Diary 2003. 9
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9月1日 (月)  パリ世界陸上でトルコ人選手が活躍

昨日、パリで閉幕した世界陸上。トルコでは、女子の1500mで銀メダルを獲得したスレイヤ・アイハン選手の話題で持ちきりでした。欧州大会1位の実績がある彼女は、過去の記録からみても金メダル確実と言われ、走る前から各メディアが連日のように大騒ぎ。ファイナル当日にはエルドアン首相が応援の為にパリへ飛んだほどです。メダルはおろか、これまでファイナルに出場した選手すらいなかったトルコとしては、これぐらい騒いでも騒ぎ過ぎではなかったのかもしれません。

しかし、レースの結果は、最終コーナーを回るまで2位以下を大きく引き離してトップに立っていたものの、ゴール寸前で、追い上げて来たロシア人選手に抜かれて2位。彼女は、過去のレースでも殆どが最初からトップに出てそのまま独走するパターンだったらしく、今回はファイナルに3選手を送り込んできたロシア勢が駆け引きをみせ、8位に終わった選手が途中で彼女を抜き去って揺さぶりをかけると、直ぐにピッチをあげて抜き返し、結局はペースを乱してしまったようです。

彼女自身、なんともやりきれない結末に酷く落胆したはずですが、レース直後のインタビューでは、未だ大きく息をはずませながらも笑顔で答えています。ベストを尽くしたから2位でも満足しているし皆さんも喜んで下さい、というようにコメントしていました。

このアイハン選手、レースともなれば、露出度の高い、まるで水着のようなスタイルで疾走しますが、内部アナトリアの保守的な農村の出身で、お母さんはしっかりスカーフを被っています。レース後のインタビューでは、彼女も、「クスメット(宿命)」というイスラム的な言葉を使ったり「インシャラー(神がお望みならば)」を連発して、信仰心の高そうなところを見せていました。

アイハン選手がパリへ出発する前日、ザマン紙では一面に、トレーナー姿でトルコの国旗を広げてポーズを取る彼女の写真が掲載され、「当紙だけに胸の内を語ってくれた」などと謳われていたのですが、そこは如何せんイスラム色の強いザマン紙。彼女のことを「民族の誇り」「我らの英雄」などと書きたてながらも、水着同然の姿は困るということなのか、レースに出場している彼女の写真は、全て胸から上だけ。しかし、かつては顔だけしか写っていなかったような気もしますから、最近になって、少しは規制が緩んできているようです。限界線が臍まで、さらにその下まで降りるのはいつになることでしょうか。

とはいえ、一部大衆紙のように、露出度の高い写真ばかりを大きく一面で取り上げるのもどうかと思います。また、保守的な農村からアイハン選手のような若い世代が育ってきていることも注目すべきでしょう。

アイハン選手は、まだまだ記録を伸ばすはずです。本人も語っているように来年のオリンピックで金メダルを獲得する可能性もあります。その頃には、ザマン紙も限界線をもう少し下へ伸ばしているかもしれません。


9月3日 (水)  トルコでも読書の秋

昨日から、日本へ行っていたこともあって中断していたトルコ語小説の読書を再開しました。半年以上も中断していたのではないかと思うのですが、辞書を引き引きゆっくり読んでいたこともあって大筋は覚えており、中断した個所からそのまま読み始めています。日本語の本であれば、余り長い期間中断した場合、最初から読み直す羽目になってしまうところですが、昨日読み始めた時に、その場面を直ぐに思い出すことが出来て不思議な感じがしました。

日本からは、日本語の本ばかりでなく、6月にソウルで購入してきた韓国語の本も大量に持ち帰っており、いつになったら全てに目を通すことができるものやら、気が遠くなるような感じです。今、机の上には、福沢諭吉の「文明論之概略」が置かれていて、これも昨日、冒頭の緒言だけを読んでみたのですが、読み終わるのはいつになることでしょうか。

「文明論之概略」と「学問のすすめ」は、随分前に小林秀雄の「考えるヒント」に収められている「福沢諭吉」を読んで以来、いつか読んで見ようと思っていました。

「福沢諭吉」には、最後のところに「『士道』は『私立』の外を犯したが、『民主主義』は『私立』の内を腐らせる。福沢は、この事に気付いていた日本最初の思想家である。」と書かれて、私はこれに興味を抱いたのですが、はっきり申し上げて、その意味が良く解っているわけではありません。それでも、「トルコには、そういう思想家がいなかったのだろうなあ」などと勝手なことを考えていました。とりあえず、「文明論之概略」を読み、それから「学問すすめ」まで読めば、小林秀雄の言わんとするところが、少しは解るかもしれません。少しずつ何でも勉強しなければと思っています。