Diary 2004. 9
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9月7日 (火)  新旧のガラタ橋

左の写真は、金角湾の入り口に掛かる現在のガラタ橋。金角湾の奥にはドックがあり、かなり大きな船も出入りする為、この橋は真中の部分が上に開く「跳ね橋」になっています。

中央と右の写真なんですが、これは金角湾のずっと奥の方に放置されている旧ガラタ橋。91年まで現役として湾の入り口に掛かっていたもので、こちらは御覧のように移動が可能な「浮き橋」です。

「跳ね橋」になっている現在のガラタ橋は、片側三車線と幅も広く、一度跳ね上がった状態を見たけれど、なかなかの壮観でした。しかし、いつだったか、ドックから大型船が進水したのに、装置の故障で橋が開かなくなって大騒ぎしていたことがあります。この時は、船に水を注入して喫水線をぎりぎりまで下げ、橋の下を通過させました。まあ、跳ね上げた後に閉まらなくなってしまうよりは良かったかもしれません。

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9月13日 (月)  マスラック地区

91年に初めてイスタンブールへ来てから13年が経ちます。この13年間に、この街で何がどういう風に変わったのか、ガラタ橋でさえ以前の姿をはっきり思い出せるわけでもないし、明言できるようなことは殆どないけれど、例えば、旧市街の街並みなど、それほど変わったようにも思えません。87年から一年半暮らし、その後も断続的に訪れている韓国ソウルの変容ぶりに比べると何だか寂しい感じがするくらいです。しかし、このマスラックや、ここから眺められるレヴェントの辺りは、次々に新しい高層ビルが立ち、なかなか「躍進するトルコ経済」を感じさせてくれます。

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9月14日 (火)  イチジク

イチジクの原産地は中東だそうで、トルコでは主要な農作物の一つ。本場のイチジクはなかなかビックサイズです。これでもそんなに大きい方ではありません。乾燥したものは日本へも輸出されています。

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9月15日 (水)  オスマンベイのボレッキ屋

写真左の青年が、メルハバ通信の「オスマンベイのボレッキ屋」に出てくるムラットです。

メルハバ通信「オスマンベイのボレッキ屋」
http://www.neo-pro.jp/makoto/merhaba/003.html#220

しかし、写真の「ボレッキ屋」は、私が毎朝のようにボレッキを食べていた店ではなく、最近開店した彼らの第3号店。一昨年に開店した第2号店は兄のエユップ、「本店」はお父さんと妹が切り盛りしています。反政府ゲリラPKKによる内戦の為、故郷ビンギョル県の村を追われてから17年、これはその地道な努力がもたらした成果に違いありません。

横に立っているおじさんもビンギョルの出身。幼い頃家族と共にドイツへ渡り、84年、トルコへ戻って来てから、やはりこのオスマンベイで3店舗のボレッキ屋を運営していたそうです。しかし、2000年に全ての店を売却して、新たにドイツのニュルンベルクでボレッキ屋を始めてみたところ、これがものの見事に失敗。今は、またイスタンブールでの再起を計画中なんだとか。

このおじさん、「ドイツは15年の間に大きく変わってしまい、状況が悪くなっていた」と愚痴をこぼしながらも、なかなか意気軒昂に喋りまくります。曰く、「自由とか民主主義とか言ってる内に、ドイツの若者たちは不道徳な怠け者になってしまった。トルコが、そんなヨーロッパに倣って死刑制度まで廃止したのは間違い。トルコには本を読まない無学の輩が多いのだから、死刑が無ければ治安は保てない」等々。「貴方は本を読むんですか?」と訊いたら、すました顔で、「読みますよ。50年に一冊ぐらいはね」と答えて、愉快そうに笑っていました。

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