【244】エジプトの変革【ミリエト紙】【2011.02.01】

2月1日付けのミリエト紙より、ヌライ・メルト氏のコラム。

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チュニジアは、私たちが余り関心を持っていない国だからともかくとして、トルコにとって中東で最も重要な国であるエジプトの出来事に関する“理解のレベル”には、私も驚いている。“私も”である。何故なら、私は長年に亘って、中東に対する私たちの関心が低いことを嘆いてきたからだ。

エジプトの出来事は、「民衆が革命を起こす」とか、「ムバラクはどのくらい持つか?」、あるいは「ムスリム同胞団が政権を取るのか?」といった中身のない解説や問いによって、理解できるものではない。

まず、誰もがどういうわけか、ニュースを見ながら簡単に解り得る“ある現象”を重視していない。テレビに映し出された群衆を見れば、その中に占める割合や掲げられたスローガンの点から言って、エジプトにおける最も強力で組織された対抗勢力であるムスリム同胞団が、前面に出ようとしていないことが解る。

これに充分注意しないまま、事態の展開を理解することは不可能である。同胞団の慎重な態度の原因は、一部の人たちが考えているように、コプト教徒の存在でもない。エジプトにおける、異なる宗派の存在を超えた、様々な生活様式や思考方式の多様さが、同胞団をして、この国の統治へ名乗りを上げるのを躊躇わせているのは疑いないだろう。

しかし、同胞団の懸念は、これ以外にもあるはずだ。エジプトは、地域的にも、世界的秩序の点から言っても、戦略的に重要な国である。このような国が、欧米を中心とした世界秩序から外されてしまえば、代償が高くつく混乱を招いてしまう。同胞団は、これを勘案して、慎重に構えていると思われる。

現状において、守旧派が重きを増している同胞団では、“穏健路線”へそれほど柔軟に対応できないため、前面に出た場合、ラディカルな転換を請け負ってしまうことになる。アメリカから得ている経済的な援助の重要性もさることながら、欧米が単にスエズとイスラエルに関する疑念の対価を支払うことさえ、これほど難しい所で、同胞団の慎重な態度は、非常に納得が行くものだ。

変革の代表権が、国の内外でより広い連帯を持っているエルバラダイに与えられるのは、この点から言って、かなり合理性がある。エルバラダイと同胞団の連帯も理解不能なものではない。エジプトでも、中東の各地で見られるように、イスラム主義者へ政権のパイを与えない政府は、既に存立し得ないだろう。

ここで問題なのは、政権の分配におけるバランスが、中東の各国でどのようになり、それが如何なる結果を生むかである。この点において、イスラム圏で唯一の政教分離国家であるトルコとの比較を行うのは、あまり健全とはいえない。

特に、この5年ぐらいの間、穏健な路線を歩み始めたといって、トルコにおけるAKPの経過と同一視するのは間違いである。同胞団は武力闘争の放棄を宣言したが、“イスラム法による国家”については以前と同じように考えている。しかも、上述したように、同胞団の中では、穏健派ではなく、守旧派が勢力を強めているのである。

先日、チュニジアで熱烈な歓迎を受けた穏健なイスラム主義者ラシード・ガヌーシの思想でさえ、トルコのAKPの政治と比較することには余り意味がないだろう。

最後に、トルコの保守的な論客の多くが主張しているように、欧米、特にアメリカの外交政策が、エジプトやチュニジアで、未だに“世俗的なエリートの政府”を支持しているということは無い。全く逆に、この国々で、イスラム主義者を政権のバランス内に組み込む改革が早く必要になっていることを、かなり前から解っていたし、この方向での展開を支持していたのである。数ヶ月前、“Demokrasi, Bon Pour L'Orient”という記事で、私はこれに言及した。

まずチュニジア、それからエジプトで起きた出来事は、もちろん、長い間の社会的・政治的な抑圧、そして衝突の結果として評価すべきである。しかし、“悪がついに敗北し、善が勝ったと仮想される革命”という熱狂にあまり捉われず、代わりに、その背後にあるものを注意深く見るべきだろう。

次に、やはり保守層がとても好んでいる“世俗的なエリートの権威的な体制に対するムスリム民衆の民主的な抵抗”という分析は、この国々の状況を、我々に充分伝えることが出来ない、過剰にイデオロギー的な解釈の結果である。

この国々の全てで、体制が左翼を弾圧するために、イスラム主義者たちと協力し合ったことを忘れてはならない。

注1:ナセルの運動とバース党の活動を混同している人たちがいる。これは各々似ているものの、それぞれ異なる運動である。しかも、バース党はシリアとイラクで異なる道を歩み、お互い敵対した。

注2:残念ながら、エジプトの出来事について、多角的に評価・分析するために適した本が全くトルコ語に翻訳されていない。この為、関心のある方たちへ、いくつか英語の本を以下に上げてみる。

まず始めに、
“B..K. Ruthherford, Egypt After Mubarak, Princeton University Press, 2008”

それほど重要ではないが、変化についての意見が述べられている点で、
“J.R. Bradley, Inside Egypt- The Land of Pharaohs on the Brink of a Revolution, Palgrave, 2008.”

もっとポピュラーに書かれているが、社会を理解する点で、以下の二冊をあげる。

“Galal Amin, Whatever Happened to the Egyptians?, The American University in Cairo Press, 2000 ”

“Sanna Negus, Hold on to Your Veil Fatima, Garnet Publishing, 2010.”

そして、エジプトと言えば、私がいつも伝えずにいられない本。これはトルコ語にも翻訳されている小説である。
“Alaa al-Aswani The Yacoubian Building”

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原文
http://www.milliyet.com.tr/misir-da-vekaleten-devrim-/nuray-mert/yasam/yazardetay/01.02.2011/1346689/default.htm


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