【196】二つの礼拝施設【ラディカル紙】【2008.08.18】

8月17日付けのラディカル紙より、テュルケル・アルカン氏のコラム。アルカン氏は、アレヴィー派に対する宗務庁の態度を政教分離の原則に照らし合せて論じています。

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「神よ慈悲を与えたまえ」、亡くなった方がどなたであろうと、私はこのように祈りを捧げる。神は存在するのかしないのか、私が祈って慈悲が与えられるのか、亡くなった方は私が祈ることを望んでいたのか、神を信じていたのか、それは知らない。また知ろうとも思わない。

先日、異国の地で亡くなったDHKP−C(革命人民救済党戦線)の指導者ドゥルスン・カラタシュの訃報を聞いた時も祈りを捧げた。彼は既に別の世界へ行ってしまった。主張していた訴えをこの世に残して行くことが待たれていたかのようである。

しかし、カラタシュの葬儀を見て驚いた。私が知る限り、DHKP−C(革命人民救済党戦線)は、マルクス・レーニン主義の組織である。そして、マルクス主義の最も明らかな特徴の一つは神を認めないことにあったはずだ。ところが、カラタシュにはモスクで宗教的な葬儀が営まれた。しかも、一つだけではない。二つの礼拝施設(モスクとアレヴィー派の礼拝所“ジェムエヴィ”)で一緒に。かなり敬虔な人達であっても、二つの礼拝施設で葬送の祈りが捧げられたのは見たことがない。

これを何と理解したら良いのだろう。

DHKP−C(革命人民救済党戦線)は、マルクス・レーニン主義の組織ではなかったのに、私が勘違いしていたのか。あるいは、DHKP−C(革命人民救済党戦線)でイデオロギーの転向があり、マルクス・レーニン主義を放棄したのか。もしくは、故カラタシュの家族がそのように望み、組織もそれに合わせたということなのか。

どの仮定が正しかったのか、時を経て明らかになるだろう。

それはともかく、二つの礼拝施設で一緒に葬儀が行なわれたことにより、慢性化していた不快感をまた思い出した。「アレヴィー派の“ジェムエヴィ”は礼拝施設ではない」という主張が如何に成り立たないものであるか、もう一度明らかにされたからだ。宗務庁が何と言おうとジェムエヴィは礼拝施設である。「いや、礼拝施設ではない」と言うのは、政教分離に、つまり憲法に違反している。

政教分離の最も基本的な原則の一つは、人々が望む宗教の選択において自由であることだ。人々は望んでムスリムになることも出来れば、クリスチャンになることも出来る。敬虔になっても良い。シナゴークでもモスクでも何処にでも行ける。そして、ジェムエヴィにも行けるのである。

政教分離は、宗教の信仰において根本的にリベラルであり、如何なる公務員も国民に対して、「これを信じなさい。これを信じてはならない。礼拝施設はこのようなもので、あのようなものではない」と言う権利を有していない。

AKP(公正発展党)の政権では、非常に明らかな矛盾が生じている。AKPは、「スカーフに自由を、信仰に自由を」というスローガンで政権についた。しかし、問題がアレヴィー派のジェムエヴィになると、「それは駄目だ。ジェムエヴィは礼拝施設じゃない」と言い、一線を越えることができなかった。

「政教分離は国家の政策と宗教を別けることである」と言う。しかし、この分離をどのように行なっているのかが重要である。コンヤ県では、政府の許可を得ないままコーラン教室が開かれ、教室が崩壊して県庁は慌てふためき、「こんな教室があったなんて全く知らなかった」と言って済ましている。問題がコーラン教室になると、17名の子供が亡くなったにも拘わらず誰にも責任がないらしい。

宗務庁があるモスクに導師を任命しようとすると、会衆が抗議して「我々の教団に属する導師が良い。任命された者は我々と異なる」と要求を突きつけ、宗務庁に認めさせてしまう。

しかし、これがアレヴィー派のジェムエヴィの場合、宗務庁の決定は動かない。「ジェムエヴィは礼拝施設ではない」。

何を根拠にそう言うのだろう? 基準や定義は何なのか? 主張していた信仰と良心の自由は何処にあるのか?

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原文
http://www.radikal.com.tr/Default.aspx?aType=YazarYazisi&ArticleID=894031&Yazar=TURKER%20ALKAN&Date=18.08.2008&CategoryID=97

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