Diary 2004. 11
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11月1日 (月)  ガラタ塔

ガラタ塔の周辺には、趣のある古い建物が多く、かつての栄華を偲ばせますが、現在はすっかり庶民的な街になってしまい、洒落た造りの建物も殆どが朽ち果てた状態のままほったらかしにされています。

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11月2日 (火)  優良物件の御紹介

この建物もガラタ塔の直ぐ近くにあって、5年ほど前に偶然見つけた時は、周囲の建物と同じように、塗装も剥げ落ち、朽ち果てた状態になっていました。しかし、中庭に入って見ると、その先にはマルマラ海が望まれ、バルコニーで本を読む青年の姿も見られたりして、なかなかの雰囲気。「こりゃ昔は相当な高級マンションだったろうなあ」と思いながらも、その時の状態を見て、「家賃もそれほどではなく、500ドルぐらいかもしれない」などと値踏み。「いつか金回りが少し良くなったら、また来て見よう」と目をつけて置いたものの、その後、ひとつも金回りは良くならなかったから、もうすっかり忘れていました。

ところが、先日、新聞で「ガラタ塔近くの古い建物を企業が買い取って大改装」という記事を読み、「もしや、あの建物では?」と様子を見に来たら、案の定、見違えるほど綺麗になっていて、入口の脇の部屋には、身だしなみの良い管理人さんまで待機しています。恐る恐るというか、もう殆ど諦めの気持ちで家賃を尋ねてみたところ、「1600ドル」という答え。これじゃあ、少しじゃなくて、相当に金回りが良くならないといけません。私には全く縁遠いものになってしまいました。

管理人さんの話では、この建物、1860年(!)に建てられ、当初はドイツ領事館として使われたそうです。

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11月3日 (水)  陸でも頑張るサバ・サンド

10月14日の本欄では、なんだかしょんぼりしていたサバ・サンド屋さんですが、先週通りかかったら、御覧のように陸でもモウモウと煙をあげてサバを焼き始めていました。以前から夜になると、こういった形で営業していたけれど、今や昼から3箇所にわたって屋台を展開しています。おじさんに、「舟は?」と訊いたら、「近々復活するよ!」と威勢の良いところを見せてくれました。お客さんの姿が少ないように見えるかもしれませんが、なにしろラマダンの最中ですから、これぐらいでも上出来でしょう。

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11月4日 (木)  エユップ・スルタン・モスク

このモスクには、7世紀の人である聖者エユップの霊廟があり、引きも切らず信者たちが参拝に訪れます。但し、イスラムの聖者であるエユップの墓の所在が明らかになったのは、15世紀、オスマン朝のメフメット2世によりコンスタンティノープルが陥落した後のことであり、モスクもメフメット2世時代の創建だそうです。

右の写真は、モスクの前に設けられた簡易食堂で日没後に振舞われる食事の為に並んでいる人たちの様子。とにかく凄い混雑でした。また、このモスクを訪れる人たちの中に、敬虔な女性信者が多いことについては、何か謂れを聞いたような気もするけれど、ちょっと思い出せません。

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11月5日 (金)  境内の売店

エユップ・スルタン・モスクの境内に並ぶ売店。これは、ラマダンの期間に限らない常設のもので、主にスカーフや数珠、コーラン、バラの香水といったイスラム教にまつわる品々が売られています。

右の写真を見ると、「コーラン、50%値下げ」なんて書かれています。もちろん、聖典はその内容が大切なのであって、半額セールで有り難さが半減することもないでしょうけれど、余りにもストレートな表現なんでびっくりしました。

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11月6日 (土)  ピエール・ロティのカフェ

エユップ・スルタン・モスクの先には、一帯が墓地となっている丘があり、登りきったところは御覧のようなカフェテラスになっています。フランスの作家ピエール・ロティが足繁く通ったというこのカフェ、金角湾を見下ろす眺望は確かに値打ちもんでしょう。ラマダン中ですが、スカーフを被った女性も、連れ合いと一緒にお茶を飲んでました。断食の中断には、もちろん健康上などの正当な理由も考えられるけれど、この景色に免じてというのは無しでしょうか?

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11月7日 (日)  ロシア教会

メルハバ通信「ロシア教会」
http://www.neo-pro.jp/makoto/merhaba/003.html#140

イスタンブールはカラキョイにあるロシア正教の教会。右の写真は、向かいの建物の屋上にある別のロシア教会を撮ったもので、周辺には同様の屋上ロシア教会がもう一つありますが、毎日曜ミサを行っているのは、この教会だけのようです。

真中の写真は、今新たに描かれているイコンの一部。モスクワから招かれた老画家が筆を揮っており、ゆくゆくは天井もイコンで覆い尽くすことになると説明してくれました。

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11月8日 (月)  続・ロシア教会

メルハバ通信「ロシア教会」
http://www.neo-pro.jp/makoto/merhaba/003.html#140

ロシア教会でミサが終わった後、お茶を飲みながら寛いでいる様子です。左の写真の人たちは皆モルドバからやってきたガガウズ・トルコ人。とても流暢にトルコ語を話します。

さて、右の写真ですが、こちらは、一番左の青年を除いて皆ロシア人。青年はモルドバから来たそうで、トルコ語も話せるけれど、ガガウズ人ではないと言い、「僕の家族は完全なミックスで、もう何人なのか解らないよ」と笑っていました。右端の老人は教会のイコンを描いている画家。左から二番目の人はトルコ語を殆ど知らないようでしたが、「キタップ(トルコ語で本のこと)、キタップ」と言って本を読む仕草をしながら、「セイショウナゴン」なんて言います。「枕草子」でも読んだことがあるのでしょう。これには驚きました。

かなり色の黒い初老の男性もいたんですが、プーシキンの曽祖父はエチオピアからイスタンブールを経由してロシアへ売られて来た黒人奴隷だったという話を読んだこともあったから、「この人もロシア人だったら凄いよな」と思いながら尋ねて見たところ、エチオピア人であり、トルコ語は話せるもののロシア語は解らないとのこと。正教徒であると言ってましたが、エチオピアの正教はロシア正教と同じ系統なんでしょうか? 例えば、アルメニア教会の場合、オーソドックス(正教)という言い方をしていますが、非カルケドン派といってロシア正教とは教義を異にする為、アルメニア人がこの教会を訪れることはないようです。

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11月22日 (月)  ピクルスの専門店

近所にあるピクルスの専門店。店内で食べることもできるようになっていて、コップの中にキュウリやキャベツのピクルスを入れ、漬け酢を満たしてくれます。もちろん、食べる時は酢も残らず飲み干してしまうわけです。

右の写真に見えるのは、キャベツで色々な野菜を巻いたピクルス。茄子やピーマンの中に詰め込んだものも見えます。韓国のキムチにも色んなものを包んだポッサムキムチというのがあって、なんだかこれを思い出してしまいました。このポッサムキムチが、またとてつもなく美味いんですよね。トルコ語では、ピクルスをトュルシュというのですが、キムチのことはコレ・トュルシュスと言ってます。

真中の写真には、ずらっと並んだピクルスの瓶が見えるけれど、これは売り物じゃなくて飾りなんだそうです。中身はもちろん本物。これだけ作るのも大変だったでしょう。なんだかもったいないような気がします。

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