【218】宗教と政治における二通りの権威【ラディカル紙】【2009.10.14】

10月11日付けのラディカル紙日曜版より、アンカラ大学神学部のイルハミ・ギュレル教授が寄稿した論説を訳してみました。

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宗教は本質的に、神の思想、そして神の人間に対する権威に基づく。インド及び中国の各宗教では、その人格や名称が明確にされた“神”という発想がないため、ここでは扱わないものとする。

アブラハムの一神教の場合、そのルーツとなるユダヤ教において、神ヤハウェの人間に対する権威は、理由を問わないまま、唯一その力に依存する全体主義的な権威である。これは、トーラー(モーセ五書)の全ページに見ることが出来る。

キリスト教では、神と人間の関係が、慈悲と博愛の上に築かれる。イエスは、父なる神の人間に対する慈悲と博愛が具現したものである。

イスラムでは、神と人間の関係が、神の権威、そして神の人間に対する慈悲/恩恵−正義、一方で、人間の信心と正しい行い(正義)に基づく契約の上に築かれている。つまり、神の権威は、神が全能であり、絶対的な力を有している為だけではなく、同時に、この力を取り囲む道徳(正義、知恵、慈悲)から生まれるのである。

何らかの関係において、その関係をただ力に依存した場合、弱い方は圧迫される。何故なら、力とは危険なものであり、絶対的な力は、絶対的な危険となるからだ。

コーランにおいて、神と人間の関係は、不動の道徳/法による不変の契約に基づいている。つまり、神が絶対的な権能を道徳によって示すこと、協定の状態にさせることは、“スンネットゥラー:アッラー(神)の不動の態度”という概念によって表現されている。また、この態度の主たる特質が何であるかは、歴史的な教訓と共に人々へ明らかにされた。要するに、この態度は認知可能なものである。

博愛の関係においては、双方を拘束する不動の“決まり”はない。ゆえに、こういった関係を本質的に権威による関係であると定義することは出来ない。博愛の関係では、一方(神)が事実上強力であり、常に与える側であれば、弱い方が、この関係を“無意味な”“甘え”“へつらい”といった関係に変えてしまうことが充分に考えられる。“慈悲が病を生む”という言葉は、この事実を言い表している。

分けても、道徳と法なくして、単に博愛の言葉だけで、人間の現実を全うし得ない良い例が、中世における教会の横暴であると言える。

即ち、ひとつは無条件の力、もうひとつは道徳と法(理由/承諾)に依存する二通りの権威との関係が存在するのである。

イスラム史上の各宗派において、ハナフィー学派、マーリク学派、ムータジラ派、マートゥリーディー派は、より道徳/法に基づく(正義−知恵)宗教/権威−服従の解釈を示すのに対し、ハワーリジュ派、シーア派、シャーフィイー学派、ハンバル学派、アシュアリー派は、神と人間の関係が、絶対的な権能を有する神と絶対服従の信徒によることを強調し、ひたすら“力”に基づく、全体主義的な権威/服従の関係であるという解釈を示した。神秘主義はキリスト教に似た“博愛”の関係と言えよう。

トルコ人は所謂ハナフィー学派且つマートゥリーディー派と言われているが、これは歴史的な事実と大きく矛盾している。この両宗派の神学は、創始した学識者(アブー・ハニーファとマートゥリーディー)が明らかにした状態で、後期のアナトリア・トルコにおけるイスラム信仰及び政治思想に反映されていない。

国家の組織と政治のエリアにおいて、中世では、君主政、貴族政、独裁政が、近世では、共産主義とファシズムが、無条件の絶対的な“力”を中心とした国家の組織であるならば、統治者を法的な手続きによる自由な選挙で選び、承認と糾弾の原則に従った共和主義と民主主義は、法と道徳に基づく組織と言える。

トルコ共和国は、共和国と謳っているにも拘わらず、長年に亘り、上述した原則を満たさない一党独裁によって統治され、1950年になってから民主化に乗り出した。

しかし、宗教的な意識は、数百年の間、道徳と法に基づく関係というより、絶対的な力に服従(運命)、あるいはへつらいであり、政治的にも、数百年の間、君主政が続いたトルコの社会では、民主主義を“法治国家”として築き上げることが困難になっている。

官僚的、政治的な権力は、国家の立法的な力を、軍部は武力を行使、あるいは背景にしながら、容易く法(軍刑法148条)から逸脱しているように、国民もこの権限を“ノーマル”なものと認識している。

バスクン・オラン氏が先週のラディカル日曜版(10月4日)で記したように、かつては長距離バスの車内で煙草を吸う者がいても、誰も文句を言わなかった。これは、社会的な潜在意識、あるいは顕在化した意識の中で、全能であり、あらゆる道徳的な法に拘束されない(道徳と法は我々の如き浮世の人間の為にあるから)神のイメージが内在しているからだろう。

先達て、マルディンで、ある若い女性が、バシュブー参謀総長に要望を伝えたところ、バシュブーは知事に向かって、「知事、これをフォローしなさい」と命じたように、あたかも政治的な主体であるかの如く、あらゆる事柄に意見を述べる権限を自身に認めていることは、象徴的に軍部(つまり単なる力)の政治的/法的な権力に対する態度を明らかにした点で、非常に重要である。

民主主義において、軍は法的に政治権力に従う組織に過ぎない。ところが、トルコでは、軍部が1950年以降(共和人民党の弱体化に伴って)、その力を背景に、政治的な権力を熱望する組織となっている。

政党の組織や党首の党内における力も、同じ遺伝子の異なる表出である。

要するに、各々の関係を“力”に従属した全体主義的なやり方で築くのか、道徳と法に従って築くのかは、宗教においても、政治においても、二つの異なるレベルの問題である。道徳と法に従うことを、“文明的”と言い表せるように、“正しい宗教的な敬虔さ”と言い表すことも可能だろう。

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原文
http://www.radikal.com.tr/Radikal.aspx?aType=RadikalEklerDetay&ArticleID=958854&Date=14.10.2009&CategoryID=42

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