【231】トルコの対イスラエル外交【ミリエト紙】【2010.06.04】

6月3日付けのミリエト紙より、タハ・アクヨル氏のコラムを訳してみました。

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“出陣”の歌は私も好きだ。聴いていると胸の高まりを覚える。しかし、理性では時代が違うことを知っている。イスラエルが公海で犯した海賊行為に、感情では大きな怒りを覚えながら、“外交的な知性”は何と言うのか注目していた。

昨日、「ガザに“トルコの兵隊”の用はない」と書いたところ、一部の読者はこれに反発を示し、中には非難する人もいた。私にこう問質したのである。「ガザに兵隊の用がないなら、朝鮮には何の用があったのだ? アフガニスタンには何の用があるのか?」

これは正当な問いだろうか?

昨日の昼、帰国したダウトール外相は空港で記者会見を行い、イスラエルの海賊行為に反発した国民の感情を尊重すると言いながら、同時に警告している。「もう冷静にならなければならない」。

ダウトールは、ユダヤ人のトルコ国民が“我が国の一部”であることを思い起こさせて、「彼らの幸せは私たちの幸せである」と言い、また、我が国に滞在しているイスラエルの外交官とその家族、ツーリストたちに敬意を表すよう望んだ。「彼らの安全に我が国の名誉が掛かっている」と言うのである。

ダウトールが外交官やツーリストについて語りながら、“エマン(信頼・保護)”というイスラム教に由来する言葉を使ったのは重要だ。我が国を訪れた外国人たちが法的に安全を保障されていることを明らかにしたこの言葉は、彼らに害を与えることが、法的な罪であると同時に宗教的な罪であることも示している。

外交には“出陣”の他にも道があることを知る為に、もっと重要なのは、イスラエルへの制裁に関するダウトールの態度だろう。ダウトールは、クリントンにこう説明したそうである。「イスラエルが拘束している人々を24時間内に解放しなければ、イスラエルとの関係を根本的に見直す・・・」。そして、どうなるのか一つ一つ明らかにしたそうだ。

これに対し、記者たちが「いくつかその例をあげてもらえませんか?」と訊いたところ、ダウトールは次のように答えた。「その必要はない。既に成果は得られたから」。これは非常に重要だ。

その前日の晩、“CNNトルコ”でオヌル・オイメン(第一野党CHPの議員)の話を聴いていると、オイメンは、イスラエルと交わしたヘロン機購入の契約をキャンセルするよう望んでいた。ヘロン機とは偵察機のプロジェクトである。

さて、我々の利益にもなる関係を最初から破棄してしまうのが良いのか? それとも、制裁を向こうの出方によって調整する方が良いのか?

トルコは、イスラエルの海賊行為に対し、政治的な強い言葉と積極的な外交で応じた。そして、世界的な非難の声を得て、イスラエルに拘束されていた人々を解放させることに成功した。こうして、イスラエルの不当性は法的にも定まった。

プロセスは未だ続いている。もちろん上り下りはあるだろう。これが外交である。

イスメット・イノニュ将軍は、ローザンヌ会議でイギリスのカーゾン伯爵と最も熱い闘いを繰り広げている最中、1923年2月2日、アンカラのアタテュルクとラウフ・オルバイに電報を打った。「イギリスとの関係を穏健に保つよう振る舞ってもらいたい」。

何故? 何の目的で・・・?

モースルに関してイギリスと衝突しながら、カピチュレーションの問題では、フランスに対してイギリスを味方につける為に! そして、そうなるのである。

トルコの兵隊は、カルス、アルダハン、そして海峡地域をスターリンから守る為に、朝鮮へ出兵した。NATO加盟はこれによって得られる。

今日、トルコの兵隊は、アフガニスタンで何をやっているのか? 橋や道路、病院、学校などを作っている。

トルコは強力な国になりつつある。そして、最もハードな言葉を使うならば、我々の基本的な戦略の概念は“ソフト・パワー”だ。“出陣”ではなく、“ソフト・パワー”の時代である。

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原文
http://www.milliyet.com.tr/israil-politikasi/taha-akyol/siyaset/yazardetay/04.06.2010/1245979/default.htm?ref=haberici


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