【184】娘を処女のまま嫁がせたい。でも息子は?【ラディカル紙】【2008.03.31】

3月30日付けのラディカル紙より、モスクワ特派員スアト・タシュプナル氏のコラム。タシュプナル氏は、モスクワで目撃した出来事を紹介しながら、性の問題をコミカルに論じています。

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娘を処女のまま嫁がせたい。でも息子は?

この言葉を聞いたのは、あるバーで飲んでいた時のことである。そこでは、トルコからやって来た男たちが話し込んでいた。会話が行き交う中で、“我々とロシア人の性に対する考え方”という話題に至った時、海千山千のイスタンブール人といった親爺が「我々の道徳は残念ながらこうである」と切り出し、「息子は手当たり次第に口説き落としてくれ。でも、娘は処女のまま嫁がせたい」と続けた。

実状をこんなに巧く表現した言葉をそれまで聞いたことがなかった。今後も聞くことはないだろう。この言葉をまた思い出したのは、マンションの階段の踊り場で、ある出来事を目撃した時だ。

深夜にエレベーターを降り、うちのドアを目指して歩いていると、なかなか意味深な声が聴こえて来る。何者かが“お幸せの真っ最中”だった。しかし、声は何処から聴こえて来るのだろう? お隣のドアは固く閉じられている。声が壁から洩れてきたものでないのは確かだ。たった一つの可能性が思い浮かび、そっと引き返してみた。エレベーターの先を行くと階段の踊り場に出る。果たして、そこで“ある光景”にお目にかかった。我を忘れたカップルが、窓際にもたれ掛かりながら、半裸の状態で愛し合っていた。場所は余り適切じゃないかもしれないが、行い自体に悪いところはない。それどころか、そこには美しさがあると言える。しかし、問題は、絶頂に向かってひた走るカップルが、どう見ても15歳ぐらいであるということだ。これをどうしたものか困ってしまうが、言うべき言葉も見つからない。ちょっとうちまで走り、枕を持って来て、「そこは固いから、これをお尻に敷きなさい」なんて言ってもしょうがないし、世間の風紀を取り締まってみる気にもなれない。しかも、ここはロシアなのである。ただ、戻る時にわざと咳き込んで見せた。「君たちだけじゃないよ。早くしなさい。周りに気をつけるように」という意味で。

イズベスチヤ紙に長い記事が載っていた。モスクワの地下鉄で、夜あからさまにセックスする者たちが増えたこと、ヨーロッパの大都市では、あらゆる形態のセックスが既に“普通の出来事”になってしまったこと、アムステルダム市は、子供やお年寄りに迷惑を掛けなければ、夜に公園や野外でセックスするのを許す決定を下したことが明らかにされていた。

御存知だろうか? 先月、モスクワのある博物館にチケットを買って一般入場者のように入り込んだ数人の若者が、乱交を繰り広げた末、そのシーンを写真に収めて世間に公開したのである。“アバンギャルドなアーチスト”を自称するこの連中、後は退学になるのを待つばかりだ。性をお互いが貪りあう甘い果実じゃなくて、“ハプニング・ショー”に変えようとする若者たちなど、モスクワでは希少価値すらないだろう。

統計を見ても、成り行きは明るくないと言う。ヨーロッパにおける平均的な性体験年齢は17歳であり、パリではこれが13.5歳に落ちる。モスクワの数字は知らない、訊くだけ野暮だ。セックスを早く始めるようになると、結婚は晩くなるものらしい。例えば、アメリカで1960年代に、女性は20歳、男性は23歳だった結婚年齢が、今日では、女性が26歳、男性が27歳となっている。そして、毎度の如く、子供の歳で始められる性の悪い影響、もたらされる災難の可能性等々とニュースは続くのである。

荒れる世界の若者にも、性に対する理解が変わってきていることにも、驚かされはしない。ありとあらゆるものが同じように汚されていく世界で、若者たちは“最も白い”為、直ぐ目についてしまう。さらに、皮肉な“堂々巡り”の問題もある。若い頃は、性を異なる目で見ていたのに、自分が親になるとそうでは済まされなくなるのだ。

若い独身時代にモスクワで暮らすことは、多分、神の恩恵だろう。しかし、父親という枠の中で扱われるようになれば、状況は変わってくる。かつては「ここ以外の都市で暮らせるかよ」と言ってたのが、人の親になると「この都市で子供を育てるのは、賢い人間のやることじゃない」と言い出すようになる。中には、この地を離れる者も出始めている。ところが、「息子は手当たり次第に口説き落としてくれ。でも、娘は処女のまま嫁がせたい」などと考えてしまうものだから、悩みは尽きなくなる。

そもそもが不足も余分もない。我々は、自然の法則に適った“堂々巡り”の中で、身もだえしているだけなのである。祖父母が我々の父や母のことを心配したように、父や母は我々のことを心配し、我々は自分の子供たちを心配している。「私には息子がいる。娘を持つ者は考えるように」なんて冗談を言ったところで救われはしない。

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原文
http://www.radikal.com.tr/haber.php?haberno=251577


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