【193】亡くなった子供たちは殉教者なのか?【ヴァタン紙】【2008.08.08】

8月5日付けのヴァタン紙より、前回と同じくルハット・メンギ女史のコラム。8月1日、コンヤ県で不法のコーラン教室とその寮がガス爆発によって崩壊し、多数の死傷者が出た事件で明らかになった問題について論じています。

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許可を得ていない不法コーラン教室が使っていた違法建築のビルで亡くなった生徒たちは、貧しい家庭の子女であり、家族が子供たちを教室に預けるよう説得させられた背景にある“無料の食事と寮”は、子供たちがコーランを学ぶのと同じくらい重要であったことを知らなかった人たちも、ここ数日に亘る報道によって、これを知るに至った。

私はこの事件について、「少なくとも、この惨事は、その当時の警告に耳を貸さなかった人々へ真実を伝えるだろうか? 私は既にこれさえ確信が持てない」と私見を書いた。

そして、不法コーラン教室に対する法の変更を批判し、責任者を糾弾したジャーナリストらに対して、亡くなった子供たちの家族が、「我々の子供たちは殉教者なんです。ダンスやバレーをやっていて死んだのではありません」と怒りを露わにし、怒りの矛先が誤った方角へ向けられていることにさえ気がついていない様子を昨日の報道で知り、上述の私見が間違っていなかったことを理解した。

宗教主義者(イランやサウジアラビアのような宗教国家を望んでいる原理主義者)の新聞に書かれている、不法コーラン教室を守ろうとして法を用意した者たちの主張を鵜呑みにしている為、真実を見極め、虚構から逃れることは非常に難しくなっている。全国に宗務庁の監査を受けている健全なコーラン教室が7300以上あるにも拘わらず、不法教室を支持した者たちへ、この事件において大きな責任、あるいは罪を認めさせるのは極めて困難だろう。

昨日、ヒュリエト紙に、元宗務庁長官で以前にAKPの議員だったタイヤル・アルトゥクラチの談話が掲載されていた。当然、宗教と宗教を学ぶことの大切さを最も深く理解している識者の一人である。(首相からウレマー“イスラム法学者”と呼ばれていた識者の一人でもある)

アルトゥクラチは次のように語っている。「不法コーラン教室を開いた者たちに科せられる罰則を軽くしようとするトルコ刑法の変更に対して、私は強く反対しました。しかし、周囲の人たちを説得できなかったのです。これをきっかけにして、無許可のコーラン教室や寮を国の議題としなければなりません。良心に基づいて、やるべきことをやらなければならないのです」。

この一件が宗教というより、“政治的な利益に関わる”ものだったことが充分に説き明かされていないだろうか?

亡くなった生徒たちが殉教者であったかどうかは神以外に誰も知らない。罪のない小さな子供たちだったから、多分、天国に召されただろう。しかし、信仰上の儀礼を実践している者が、実践中あるいは実践に向かう途中で亡くなれば、それを全て殉教者と言うことが可能だろうか? また、そうであれば、これで死の原因を問質さなくても良いことになるのか? あるいは“ダンスやバレーをやっていて死んだのではありません”と言っても良いことになるのか? これは理解し合わなければならないテーマである。

ダンスやバレーの生徒たちが、違法建築のビルで亡くなった場合、「コーランを学ぶ代わりにダンスしていた。結構なことだ」と言うのだろうか? 「コーランを学ぶ者たちにダンスは禁じられている。あるいは、ダンスしていたら礼拝はできない」といった宗教上の規則でもあるのか? 人々を誰が惑わしているのか、この扇動は誰の利益になるのか? これは全て、宗教を政治の道具として社会を分断し、票の為、無慈悲に国民へ誤ったメッセージを吹き込もうとしている者たちの責任である。

ターイプ・エルドアンは、スカーフ問題に対して、ウレマー、つまりイスラム学者の見解を聞こうと言った。彼が政教分離の体制において、政治的な決定に宗教や宗教関係者を参考にする権利はない。しかし、我々はジャーナリストとして、宗教学者の見解を聞くことができる。私はヤシャル・ヌリ・オズテュルク教授や他の学識者に意見を伺った。

皆が同じテーマの上にまとまっていた。ヤシャル・ヌリ・オズテュルクは、この事件に悲しみ、トルコの現状が悲惨なものであると語り、次のように説明した。

「家族の悲しみに同意し、殉教者と言ったことを理解します。神は皆に望むものを与えますが、殉教者の位置、基準はあるのです。無責任によって生じた大きな悲しみを、宗教の中に逃れて解消するのは、慈悲と良心の成せる業です。宗教は、不法による事件や無責任を容赦する“玩具”ではありません。誰がこれを決定するのですか? 神に訊いてみたのですか? コーランと言えば、全ての過ちや悪事が正当性を得るのでしょうか? 我々は責務を正しく果たさなければなりません。宗務庁が“登録されていない、不法である”と発表しているのに、首相は“不法とは何だ、コーランの不法があるのか?”と言っている・・・これは不法を奨励していることになる」。

オズテュルクは、悲しみに満ちた声で語りながら、「御覧なさい、美しい宗教と我国にとって残念なことです。トルコに敵対する者たちも、こうして宗教の面から害を与えることが可能であると理解したでしょう。そして、トルコを弄びます。知性を中心に据えようとした、有史以来の最も美しい宗教であるイスラムと知性を引き摺り回しながら、有史以来の最も大きな宗教上の罪を犯しているのです」と話を締めくくった。

有史以来の最も大きな宗教上の罪! この言葉を良く考えて見なければならない者たちがいる。

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原文
http://w9.gazetevatan.com/haberdetay.asp?tarih=05.08.2008&Newsid=192202&Categoryid=4&wid=4

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