【227】トルコ・イラン・イスラエル【ラディカル紙】【2010.04.27】

4月15日付けのラディカル紙より、ヌライ・メルト氏のコラムを訳してみました。

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私は、イランへの制裁に関して、アメリカの圧力に抵抗しようとするトルコの姿勢を肯定的に評価している。わけても、イラク侵攻を前にして、あの覚書が議会で可決されることに反対した者たちを“間抜け”などと罵倒した連中、「アメリカを怒らせたら相手にしてもらえなくなる。借金も返せない」と騒いだ人々、そして、反対票を投じなかったAKP議員たちが、今や“平和な鳩”と化している状況を、私はとても喜んでいる。その理由が、イラクで起きてしまったことに良心が痛んだ為なのかどうかは解らない。重要なのは結果だろうと良い方に考えたい。

エルドアンが国際核安全首脳会議で、トルコはイランへの制裁を簡単に支持することなど出来ないと言明したのは、知性にも良心にも適っていると思う。アメリカが望んでいるからと言って、トルコが隣国との関係を悪化させる必要はない。トルコには、この圧力へ抵抗する権利と余裕があるはずだ。

一方で、西欧を中心とする世界システムが、核を口実にしてイランを追い込もうとしながら、イスラエルの核を全く議題に載せようとしないのは甚だしい二面性と言える。但し、トルコも強力な同盟国として所属している西欧中心の世界システムが行ってきた所業の中で、これが最大の二面性であると思うのは馬鹿げた話だ。

一般論や歴史的な沿革はともかく、最も身近な例をあげるならば、アフガニスタンへの介入に関して、トルコはこのシステムの中で、その政策に加担してきた。公式の外交とは別途に、ガザの非人道的な惨劇に対して、あれだけ過敏に反応した人々が、長年に亘ってアフガニスタン介入の中で起きている人道上の犯罪や、イラクの出来事に関しては、余り騒ぎ立てていない。この国々へ人道的な援助のコンボイを企画しようとした者もいなかった。

私は、アフガニスタン介入やイラクの占領ばかりでなく、トルコがインジルリク基地にある核兵器の番卒を務めていることにも反対してきたから、心置きなくイスラエルの核にも反対できる。しかし、公式の外交としては、これらに反対していない国の政府、そしてこの政府を支持している人々が、イスラエルに関して、あれほど積極的になるのは、正直言って“人道主義と平和主義”に起因しているとは思い難い。イスラエルに関しては、それよりもイスラム主義や右派/保守主義のラインから出て来たものであるように思える。

こういったラインが、アメリカ中心の世界システムにおける自らの役割や過去と真摯に向き合うことを恐れず、“より公正な世界”に固執するならば、私はこれを最後まで支持するつもりだ。しかし、そういった姿勢を見せる者たちが、政権を取るどころか、疎外され狂人扱いを受けて隅に追いやられてしまうこの世界では、選り好みの原則を見せられても納得できないだろう。

それでも、トルコが、イランでイラクのような非人道的な惨劇の起こることに反対し、イランへの制裁に距離を置こうとするのは重要なことだと思う。それが、反イスラエルのポピュリズムを煽らずに行われれば、より真摯なものになるだろう。

さて、“理想の世界”から、世界の現実に引き戻されると、ここには他の問題がある。トルコが中東で、これほど注目されているのは、ある程度、自己の要因から説明できるが、別の重要な要因として、この地域で増大してきたイランの影響力に対してバランスを取るためのパワーと見られているからである。自分に負わされたこの役割から遠ざかろうとすれば、トルコが外交のエリアで困難に直面することは疑う余地もない。また、これを“トルコに対するイスラエルの陰謀”などというものに結び付けないでもらいたい。世界システムの利益と地域のパワーバランスについて語っているのである。

私たちのように中くらいのパワーしかない国は、自分の重みを、このシステムとバランスの中で正しく量らなければ、現実的な外交を進めることができない。私も決して認めたくない現実は、残念ながらこれである。

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原文
http://www.radikal.com.tr/Default.aspx?aType=RadikalYazarYazisi&Date=15.04.2010&ArticleID=991596
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