【234】トルコの外交軸はずれたのか?【ミリエト紙】【2010.06.13】

6月11日付けのミリエト紙より、タハ・アクヨル氏のコラムを訳してみました。

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世界の経済で、アメリカとカナダ、欧州が占める割合は、1990年代の60%から2009年に49%に落下した。経済危機がなければ、2015年にこのレベルまで落ちると考えられていたが、少し早まったようだ。

ブルームバーグの分析によれば、「G−20と呼ばれる中国、インド、ブラジル、トルコのような新興国が、世界経済の動向を決定付ける“富裕者クラブ”G−8の政治力を弱めている(Bloomberg.com)」。

経済と政治の力が多極化した世界で、新興国の一つであるトルコが、ダウトオール外相の言う“地域の安定を構築する国家”となる熱望は、私を興奮させるものだ。これはトルコへ展望とダイナミズムをもたらすビジョンである。

実際、トルコの輸出は10年で、200億から1000億ドルのレベルへ上昇した。また、輸出で欧州以外の国が占める割合は、欧州を8ポイント上回っている。輸出が最も増えた地域、つまり最も急速に広がった市場はイスラム世界である。これは誇り得る成功と言えよう。

しかし、ビジョンの正しさだけでは充分と言えない、過程でミスを犯してはならないだろう。国連安保理の表決で、トルコが“ノー”と言ったのは、失策だったと私は考えている。

トルコが中東に展開し、パレスチナを支持し、イランと良い関係を保つのは当然である。トルコは、東へ向かいながら、これに合った外交を発展させる。冷戦時代の一方的な“西側”向きの外交に代わり、多極化する世界に対応しなければならない。

しかし、私の不安はこの観察に基づくものだ。政府は西欧に対して、合理的な言葉を使っている。知性があり、計算された具体的な言葉である。ところが、東に向かった場合は、感情的な言葉を使う。怒り、興奮、時には涙まで・・・。

この感情が良質のものであることに疑いはない。私も同様の感情を懐いている。しかし、感情的になることが、トルコを消耗させ、道を踏み外させてしまうのではないかと心配するのである。

アメリカのネオコンとイスラエルのプロパガンダを見ると、トルコをハマスやイランと同じ家族写真の中で見せようと躍起になっている。AKPに対する“イスラムのファシスト”というのは、ネオコンのキャンペーンだった。

最近の事件に起因して、トルコがハマスやイランの味方であるかのように見えたり、見せられたりしている時に、国連安保理で“ノー”と言ったのは、このプロパガンダの材料を増やしてしまった。

とはいえ、“テヘラン協定”を無視するわけにはいかないので、棄権して理由を国連で発表すべきだった。アメリカと西欧の奨励によりテヘラン協定を成立させ、外交的な解決の道を開いた。そのため、制裁決議には“イエス”と言えない。また、トルコはNATOのメンバーであり、アメリカの“戦略的な同盟国”であるから“ノー”と言うこともできない。だから棄権したと・・・。

これは、トルコが着せられようとしている“イラン−ハマス”のイメージに対して、良い回答となるはずだった。しかし、残念ながら、“ノー”と言ったことにより、このイメージは色々な意味で強化されてしまうだろう。

世界のパワー・バランスが長期的に見て変わって行くとは言っても、西欧の重要性は失われない。ロシアは、“メドヴェージェフ・ドクトリン”により、既に西欧と歩みを共にすることが国益になると判断している。イランにミサイルと核技術を売ったにも拘わらず、制裁に“イエス”と言ったのである。

トルコにとって重要なファクターは、ロバート・ゲイツが言うように“サルコジ−メルケルの欧州”からトルコが除外されてしまうことだ。トルコの外交軸がずれたわけではないが、今、トルコの外交にはバランスの調整が不可欠になっている。

トルコは西欧から外れないという新たイメージを示さなければならない。欧州の偏狭な人たちも理性を取り戻すべきだろう。

グローバル化し多極化する世界で、トルコが東西の橋として強化されることは、年老いた欧州に活力をもたらし、東には平和と民主主義の価値を伝えながら、地球的な規模の使命となるかもしれない、いやなるべきである。

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原文
http://www.milliyet.com.tr/eksen-kaymasi-/taha-akyol/siyaset/yazardetayarsiv/13.06.2010/1249412/default.htm

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