれど、寒い時はなかなか部屋が暖まらずに閉口しています。便所兼シャワー室は、廊下に出てからまた別の扉を開けて入るようになっていて、こちらは暖房がないからこれまた凄まじい寒さです。大家さんたちは上階に住んでいて、もう一つ空き部屋もありますが、こちらは相応に整っているけど割高なんで、私には今の部屋で充分。もうそろそろ陽気も暖かくなることでしょう。

大家さんはトルコ国籍のギリシャ人で、私はこの部屋の住人としては3代目の日本人。大家さんについては、初代の日本人フジイセツコ氏が著した「イスタンブールのへそのゴマ」に詳細な描写があるけれど、別にこの大家さんのことが気にならなくても、「イスタンブールのへそのゴマ」は是非一読されることをお勧めします。「旅行人」という出版社から出ています。

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3月6日 (日)  スーパーマーケット

近所にある大手のスーパー。私は殆ど毎日のようにここで買い物をしています。最近このスーパーで、東洋人の面立ちをした若い女性たちの姿を見かけることが多く、大家さんなどは「彼女たち日本人じゃない? 何処に住んでいるんだろう? うちの空いてる部屋へ入居してくれる人はいないかな?」と並々ならぬ関心を見せていました。

先日、買い物をしている時に、そういった女性たちの側を通ると、日本語を話していたので声をかけてみたところ、彼女たち、在留者ではなくて旅行者なんだそうで、日本のガイドブックにこのスーパーのことが紹介されていると言うのです。確かに、ここは住宅地のスーパーに比べれば規模は小さいけれど、中心街にあるから旅行者が立ち寄る為には便利かもしれません。

さて、右の写真ですが、これはこのスーパーの割引カードとレシート。今日の買い物は、オレンジ1キロ、パン、ヨーグルト750g、チョコレートで、計5YTL(約400円)。レシートを見ると、ちょうどカードの直ぐ上のところに、KDV−1%、8%、18%と記されていますが、これは消費税なんですね。主食のパンだけは破格に低く抑えてあって1%だけれど、ヨーグルトとオレンジが8%、チョコレートに至っては18%も掛けられています。そのかわり、と言っては何ですが、所得に対する累進課税なんていうものはありません。日本の政府が例としないことを祈るばかりです。でも、日本でこれをやったら一揆がおこるでしょうね。

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3月7日 (月)  影絵芝居

先日、PASIAD(太平洋諸国社会経済互助協会)というところで催された懇談会に出席したのですが、そこで初めて、カラギョズと呼ばれるトルコの伝統芸能を観る機会に恵まれました。これは、二人の演者が、手にした人形をスクリーンの向こうで動かしながら巧みな話芸で観客を楽しませるという影絵芝居であり、本当は上演中の場面を撮りたかったけれど、私のデジカメでは暗過ぎて撮れなかったのです。

この影絵芝居は、人形の動きというより、演者の巧みな話芸を楽しむもので、今回は代筆屋となった主人公のカラギョズと依頼人の頓珍漢な会話が中心となっていたのですが、残念ながら、俗語の多い早口の会話は、笑いのポイントになるところが殆ど聞き取れません。しかし、芝居の中で、主催者のPASIADについて語らせて見たり、日本人の観客が多いことから鮨を話題にしたりと、なかなかサービス精神旺盛な演出になっていました。

主催者のPASIADは、日本や韓国、インドネシア等の極東から東南アジアにかけて広がる国々との経済協力や親睦を深める為に創られた民間団体で、先般の津波災害に際しては広範な援助活動を展開しています。


PASIADのホームページ:
http://www.pasiad.org/

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3月19日 (土)  キャウトゥハーネ

イスタンブールは金角湾の奥にあるキャウトゥハーネ地区へ行ってきました。金角湾に注ぐ川を中心に広がるこの地域は、現在、小さな工場や庶民的な家々が立ち並ぶ雑然とした街になっていますが、オスマン朝の時代には、スルタンの離宮もあり、富裕層が舟遊びなどを楽しむ郊外の行楽地だったそうです。

スルタンの離宮は1943年に取壊されてしまい、左の写真はその跡地に建てられた区役所、破壊を免れた門だけが往時を偲ばせています。離宮は川の流れを引き入れた壮麗な造りで、池や岸辺に設けられた東屋、人工の滝もありました。右の写真は、その人工の滝の残骸です。

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3月20日 (日)  キャウトゥハーネ/モスク

これは離宮前のモスクで、廃屋同然になっていたものを数年前に改装し、今は礼拝も行なえるようになっています。

右の写真は、このモスクの裏手なんですが、扉の左上にある「LOJMAN」という表示は「社宅」といった意味で、これはフランス語からの借用語。つまり、トルコでは公務員となっているモスクの導師(イマーム)が住む宿舎であることを示しています。どこのモスクにも必ずあるということだけれど、モスクと「LOJMAN」の表示は、えらくミスマッチなものに思えました。

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3月21日 (月)  水道橋

19日には、キャウトゥハーネから、かつて敷設されていた鉄道の路線沿いに黒海の沿岸まで北上したのですが、これはその途中にある水道橋です。イスタンブール市内にあるヴァレンスの水道橋より遥かに長大なものであり、ビザンチン時代の建造物をオスマン朝の著名な建築家ミマル・シナンが補修したと言われています。

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3月22日 (火)  行楽の家族

これは、また別の水道橋。かつてはこの下を鉄道が走っていたそうです。周囲の森では、行楽に来た家族がバーベキューを楽しんだり、即席のブランコで遊んだりしています。

ブランコの家族にカメラを向けたところ、お父さんとお母さんが子供たちにブランコへ乗るよう指示してくれました。

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3月23日 (水)  石炭鉄道

鉄道は、第一次大戦中にドイツがイスタンブール北方の黒海沿岸にある炭田から、キャウトゥハーネの火力発電所まで石炭を運ぶ為に敷設したもので、1945年に廃線となり撤去されたそうです。

左の写真は森の中を通る路線の跡。真中の写真は、黒海沿岸の終着地点で、かつての石炭採掘場が荒涼とした風景を見せています。近くの広場では村の子供たちがサッカーをしていました。

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3月24日 (木)  ガラタサライ

トルコで最も歴史のあるサッカー・チーム「ガラタ・サライ」の本拠地アリサーミエン・スタジアムです。スタジアムの隣にはかなり大きなグッズショップがあって、ユニフォームなどが売られていました。イスタンブールの強豪チームとしては他に、昨年の覇者であるフェネルバフチェ、イルハン・マンスズが在籍していたことで有名なベシックタシュがあります。

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3月25日 (金)  霊柩車

この「CAPAN」という店、今まで何度も前を通りながら、どういう店なのか注意して見たこともなかったけれど、店名の入った霊柩車が止まっているところを見ると、どうやら葬儀屋のようです。そういえば隣はアルメニア正教(グレゴリウス派)の教会になっていました。しかし、店の看板を良く見ると、「婚礼・葬儀のコーディネート」などと記されています。これって、キリスト教やイスラム教の世界では当たり前なのかもしれませんが、日本ではまず考えられないことでしょう。

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