Diary 2004. 5
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5月5日 (水)  雨のイスタンブール

雨のイスタンブール。場所は、ヨーロッパ側新市街のタクシム広場です。

結構ふっているのに、傘を差している人は余りいません。今日は、午後になってから降りはじめたこともあって、傘を持っていない人も多かったでしょうけれど、トルコの人たちは、傘を持っていても、小降りなら、差さないまま悠然と歩いていたりします。

韓国の人たちも、少々の雨には、傘を差さない傾向があり、急に降り出したからといって、慌てて小走りに走ったりすると、「男が雨ぐらいでみっともない」と言われたものです。

トルコの人たちが、同様にみっともないと思って、傘も差さずに悠然としているのかどうか解りませんが、雨に濡れても平気なことに関しては、韓国の人たちより遥かに上でしょう。降り始めた雨の中を悠然と歩くどころか、公園のベンチで何事もないかのように座り続ける人もいます。

しかし、トルコの人たちにして見れば、少しパラついただけで、慌てて傘を差す日本人の方が、よっぽど不思議に見えるらしく、日本へ行って来た友人は、日本の印象として、この傘事情をあげ、「本当に、少し降り出すと、皆、直ぐ傘を差すんだよ」と皆に説明。聞いている人たちも、「嘘でしょう? 信じられない」と驚きの声をあげていました。

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5月6日 (木)  高級ショッピング街

かつては、レトロな路面電車の走るイスティックラル通り(写真:左)に、ファッション等の高級な店が集まっていたそうですが、車両の通行を禁止して以来、高級店の売上は激減となり、その多くは移転してしまいました。

今もイスティックラル通りは、イスタンブールで最も賑わう所であるものの、ショッピングというより、散歩に出歩いている人が殆どなのかもしれません。

現在は、オスマンベイからニシャンタシュ(写真:中右)にかけてであるとか、アジア側のバクダッド通りが高級ショッピング街となっています。イスタンブールのお金持ちは、歩いて買い物などしないようですね。

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5月7日 (金)  オスマンベイ

オスマンベイの繊維街。生地問屋から既製服の卸・小売りに至るまでが軒を連ねています。私は、98年に半年ほど、この街で韓国製の生地を抱えて営業に歩いていました。

メルハバ通信
http://www.neo-pro.jp/makoto/merhaba/003.html#230

この辺を歩くのは、4年ぶりぐらいだったけれど、半年の間、隅々まで歩き回っていたから、土地勘は未だ失われていません。街の様子も、それほど変わっていないように見えました。ただ、子供服の店が少し増えたような感じです(写真右)。

日本の感覚だと、子供服が結構売れているなんて言えば、よっぽど景気が良いのではないかと思われてしまいますが、トルコの父母たちには、少々無理してでも、子供に良い服を着せる傾向があるかもしれません。韓国ではこの傾向がもっと顕著になっていて、16年前、私が韓国にいた頃も、高級子供服が、当時の経済状況からは考えられないくらい、良く売れていました。

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5月14日 (金)  VAKKO

アジア側のバクダット通りにあるトルコの高級ブランド「ヴァッコ」の店。本店はヨーロッパ側のイスティックラル通りにあるものの、こちらは車の通行が禁止されて以来、さびれてしまった様子。このバクダット通りにある「ヴァッコ」はその店構えといい、遥かに高級そうな感じです。

右の写真、ベンツの脇に立っている人が見えますが、多分、買い物に来ている人の運転手さんなのでしょう、所在なげにボンヤリと立っていました。イスタンブールのお金持ちは歩いて買い物をしないどころか、車の運転もしないようです。

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5月15日 (土)  バクダッド通り

イスタンブールは、新しく開けたアジア側の方がヨーロッパ側よりモダンな街並みになっています。中でもバクダッド通りは、洒落た雰囲気で「イスタンブールの表参道」なんて言っても良いかもしれません。一方通行の4車線に、歩道も広々としていて、散歩と高価なショッピングのいずれにも適しているんじゃないでしょうか。

左の写真、黄色と紺色の旗で横断幕が張ってありますが、あれは「フェネルバフチェ」というサッカーチームの旗なんですね。サッカーに余り感心がない上に少々鈍い私は、棚引く横断幕を目にしても直ぐには何のことやら飲み込めず、ちょっと考えてから、「そういえば、フェネルは優勝したんだな」と気がつきました。フェネルバフチェのスタジアムは、このバクダッド通りの先にあって、言わばここがホームタウン。優勝を決めた当日は、さぞかし大変な騒ぎであったに違いありません。

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5月16日 (日)  スィミット屋

【78】イスタンブールの娼婦たちと20ドルもする高価な本
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00078.html

という新聞記事の中で、トルコ通のロシア人が「『トルコ風サンドイッチ』といって世界に売り出したら良い、受けると思う」と激賞していた「スィミット屋」がこれです。

ここ2年ぐらいの間に同じような構えの店が急に増えました。写真右のセットで100万リラ(80〜90円ぐらい)と、チェーン展開しているファーストフードの中では格安の部類でしょう。しかし、どの店も人通りの多い絶好なロケーションで営業しているところを見ると、かなり大きな資本によるのではないかと思われます。このチェーン店が登場するまで、スィミットと言えば、屋台で売られている粗末な間食に過ぎませんでした。それが少し工夫を凝らすことによって流行りのファーストフードに生まれ変わったようです。

マクドナルドやバーガーキングも至る所にありますが、トルコの物価からすれば、ファーストフードとは言い難いでしょう。それに比べてスィミット屋は、値段も手ごろで、若者たちが気軽に立ち寄れる本物のファーストフードに違いありません。しかし、トルコでこうやって大々的に薄利多売を仕掛けているところはまだまだ少ないような気もします。

また、トルコの場合、英語力も要求されるホテル等を除き、飲食のサービスは男の仕事と見なされているようですが、こういったファーストフード店では働く女性の姿も目立ってきました。

ところで、「トルコのマクドナルドには、敬虔なムスリム女性の従業員も多い」という話があります。

トルコ人の友人から聞いただけで何処まで本当か解りませんが、マクドナルドは企業として健全なイメージもあり、安心して働けるとか、帽子の着用が許されているというか義務つけられているから、それである程度は髪を隠すことができる、という理由が考えられるそうです。

トルコのマクドナルドで、帽子のツバを後ろに回して被っている女の子は、別に格好つけているわけじゃなくて、これで髪を隠そうとしている場合が多いのだとか。友人からこの話を教えてもらったのは、断食月の日没頃、一緒にマクドナルドへ行った時でしたが、「ほら、あの娘、さっきから時計を気にしているだろ。そろそろ断食明けで交替の時間なんだよ」と耳打ちしてくれました。

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5月17日 (月)  何とかフライデーズ

バクダッド通りにある「・・・フライデーズ」という恐らくはアメリカが本拠地と思われるレストランチェーン。日本や韓国にも進出しています。

いつだったか、ソウルでこの「・・・フライデーズ」に入ったら、メニューにトルコサンド(韓国語ではトーキセンドゥ)というのがあったので嬉しくなってこれを注文したところ、出て来たのは何の変哲もない「鶏肉のようなものが挟まれたサンドイッチ」。ウェートレスのお姉さんに「これの何処がトルコなの?」って訊いたら、お姉さん、ちょっと馬鹿にしたような感じで「トルコって七面鳥のことですよ」。日本だったら、こういう場合は「ターキーサンド」になるだろうから、つまらない勘違いもおこさないで済むのだろうけれど、韓国語ではそういう区別がないんですよね。

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5月19日 (水)  路上の即席バンド

写真はイスタンブールの高級ショッピング街ニシャンタシュの路上で撮ったものです。この2人組み、前に金を入れる箱を置いて演奏しています。

「君たちはロマ(ジプシー)なのか?」と声をかけたところ、「そうだ」と答えたので、「ロマ語知ってる?」と訊いたら、「ロマだけど、100%のロマじゃないから言葉は殆ど解らない」と言ってました。

先月、ギリシャへ出掛けた時、アレクサンドロポリスからコモティニへ向かうバスの中で、同じような風体の若者を4人ほど見かけ、何語を話しているのか耳を欹てると、それはギリシャ語でもロマ語でもなく、紛れもないトルコ語でした。

「トルコ語解るんですよね?」と声をかけたら、「僕らはトルコ人だけれど、あなたは何でトルコ語知っているんですか?」と言われて、とても「ロマですか?」なんて訊けるような雰囲気じゃありません。

コモティニに着いてから、そこで話す機会を得たトルコ人にそれとなく訊いてみると、「ギリシャにいるジプシーの人たちは殆どの場合ムスリムであり、トルコ人ということになっています。ジプシーがギリシャ人として認められることはないし、正教にも受け入れてもらえません。それで彼らは我々ムスリム・トルコ人社会の一員となっているのです」と説明してくれました。

イスタンブールに戻ってから、この辺りのことを確認して見ようと少し調べてみたけれど、はっきりしたことは解らずじまい。ジプシー協会という組織もあるようですが、連絡先等を見つけることはできませんでした。

先日も、トルコ人の知り合いと雑談中にこの話題を持ち出してみたところ、彼はアテネへ旅行した際、路上で花を売っているジプシーの少女がトルコ語を知っていたことに驚かされたそうです。

そして、イスタンブールのジプシーについては、次のように語っていました。「彼らと友人になれるかどうかは解らない。好意をもつことさえ難しいかもしれない。けれども、彼らは音楽を初めとする様々な文化を我々に与えてくれた。イスタンブールの趣に色を添える大切な要素の一つなんだと思う」。

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5月22日 (土)  セブンイレブン

24時間営業のセブンイレブン、イスタンブールにもありました。しかし、店舗の数も少ないし、余り良く知られた存在とは言えないでしょう。10年ぐらい前からあったのではないかと思いますが、以来それほど増えなかったようです。友人に「セブンイレブン知っているよね?」と訊いたら、「あの24時間営業という店でしょう? セブンイレブンでいいのかな? 一般的には何と呼ばれているんだろう?」とセブンイレブンの人が聞いたらがっかりしそうな返事。友人は英語がかなり出来るから、『セブンイレブン』でピンと来るだろうけれど、英語の全く解らない人があの看板見たら、「7エレベン? 何のこっちゃ?」と首を傾げるかもしれません。友人も「ところで、あれは何でセブンイレブンなの?」なんて言ってました。

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5月27日 (木)  イスタンブールの電車

イスタンブールの市内と郊外を結ぶ電車。これはアジア側のハイダルパシャ駅を起点とするもので、ヨーロッパ側にもシルケジ駅を起点にして同様の電車が走っています。いずれも酷く老朽化しており、この二つの路線を新たに整備した上、ボスポラス海峡に海底トンネルを通して一つに繋げてしまおうというプロジェクトが、日本の企業を中心にしていよいよ進められることになりました。

さて、現在の電車ですが、車体や施設の老朽化もさることながら、利用者の便宜なども殆ど図られていません。各駅には駅名を記した表示板がホームの端にポツンとあるだけなのに、車内放送などは全くないから、周囲の状況が良く解っていなければ、降りる駅を見定めることも難しい有様です。

私はこの電車に乗ったら、まず車内に貼られている駅名表示板を見ながら降りる駅を確認。それから、その駅が遠い場合には、通過すれば必ず解る大きな駅を目印にして、そこから何番目であるのかを数えることにしています。ところが、いつだったか、ヨーロッパ側のジャンクルタラン駅から乗って、車内の駅名表示板を確認しようとしたら、これがその車両には何処を見ても貼られていません。車両は一つ一つ孤立していて、走行中は他の車両に移ることもできないから、次の駅で降りると、トコトコ走って他の車両に乗り直し、ヤレヤレと思いながら車内を見回せば、駅名表示板はこの車両にも無し。また、次の駅で降りて乗り直したら、ここにも無し。「これはヤバイことになったぞ」と少々あせりを感じて、四たび乗り直した末、やっと表示板を見つけることができました。

先日もアジア側のスワディエという駅まで出掛けたのですが、この一つ手前のエレンキョイという駅は、昔毎日のように利用していたことがあったから、「まあ、エレンキョイまで来れば、駅の様子を見ても解るだろう」と高をくくって、のんびりしていたところ、いつまでたってもエレンキョイが現れないことにちょっと不安を感じ、停車中の駅の様子を眺めながら周囲の人へ「ここは何処でしょう?」と訊いたら、「スワディエ」という答え。ドアが締まる寸前に辛うじて外へ飛び出し、ホッと一息ついて思わず辺りを見渡してしまいました。

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