Diary 2004. 12
メニューに戻る
12月3日 (金)  床屋

10月、未だ引越して間も無い頃、近所を歩いていると、何処かで見たような青年とすれ違い、「この辺に知り合いはいないはずだが?」と考えていたところ、その青年と次に床屋の前で出くわして、「そうだ、前住んでいた街の床屋の兄貴じゃないか!」と思い出したのです。奇しくも、時を同じくして、同じ街へ引越して来たわけで、これには向こうも驚いたに違いありません。

この床屋の兄貴については、5月21日の掲示板に書き込んであったので、それを以下に貼付けますが、先日、この兄貴にまた頭を刈ってもらいました。相変わらず手はおそいような気もするけれど、丁寧に一生懸命仕事しているので、また通わせてもらいましょう。

****

床屋で髪を刈ってきました。床屋に行くのは1〜2ヵ月に一度ぐらいじゃないかと思いますが、行ったらいつもバリカンで五分刈りにさせるだけです。日本ではせめて角刈りぐらいにしていたけれど、クズルック村の床屋で見習の小僧さんに角刈りにさせようとしたら、左右の長さがなかなか合わず、調整に調整を重ねた末、結局五分刈りになってしまい、以来面倒くさいので、何処の床屋へ行っても、「長めのバリカンでやってくれ」と一言で済ませるようにしました。

で、トルコの場合、そう頼めば、「はいよ」と直ぐに取りかかってくれたんですが、昨年の日本滞在中、高田馬場近くの格安床屋で同じように頼んだところ、「度数を何度にすると、これぐらいの長さですが、どうしましょう?」と度数を決めるまでがなかなか面倒くさかった上、バリカンを手に持って始めたかと思ったら、もみあげの所だけちょこっと刈って、「こんなんで良いでしょうか?」。まーず日本は、頭刈らせるだけでも、こんなに大変な国だったのか、とトルコを懐かしく感じたものでした。

しかし、この2ヶ月ほど前に行った近所の床屋の親爺は、バリカン度数選定手続きに日本並みの厳格さを見せてくれました。ただ、度数が決まってからは早く、あっという間に済ませてくれたので、今回も同じ床屋に行って見たところ、親爺さんには先客がいて、見習風兄貴が私のところに。

親爺さんに、「覚えている? バリカン何度だっけ?」と声をかけたら、ちゃんと覚えてくれていて、「この人には、4度のバリカンで・・・」と兄貴へ的確な指示。ところが、この兄貴、バリカンを使ったことは余りないのか、刃を取り換えるだけでも偉くもたついた様子です。『やれやれ、バリカンで正解だ。こんな兄貴に鋏使わせたら危なかしくてしょうがない』と思ってホッとしながら、バリカンを手にした兄貴を見ると、もう片方の手に櫛を持って、バリカンを当てる所に櫛を添えようとします。『おいおい、櫛持ってどうするんだ。櫛は下ろせよ。櫛の歯かけちゃうぞ』と不安を感じて、兄貴の挙動を見守っていたんですが、やっと櫛を離して刈り始めても、とにかく呆れるほど手際が遅い。ちょっと刈っては、櫛で髪を撫で付けようとするけれど、何でそんなことするのか全く解りません。

だいたい、バリカンで刈らせる場合の最大メリットは早く済むということ。あの椅子にボンヤリ座っている時間をなるだけ短くしようというのが狙いなわけです。それが、この兄貴は、『日本で腕の良い理容師さんだったら、鋏使ってももっと早いんじゃないか?』と思えるほど遅かった。本当にイライラさせられました。

20041203-1.jpg



12月7日 (火)  

柿は、トルコでも栽培されているようで、フルマと言われていますが、フルマとは本来ナツメヤシのこと。こちらの方は、干したものがラマダンのイフタル(断食明けの夕食)に欠かせない味覚となっていて、その多くがアラビア半島や北アフリカからの輸入品です。

さて、写真の柿なんですが、これは渋柿であるため、このぐらいに熟していないと渋くて美味しく食べられません。しかし、熟す前から何のことわりも無く売られているので、買って来てしまってから渋いのを我慢して食べたこともあります。殆どが渋柿だから、ことわる必要もないということのようだけれど、渋くないものを食べた記憶もあり、全てが渋柿というわけではないはずです。干し柿にしたら良さそうなものの、未だトルコで干し柿を見たことはありません。

20041207-1.jpg 20041207-2.jpg



12月8日 (水)  ナツメヤシ

これはスーパーの特売品で産地が何処であるのか解りませんが、市場ではアラビア半島や北アフリカの地名が明記され、それぞれ色や大きさも異なり値段にも差があります。味はいずれも非常に甘く、干し柿にちょっと似ているかもしれません。ナツメヤシはトルコの南東部でも僅かながら栽培され、産地では干さずに生のまま食べることもあるそうです。

20041208-1.jpg



12月14日 (火)  この寒空でも外で乾杯

本当は、夜ここで人々が杯をあげている光景を撮りたかったのですが、安物のデジカメでは真っ暗にしか写りません。前の晩に通った時は、その寒さにも拘らず、外のテーブルで盛大な宴が繰り広げられていました。

日本だったら、こんな陽気に外で飲むのであれば、熱燗といきたいところでしょうけれど、ここではビールかラクという蒸留酒が主流。ビールはもちろんのこと、ラクも氷水で割って飲むわけで、よく寒くないものだと感心したくなります。

燗をつける習慣は中国にもあるようですが、例えば88年当時の韓国で、燗をつけたりお湯割りにして飲んでいるのは見たことがありません。真冬の屋台でも、焼酎を生のままガッとやっていました。但し韓国の場合、美味しい鍋物があったりして体を芯から暖めることができたものの、トルコには体を暖めるような料理も殆どなく、とにかくガンガン飲むか熱い会話でも交わすより、寒さをしのぐすべはなさそうです。

イスタンブールのスーパーで、「温めて飲むワイン」というのが売られているのを見たこともありますが、余り一般的なものとも思えません。日本では、ウイスキーのお湯割りも珍しくないけれど、酒を温めたり、お湯で割ったりして飲む習慣は欧米にも広く見られるものなんでしょうか? 

20041214-1.jpg



12月15日 (水)  エレキ・サズ

左の写真、サズというトルコの伝統楽器なんですが、一番左に見えるものはエレキギターのような仕組みになっています。右の写真は、その「エレキサズ」とでもいうべき楽器の演奏風景です。

20041215-1.jpg 20041215-2.jpg



12月16日 (木)  安い・美味い・早い

近くにある大衆食堂。トルコでロカンタと呼ばれる類の食堂は、高級店であっても同様に、料理を陳列ケースの中で湯煎にしながら客の来店を待ち受けているので、注文すれば直ぐに出てきます。右の写真は、トュルルという「野菜の煮込み」と「隠元豆付きのピラフ」。これで二百万リラだから、日本円にすれば160円ぐらいでしょうか。イスタンブールでは最も安い部類の食堂じゃないかと思います。客層は労働者風の人たちが殆どですが、歓楽街に近いこともあって、この日は後ろの席にオカマさんが座っていました。

写真の二人は、伯父甥の間柄であり、親族で経営に当たっているとのこと。黒海地方のリゼを郷里とするラズ人だそうで、内輪の会話にはラズ語を使っています。

20041216-1.jpg 20041216-2.jpg



12月17日 (金)  英国のイスタンブール総領事館

昨年の11月、自爆テロの攻撃を受け、総領事のショート氏が亡くなるという悲劇に見まわれた英国総領事館ですが、改装工事も終り、チャールズ皇太子も参列した式典を経て、同建物による業務を再開したようです。屋上にはユニオンジャックが燦然と翻っていました。

「燦然」と翻っていたように思えるのは、12月16日付けのミリエト紙で、亡くなったショート氏の夫人が今もイスタンブールに留まっているという記事を読んだからでしょう。

「一人で夫のいない英国の家へ帰りたくはなかった」「事件の後、トルコの人達に暖かくされて離れがたくなった」「今のトルコが好きだから、EUへ加盟しても、その貴重なものが失われないことを祈る」というように語っているけれど、ビクトリア夫人は事件の際、買い物に行った領事館前の商店で茶を薦められ、これで戻るのが遅れた為に助かったと聞いています。領事夫人がそんなところでお茶を飲んでいたというのも特筆すべき話ですが、当然、爆発の模様もつぶさに目撃したはずでしょう。その気丈さには驚くばかりです。何やら大英帝国の気魄のようなものを感じてしまいました。

20041217-1.jpg



12月18日 (土)  おもちゃ屋さんの店先

日本ほどではありませんが、トルコでもクリスマスは、宗教上の意味合いは別として(そもそも国民の99%がムスリムです)、商戦に巧く利用されているような感じ。クリスマスにプレゼントを贈る人たちも増えているそうです。

20041218-1.jpg



12月19日 (日)  喫茶洋菓子の老舗マルキズ

まずは、1895年に、フランス人がレボンという洋菓子店を開業。1940年にレボンが移転した後、ギリシャ人(トルコ国籍)のアヴェディス・チャクル氏が買い取って、店の名をマルキズと改めました。往時は一流の文学者や知識人が集う場所となり、ネクタイ着用の正装でなければ入店できなかったそうです。その後、1980年に一旦閉店されたものの、2003年の暮れに復活。同じ建物に入っている他の商店は、モダンな装いに改まりましたが、マルキズは、レトロな雰囲気を保っています。

写真右の壁画は、丈が3mほどもありそうな大きさで、1920年にフランスから取り寄せたものであるとか。当初は、四つの壁画による「春夏秋冬の女性像」となるはずだったところ、輸送中に夏冬が破損。写真の春と秋のみが飾られたということです。

20041219-1.jpg 20041219-2.jpg 20041219-3.jpg



12月20日 (月)  マルキズの名菓シュトーレン

マルキズは装いも洒落ていますが、値段もそれなりだったので、お茶だけにするつもりだったけれど、このシュトーレンという名のドイツ菓子に興味を覚え、ちょっと奮発してしまいました。これと殆ど同じ菓子が、浅草の老舗「アンヂェラス」(こちらはぐっと庶民的ですが)でも売られていたんじゃなかったかと思います。何処にでもあるものかもしれませんが、「アンヂェラス」にあったのを妙に覚えていて、なんだか懐かしい感じがしたのです。

20041220-1.jpg



| 1 | 2 |