【202】トルコで最も美しい都市【ラディカル紙】【2008.10.26】

10月26日付けのラディカル紙よりハールク・シャーヒン氏のコラム。地方行政におけるエスキシェヒル市(県)の成功が紹介されています。

エスキシェヒル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%92%E3%83%AB


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今から20〜25年前、誰かが「エスキシェヒルはトルコで最も美しい都市になる」と言ったら、私は笑い飛ばしていただろう。アナトリアの荒野へ続く平地に位置したこの都市に美しくなれる要素があると仮想するには、かなり逞しい想像力を必要とするように思われた。山も無ければ海も無い、河らしい河も無い、緑も無い、歴史的な建造物も無い、気候もさほど良くない。こんな都市がどれほど美しくなれるものなのか?
その結果が気になる人は、直ぐ何か口実を作ってエスキシェヒルへ旅立つようお勧めしたい。目にした光景が信じられないはずだ。街路、広場、建物、数々の彫像、水路、橋、路面電車、劇場、交響楽団、オペラ、大学、カフェや公園、正しくヨーロッパの都市が目の前に広がっている。かつてポルスク川と呼ばれていた濁った流れから整備された水路をゴンドラやボートで行き来すれば、まるでアムステルダムにいるかのように思えるだろう・・・。

“不毛のエスキシェヒルは何処に、水の都アムステルダムは何処に”と呟いてしまうに違いない。決して大袈裟な話ではないが、実際に見なければ信じられないかもしれない。

単なる物理的な変化だけではなく、居住する人々の佇まい、雰囲気も魔法の杖に触れたかのように変わってしまった。中世と現代の間に挟まっていた大きな田舎町は、今や文明的でモダンな都市になっている。

この魔法の杖が、ユルマズ・ビュユケルシェンという人物であることは御存知だろう。エスキシェヒル生まれのビュユケルシェン教授は、生まれた都市に、8年間で一人の人間が成し得る限りの変化をもたらした。まさに奇跡を実現したのである。

しかも、AKP(公正発展党)の市会議員らによる、あらゆる妨害と破壊の努力にも拘わらず!

感嘆しながらエスキシェヒルを見て回るうちに、一つ気になったことがある。この変化に対し、ただ政治的な理由により、足を引っ張って邪魔しようとした者たちは全く反省していないのだろうか? 僅かであっても、これに恥じ入ることはなかったのだろうか? 将来、子供たちや孫たちは、都市の隅々を美しく整えた“ユルマズ先生”を称賛しながら追慕する際、先生の足を引っ張ろうとした父祖たちをどのように回顧するだろうか?

党派争いのこういった様相は、人間の人間に対する信頼を揺るがせる。

週頭のある日、未だ工事が続いている都市公園と科学芸術文化公園を見学した。小さな公園の話ではない。一方は300ドヌム、もう一方は400ドヌム(1ドヌム=919u)という巨大な公園である。いつだったか、政治家が海のないコンヤ県に港の設置を公約して物笑いのネタにされたが、ビュユケルシェン市長は、海のないエスキシェヒルに大きなビーチを造り上げてしまった。科学芸術文化公園の中ほどには、様々な遊戯設備と共に大きな船と城も見られる。将来、科学ミュージーアムでは、子供たちが科学の実験を行なえるようになるという。

あの迷信や如何わしい戯言は好まれやすい暗い意味を持っていることが、どうにか説明できただろうか?

ビュユケルシェンは間違いなくトルコで最も成功している地方行政の長であり、DSP(民主左派党)から選出された社会民主主義的な知識人である。その成功により、良い地方行政の長はイスラム主義者の中から選ばれるという神話にも幕を引いた。それどころか、その評判を高めている。

トルコには他にも成功している地方行政の長はいるが、彼と肩を並べるような人はいない。信じられなければ、エスキシェヒルに行って、見て来てもらいたい。中央政府の絶え間ない悪意と市議らの執拗な妨害にも拘わらず、どんなことを実現したのか見てもらいたい。それから、「トルコもこのように治められないものか?」と考えてもらいたいのである。

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原文
http://www.radikal.com.tr/Default.aspx?aType=YazarYazisi&ArticleID=905187&Yazar=HALUK%20?AH?N&Date=26.10.2008&CategoryID=97

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