【248】原子力発電所について知ろう【ヒュリエト紙】【2011.03.23】

3月22日付けのヒュリエト紙より、ギラ・ベンマヨル氏のコラムを訳してみました。

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福島の災害により、この数日間議論になっているアックユの原子力発電所については、知られていないことの方が、知られていることよりも多い。

ロシアが建設する原子炉の特徴は何なのか? 以前、同じテクノロジーはどの国で使われたのか? そして、如何なる結果を得たのか?

こういった疑問は、私たちを非常に悩ませているにも拘わらず、責任のある人たちが誰一人として、満足の行く回答を明らかにしていない。

今年は、アーヘン大学のエネルギー研究センターで、研究活動を続けているボスポラス大学のギュルカン・クムバルオウル教授は、災害の直後に、以下のようなメールを送って来た。

「アックユで計画されている原子力発電所のテクノロジーに関して、いくつかの例を世論に公表しても、役に立つとは思わない・・・」

クムバルオウルによれば、アックユに建設される原子力発電所“VVR-1200”は、ロシアにおける新しいテクノロジーの第3世代の例であると言う。

同じテクノロジーの第1世代の例は、世界で最も危険な原子力発電所の一つと言われ、トルコの国境から僅か16km先にあるアルメニアのメツァモル原子力発電所だ。

ドイツでは、東西統一の際、そのテクノロジーによって建設された東ドイツの各原子力発電所を直ぐに閉鎖している。

旧共産圏では、同じテクノロジーによって計画された多くの発電所が建設を中止した。

アックユで計画されている第3世代VVR原子炉の類似型は、現在、ブルガリアとチェコに存在している。クムバルオウルは、これを注視して、私たちにも関わりがある情報を伝えてくれた。

ブルガリアのベレネも地震地域に位置しているため、トルコにとっては良い例と言える。

ベレネでは、1987年に原子力発電所の建設が始まった。しかし、経済的な困難と民衆の反発により、建設は40%ほど進んだ1990年に中断された。その後、ブルガリアは、2006年、ロシアとプロジェクトの続行を決定している。

2008年には、ドイツのRWE社が49%で参画した。ところが、2009年の4月、この地方が5.3の地震に見舞われると、RWE社は、発電所の安全性に関して、地震の調査を行うと明らかにした。そして、調査が完了する前に、RWE社は巨額の損失も顧みず、ベレネから撤退した。

クムバルオウルが明らかにしたところによると、ベレネのプロジェクトは、進展が見られないまま停止している。1987年に建設が始まったことを考えてもらいたい。以来、何年も経っているのに、未だに稼働していないのである。

エネルギー省のタネル・ユルドゥズ大臣は、ロシアにベレネの末路を問質しているだろうか?

チェコ共和国で、同じテクノロジーを使っているテメリンの例も衝撃的だ。テメリンには、アックユで使われる同じ第3世代のVVR型ロシア原子炉が二つある。一方は2000年の12月に、もう一方は、2002年の12月に稼働を開始した。

テメリン原子力発電所は、2004年、3000リットルの放射性冷却水が漏れたことで話題になる。漏出に関する調査の結果、この新しい原子力発電所では、2002年〜2004年にかけて、64回も“緊急停止”の事態が発生していたと明らかにされたのだ。

同例の状況はこの有様である。これでは、第3世代ロシア・テクノロジーの安全性を誰が保証できるのか?

「原子力発電所の最も良いモデルを作ります」と言う政治家たちは、将来そのポジションにいないだろう。

2万人以上の人が亡くなり、多くの人たちが放射能に晒される事態を招いた福島大災害の責任を、どの日本の政治家が取れるのか?

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原文
http://hurarsiv.hurriyet.com.tr/goster/haber.aspx?id=17341178&yazarid=20&tarih=2011-03-22

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