【233】自主独立のトルコ?【ラディカル紙】【2010.06.12】

6月11日付けのラディカル紙より、ハールク・シャーヒン氏の記事を訳して見ました。

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トルコは国連安保理で、アメリカもロシアも中国も無視して“ノー”と言った。新聞の見出しには、もちろんこのニュースがある。

これを見ながら考えた。60年代から70年代にかけて、自主独立外交の為に闘った今は亡き左派の人々が甦ってこの見出しを見たら何を思うだろうか? 雑誌“ヨン”の支持者たち、“MDD(国民民主革命)”やその他の人々・・・。

「ついに夢がかなった。やっと真実の自主独立を達成した」と言うだろうか? それとも何か他のことを言うだろうか?

50年代のメンデレスの時代、このように自主独立などは主張できなかった。トルコの外交がアメリカへ従属していることを批判した者は、左翼として拘束された。

メンデレスがクーデターで倒された後、比較的、自由な時代になって、アメリカへの度を越した従属が批判され始め、“自主独立のトルコ”というスローガンが現れた。これは“アメリカに従属していないトルコ”と言う意味である。

その後、これがロシア(ソビエト)への従属になるかもしれないと考えた者たちは、「アメリカもロシアもない。自主独立のトルコ!」と叫び始めた。

中国を支持する毛沢東主義者が現れたことでスローガンは長くなった。「アメリカもロシアも中国もない。全てを自主独立のトルコの為に!」。

こう主張する者たちの多くは、ただ自主独立の原則からエンヴェル・ホッジャの支持者になる。つまりアルバニア型の政治を支持するようになった。あの“世界で最も原始的な共産制”に、イスタンブールではティラナより多くの支持者が見られたのである。

さて、先日の安保理の表決の後には、次のようなスローガンを提案できるかもしれない。
「アメリカもヨーロッパもロシアも中国もない。全てはムスリム同胞の為に!」。

ムスリム同胞というのは、もちろんアフマディーネジャードのイラン、そしてハーリド・マシャアルのハマスである。

実際、トルコの外交がこれほど自主独立的に動いたことは余りない。自主独立を全てに優先させた左派の人々が甦って昨日の新聞の見出しを見たら喜ぶだろう。

少なくとも一時の間喜んだのではないか。トルコが誰も気にせずに自分だけで決意したことを評価すると思う。

しかし、少し経って、世界がとても変わってしまったことに気がついて問うに違いない。「本当に良かったのだろうか?」。

「トルコ外交の指導者たちは、最近、誇大妄想的で危険なメンバーになってしまった」と評する外国の論者はさておき、我々の間で冷静に考えてみよう。まず、こう問い掛けたい。

「実際、トルコにそのような論評を跳ね返すだけの力があるのか?」

これに勇ましく答えて、トルコが強力である理由を並べ上げ、“くたばれ敗北主義者たち”というように言うことも可能だ。

しかし、国が冒険に引きずり込まれるのを危惧する常識的な人々は、こんな詭弁に満足せずに問い掛けるだろう。

「国家の機構と争っている政権は、最も困難な時に何をやるのか? また何をやれないのか? 経済が外国からの投資を渇望しているため、対外イメージに気をつけなければならない国は、誰に対してどれくらい威張り散らすことが出来るのか? 誰にどのくらい寄り添うことが出来るのか? 昨日、トカトで墜落したヘリコプターの事件で見られるように、いつも“もしや?”と思いながら生きている民衆は、何をどこまで認め、どこから否定するのか?」。

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原文
http://www.radikal.com.tr/Default.aspx?aType=RadikalYazarYazisi&Date=11.06.2010&ArticleID=1001930

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