【212】トルコは中東へ向かっているのか?【ラディカル紙】【2009.02.02】

2月2日付けのラディカル紙より、タルハン・エルデム氏のコラム。前回と同じく、ダボスでの出来事について論評されています。

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エルドアン首相がダボスで席を蹴って退場した行為から目を背けて済ませるわけには行かないだろう。私も外交とは距離を置きながら、この行為について私見を述べてみたい。

ラディカル紙に掲載された全ての記事、多くのコラムを読んだ。その為、ここで私が述べることを既に皆さんは読んでいるかもしれない。重複するようであれば陳謝したい。

まず、私はデミレル元大統領による以下の見解に賛同している。「いつ、何処で、どのようにして、ツケが回って来たのか余りはっきり見えてこないだろう。こういった事件がトルコへ災いをもたらさないように願っている。・・・・・こんな事件が起こらなければ良かったのだが」。

しかし、デミレル元大統領が述べた見解の中には、私が賛同しかねる部分もある。「この事件は、世界、そしてトルコを二つに分裂させてしまった」という一節だ。

トルコは、この事件によって二つに分裂しなかった。民衆は、長い間、分裂した状態であり、この前の総選挙以来、両極化はさらに加速している。民衆があらゆるテーマを政治化させたり、あらゆる出来事を政治的に見ようとする人々が全体の7割を上回ったりしている状況を、与野党双方のリーダーは気にもしていない。私はこれに不安を感じている。

さて、イスラエルとの関係だが、あの事件は、トルコを何処へ導くのか? この問いの答えは難しくもなければ、多様なものでもないと思う。アラブ圏とイランでエルドアンに好意を持つ人たちが増えるのは疑いもない。しかし、この好意の対価を計算し、国益へ結び付けなければならない。外交官らはこれを計算して首相へ報告したはずだ。

あの事件がエルドアンを西欧へ近づけることはなく、政府の米国及びEUとの関係を困難にさせるだろう。

エルドアンがガザの事態について発言して来たことやダボスでの行為は、トルコを“地域におけるパワー”という地位に引き上げたのか? もしくは、それが可能なのか? はっきり申し上げるならば、それは中東とコーカサスの国々が民主主義によって統治されている場合に可能となるだろう。しかし、中東の問題は、政権を非民主的な方法で手に入れ維持している指導者たちが作り出したものではなかったのか?

ファタハ、あるいはハマスの党とその政策が、本当に民衆に根ざしていたならば、パレスチナの人々は、これほど長い間、悲劇に見舞われただろうか?

イラクやパレスチナで起こり、イランでも起こり得る事態の責任は、その指導者たちにある。お望みなら、これに20年来、40年来の指導者たちを加えても良い。

この2週間に亘って発言してことが、エルドアン氏本来の思想を反映しているのであれば、私たちも近いうちに彼らの仲間に入るだろう。その時は、自分たちの指導者を変えることの出来ない民衆が広場を埋め、全ての災いの元凶は、米国とEU諸国、イスラエルであると喝采のもとに宣言し、その国々の国旗を焼くに違いない。そうはならないことを願う。

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原文
http://www.radikal.com.tr/Default.aspx?aType=RadikalYazarYazisi&ArticleID=919685&Yazar=TARHAN%20ERDEM&Date=02.02.2009&CategoryID=99

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