【207】現代のチューリップの球根:日本【ラディカル紙】【2008.12.15】

12月14日付けラディカル紙の日曜版より、新進の女流作家であるエスマハン・アイコル氏が寄稿した記事を訳してみました。アイコル氏は、西欧に見られる“現代のジャポニスム”とも言うべき現象を紹介しながら、なかなか日本の文化に目が向かないトルコの現状を嘆いています。

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もう10年になる。ニューヨーク在住の韓国系モード写真家である友人のコリンは、当時、日本人の恋人を連れて歩くのが最もヒップなことだと言ったものだ。

「恋人のナショナリティーもヒップになるの?」私はポカンとして訊いた。コリンは「ニューヨークじゃ何でもありだよ」と事も無げに答えてから、カラカラと笑い、付け加えた。「一つ問題なのは、誰が日本人で誰が韓国人なのか見分けが付かないってことさ。こんなに誘われる機会の多い日々を過ごすのは始めてだよ」。

ヒステリーの対象が、恋人のエスニックな帰属という−品良く言うならば−私には全く理解できないことでもなかったけれど、集団ヒステリーなんて一つも楽しめるものじゃないし、そこには徐々に恐ろしさを増す側面があるように思う。多分、私がトルコ人だからなのだろう。ある種の政党、あるいはユニフォームまでが、集団ヒステリーの要素になって行くのを見てしまったのだ。

おそらく、17世紀中葉のオランダにおける“チューリップ狂時代”であるとか、今日、アフリカの一部で“ペニス泥棒”(訳注−1)が巻き起こした騒動といったものに感じた馬鹿々々しい興味が、集団ヒステリーに気をつけるよう私を教育したのではないか。しかし、それも今では、いつ何処で、どうやって気をつけたら良いのか判断することさえ難しい。

例えば、先月の13日、私はベルリンで、朝早くから血眼になっている人々の群れに囲まれていた。その日、世界最大手のファッション・チェーンであるスウェーデンのH&Mが、コム・デ・ギャルソンの創業デザイナー川久保玲のコレクションを−適切な価格で−売り出すことになっていた。

日本人の川久保は、アバンギャルドなアンチデザイナーである。袖が背中についたジャケット、フリルの足らないフリルのスカート、世の中をからかっているようなパンタロンといったものをデザインしている。破壊し、緊張させる。美しくするわけではない。興奮させるのだ。一つ一つが歴とした芸術的なオブジェとなっているデザインをとても高い値段で売っている。「あの服を安くなるまで待って買おう」なんて言えないほどに高い。

美学であるとか、人の体型といった概念から影響されない境地に川久保はいる。70年代の末に、パリで始めてファッションショーを開いた時、批評家たちは腹を抱えて笑ったそうである。

これでは、川久保女史のデザインが、流行とかシックとか言う一般的な美学に逆らおうとするヨーロッパの知識層には受けたとしても、大衆化は無理だろうと私は思った。

この為、ベルリンの可愛げがないショッピングストリート“クーダム”にあるH&Mの支店へ向かいながら、なかなか理解し難いこのデザイナーの作品に群がる大衆などは全く想定していなかった。

H&Mは数年来、こういったことを良くやる。カール・ラガーフェルド、ステラ・マッカートニー、ヴィクター&ロルフ 、ガヴァッリ、マリメッコもこのアパレル・ブランドへ廉価販売のデザインを提供している。その時は、大群衆が集まり、コレクションは、5〜10分で売り尽くされてしまった。しかし、今回は何しろあの川久保である。誇張の名人“ヴィクター&ロルフ ”でさえ、彼女には歯が立たない。

ところが、驚いたことには、店の前で数多の人たちと共に開店を待つ結果となり、朝早くから人々をここへ運んだ力はいったい何だったのか、彼らに訊いてみることにした。

後ろに立っていた初老の女性は、昨年、東京へ行ってその文化に参ってしまった娘から頼まれたと言う。前に並んでいる中年の女性は、とても気に入った黒のトレンチコートについて説明しようとする。そして、興奮のあまりじっとしていられない二人の少女に向かって、笑いながら、「何も買えなかったとしても人生は続くのよ」と話しかける。少女の一人は、「貴方の人生は続くかもしれないけれど、私のはそう行かないのよ」と言い返す。ふざけているわけでもなさそうだ。「カワクボなのよ」と我を忘れたかのように言う。目指す紺のスカートが初めてのプレタポルテになるらしい。しかも、日本のデザイナーから。

少し経ってオープンすると、人々は狂ったように押し合い圧し合いながら商品に殺到する暴徒と化す。その目撃者となった私は肝を潰してしまう。ウエブサイトで見て気に入った服には手も触れることが出来なかった。川久保ほどのアバンギャルドであったとしても、日本人だからとその影響力を軽く見ていた自分自身に腹が立つ。

10年前、ニューヨークにおける日本人の恋人がどんなものであったのか思い返すならば、今日、ヨーロッパで、日本のデザイン、日本のサングラス、日本の小説、コスメティック、自動車、漫画、映画、等々がそれなのである。

もしくは、次のように言うことも出来る。1634〜37年のユトレヒトにおけるチューリップの球根に相当するものは、今や日本発祥の何かなのだ。何を思い浮かべても良い。

このヒステリーはさておき、私たちトルコ人は、未だに、草履や下駄、着物、鮨、あるいは自動車より先に進んでいない。例えば、ケンゾーは撤退してしまった。11月末に、ニシャンタシュでオープンした、文具からコスメティックまで様々な商品を揃えた“Muji(無印良品)”や、テペバシュにある日本のストリートファッションの店“エド”が、同じ運命を辿らないよう祈っている。

私が虜になってしまった日本の女流作家吉本ばななについては、一時期、出版関係者と会う度に勧めていたけれど、皆が申し合わせたかのように、日本の作家は流行らないと言うのだった。何に基づいて? まるで、数多の日本人作家が翻訳されたものの流行らなかったような言い方だ。西欧でも自国でも、とっくに偶像の如く崇められている若き作家吉本ばななは、結局、何の音沙汰もないままに翻訳された(“キッチン”“ TUGUMI”)。本当に何の音沙汰もなかった。

日本で最も良く知られているベストセラー作家であり、ノーベル賞の候補にもその名が挙がっている村上春樹の作品も二つ翻訳されただけである(“ノルウェイの森”“羊をめぐる冒険”)訳注−2。“羊をめぐる冒険”についてタラフ紙に掲載された書評で以下の一節を読んだ時は、思わずぶち切れそうになった。「これはクラシックな意味合いの着物の日本文学ではない」。

トルコ帽のトルコ文学、サンバのブラジル文学、カンガルーのオーストラリア文学・・・いったい何処まで? この世界に、ヒステリックな流行と先入観の間に、もう一つの段階はないものなのか?

追記:この間、メティス出版は、オルチ・アルオバの翻訳により、松尾芭蕉の比類なき俳句集を出版している。

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訳注−1:以下の事件を指しているかもしれません。

男性性器を「盗む」呪術師でパニックは怨念か?
http://topic.bex.jp:80/world/jujutushi.php

訳注−2:村上春樹の作品は、“ねじまき鳥クロニクル”も翻訳されています。

参照:【86】書評・吉本ばななの『TUGUMI・つぐみ』【ラディカル紙】【2004.09.08】
http://www.neo-pro.jp/makoto/shinbun/honbun/00086.html

原文
http://www.radikal.com.tr/Default.aspx?aType=EklerDetay&ArticleID=912860&Date=17.12.2008&CategoryID=42

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