【192】トルコに対する不敬【ヴァタン紙】【2008.08.04】

8月4日付けのヴァタン紙より、ルハット・メンギ女史のコラム。イランのアフマディーネジャード大統領がトルコを訪問するにあたって、アタトュルク廟は訪れたくない意向を示したことに対するトルコ側の反応が論じられています。

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報道によれば、イランのアフマディーネジャード大統領がトルコを訪問するそうだが、公式訪問となればアタテュルク廟を訪れなければならない為、これに異議を唱えているらしい。そして、ついにトルコ側がこれに対処法を見出したという話である。我々の大統領がイスタンブールへ行き、そこで会見することによって、これを“業務訪問”とするそうだ。

あってはならない、何故、こんなことが有り得るのか? 我々の価値観に、この国の創立者、指導者に敬意を示さない、そして不敬をあからさまに押し付けることを躊躇わない人は来ないでもらいたい。会うのなら、彼の国か、他の場所で・・・。伝えるべき回答、必要な“名誉ある態度”はこれである。

しかし、これが行なわれない。トルコはこの不敬に頭を下げてしまった。自身が指導する圧政により、規則を3〜5cmずらした人々が(これは、例をあげれば、スカート、袖、髪の長さ、もしくはカラーのスカーフ、カラーの宗教的服装といったものである)、棍棒を持った警官に追われている隣国へ、その創設者と同じくらい苛立たしい男の為に、特別なプログラムを準備し、特別な場所と時間を伝えているのである。

皆さんはどう思われるか知らないが、私はこの報道を読んで恥ずかしかった。前に立ちはだかった者へ道を譲り、司法に対する不敬にも沈黙している国家が、いくらなんでもここまで許すとは思っていなかった。私はこの点でも勘違いしていたようだ。

一介の国民として、この国のジャーナリストの一人として私が感じている誠実な思いにも、国粋主義者とか何とかいう名札が付けられてしまうのだろうか?

何を付けても構わないが、思いはこれなのである。そして、全ての名誉ある国民が同じ気持ちを抱いていることに疑いは無い。

追記:トルコでアタテュルクさえも非難し、アタテュルクへの敬意に“ケマリズム”というイデオロギーのレッテルを貼る人たち、もしくは、デニズリのニハット・ゼイベクチ市長のように、“共和国とアタテュルクの原則に従う者は聖ムハンマドとアタテュルクを区別することができない”と主張する人たちは、アフマディーネジャードのような人たちに、ああいった勇気を与えてしまう。偽りを言われたように覚え込んでしまうのである。

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原文
http://w10.gazetevatan.com/haberdetay.asp?tarih=11.11.2007&Newsid=192077&Categoryid=4&wid=4

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