【179】健全な民族主義【ラディカル紙】【2007.12.28】

12月23日付けのラディカル紙日曜版より。クルド系の政党DTP(民主社会党)の党員であり、ディヤルバクル県から選出されたトルコ共和国の国会議員アイセル・トゥールック女史が寄稿した記事を訳してみました。トゥールック女史はクルド人の立場から民族主義の問題点を論じています。

****

「誠実であることは約束できる。しかし、決して中立にはなれない」
ゲーテ

「我々の民族主義は健全な民族主義の道だ」という主張は純真なものではない。誰もが自分の民族主義を“健全な民族主義”と言うことができる。手前味噌というものだろう。どのように表現してみたところで民族主義は政治的に最も危険な手段である。

始めに簡単なことを明らかにしたい。民族主義は民族主義者によって作られた。かつては、まず民族の存在が信じられ、その基盤の上に民族主義者が現れると思われていた。しかしながら、民族主義とは、民族主義者の創作物として現れた後、命を吹き込まれたものである。

次に、マルクス主義‐レーニン主義的な表現方法として組織が決まり文句のように用いた「虐げられた民族の民族主義はない」という言い方は、根拠を欠いたプロパガンダに過ぎない。

既に西欧では常識となっているこの二つの事実を我々も理解し分析しなければならない時期に来ている。この二つが組み合わさって現れるものは何か。一つの民族が、植民地の隷属民であろと独立していようと、あるいは虐げられていようと、民族というものは民族主義者の創作物なのである。つまり、如何なる状態にあっても民族のプロセスとして語られるのであれば、そこには民族主義が存在している。

以上の観点により、クルド人の立場から民族主義を考えて見なければならない。そして、トルコ人の支配的な階層に存在する歴史的な性質と政治手法を考えた場合、その緊急性はより高まって来るのである。わけても、文化、民族、アイデンティティーの問題で、特定の例に準えられたり、最低のレベルで対立の構造が築かれたりすることは、民族主義の問題を(これに上記の事柄を加えると)非常に激しいものにしてしまうだろう。


*民族的アイデンティティーという接合剤

北イラクの成り行きとアメリカとの関係、民族国家に向けてのありとあらゆる象徴や基盤を造り上げる動き、国境を越えて広がる衝突、これらを前述で明らかにしたものと共に考えるならば、既にクルド民族主義は極めて具体的な生々しい状態で議題に上がっていると言える。さらに、これへ帝国主義者たちが統治と戦争の策略として民族主義を扇動していることを加えるならば、目覚めた者たちにとって悪夢は今まさに始まっている。

民族主義は、二つに分けて見ることができる。一つは、民族と国家の間に必要な紐帯を創造するもの。もう一つは、国家とは無関係に、民族性に基づいて他者を疎外する内向きの“我々”を創造するものである。この内の一方だけが見られる場合でも、そこには、プログラマティックに何と呼ぼうと民族主義が寄り添っている。

“同化や否定、滅亡に対する抵抗”とアイデンティティーを社会的に構築すること、特に民族的アイデンティティーを基本的な接合剤にしてしまうことは非常に異なるものである。前者は生存の為の共同であり、植物でさえ一方を狭められたり、枝を切られたりすれば、違う方向に成長して行く。生存の為に力を尽くし弾圧に対して抵抗することと、アイデンティティーに対する健全な定義が過剰に膨張を遂げてしまうことの間には非常に大きな違いがある。

また、弾圧されているアイデンティティーを守ることが、アイデンティティーの結びつきを越えたより広範な自由・平等・公正の中で図られずに、ただアイデンティティーのみに集約されるならば、それは他者を疎外する自己中心的な主張に至るだろう。そして、その民族的なアイデンティティーの行き着くところは民族主義でしかない。

私が観察し分析したいくつかの例は、政治的な常套句や理論的な言説の多くを吹き飛ばすものだ。「クルド人は地球上で最も抑圧された民衆であり、国家を造ることによって汚されていない・・・」と語り始める一部の論者たちは、全く疑う余地のない真実を語っていると信じ込んでいる。階級や集団や人々の間に見られる差異を無視して、肯定的な定義にまで至ってしまう。確かに、貧しいクルド人の民衆は抑圧されているが、クルド人の支配的な階層はこの国で起こったあらゆる醜聞に関わり、不正に手を染めている。そして、これにはアルメニア人やネストリウス派の虐殺も含まれているのである。

集団や個人のレベルで見ても、その残虐性を現す者たちの数は、他の民衆から比べても少なくない。これには、女性に対する(風習・名誉の)殺人を挙げれば充分だと思う。

要するに、クルド民族主義は最も原始的な形で20世紀の初頭から存在し、政治的なエリートの階層によって活動が維持されてきた。そして、現在の時勢により、この先さらに大きくなるだろう。主権国家の存在は常にカーテンの役割を果たし、現状を見え難くしてきたのである。

いくつかの解り易い例を挙げてみたい。アクン・ビルダルがディヤルバクルから候補となったことに反対した一部の人たちは、「何故、トルコ人を候補にするのか?」と言って抗議キャンペーンを繰り広げた。彼の尽力や人権活動、クルド人の良き理解者であることなどは重要とならなかった。彼は同族ではないからだ。しかし、ディヤルバクルの人々は、この原始的な民族主義を支持しなかった。

それでは、我々はバスクン・オランへの支持を取り止めたことをどのように説明できるのか? 「彼はケマリストである」と言われていた。それは確かに違いない。本物の民主主義者であり、トルコの愛国者である。しかし、我々にトルコ人と一緒に暮らしたいという願望があるのなら、我々はバスクン・オランと共に国会へ入らなければならなかった。

ディヤルバクルから立候補した我々に対し、他の政党、特にAKP(公正発展党)の候補者たちが「この人たちはクルド語を知らない」などと話していたのは、私からすれば最も滑稽な例と言える。つまり、民族主義は、クルド人の政治的なエリートや支配的な階層から常に戦略として利用されてきた。その言動は、他者の疎外と所謂“血の繋がり”に基づくものだった。時として独立国家の建設、時として民衆を搾取する為、時としては占領と侵略への抵抗という立場から、もちろん多くの場合、民衆を互いに争わせる為に使われたのである。

占領と侵略に対する抵抗運動の影響、そして独立国家建設の為に使われたことにより、それは道徳的に“良い”カテゴリーの中へ入れられてしまった。最低のレベルであっても、こういったポジションで使われた場合、「民族主義ではない」と言われて無罪放免されたのである。しかし、大衆的な活動の場面で語られた言葉の数々は、時として、プログラムにおいて表現されたものより一層真実に近いものがある。


*異なる要素の混交

民族主義は久しく世界的な問題となっている。世界的な規模で、国家や民族、言語・文化を超越した多様なアイデンティティーを内包する政治的な解決、理論的で尚且つ実際的な解決を見出せる視野が必要とされている。統治と闘争の戦略において伝統となって来た、統合的であり、民族的アイデンティティーを疎外する内向きな“我々”の創造ではなく、それぞれに異なる要素から成り立つ、中央を持たないネットのような広がりのある多様性のモデルを議題にしなければならない。世界規模の同盟というネットの中で、それぞれに異なる要素が混交した状態を希求することは、21世紀のパラダイムによるものだろう。政治的な活動も、プログラム、戦術、日々の言論のレベルで議論と調整へ必然的に向かうことになる。

「最も優れているのは我々だ」と主張する全ての集団が民族主義へはまり込む為には、僅かな時間、そして増殖があれば充分である。そして、内側と外側の境界を明確にする見事な民族主義が生まれてしまう。

我々は200年に亘って、この病的な状態の中で互いに争って来た。近年、トルコは二つの圧力に直面している。一つはグローバル資本の全面的な支援を受けた穏健なイスラム、もう一方は民族主義による衝突であり、これはトルコ共和国の初期に発生して以来続いて来た。ムスタファ・ケマルは、当時、汎イスラム主義と汎トルコ主義の双方と闘っていたにも拘わらず、彼が造り上げた共和国は、民族主義と宗教主義が混ぜ合わさったものに引き渡されてしまった。

クルド人も今同様の危険にさらされている。クルド人の政治活動は、こういった危険がある以上、外に向かって、民主的な要求によりこれを乗り越えるのか、内に向かって民族主義と教団の勢力に取り込まれてしまうのか、その真っ只中にいるのである。

トルコ共和国の民主化がもたらすトルコ人とクルド人の融和により、我々はこの危険から救われると私は信じている。民主的な共同の解決は、トルコ人とクルド人の真摯な祖国愛に基づく名誉ある誠実で公正な連帯によってもたらされるだろう。かつて共和国初の国会で始まったこの共同を、現在の国会で更新することができる。しかし、残念なことに、越境作戦は民族主義的な圧力を一つの選択肢にしてしまっている。

この文の冒頭に戻るならば、“健全な民族主義”という命名は、本来が広告活動の一つに過ぎない。これは、最近になって始まった粗悪品のマーケッティング方法として受け入れられた。そもそも、あらゆるアイデンティティーは、成り立ちから道徳的に健全と言える要素を持っている。そして、全てのアイデンティティーにはその同一性というものがある。だから、あるアイデンティティーを他のアイデンティティーより優位に見たり、他を見下して疎外したりする意味合いにおいて、民族主義には健全な要素など何処にもない。つまり、ガムやソーダを売るために、民族的なシンボルを用いたり、民族主義的な符丁を繰り返したりすることは、せいぜい安っぽい広告の方法でしかないのである。

****

原文
http://www.radikal.com.tr/ek_haber.php?ek=r2&haberno=7796

▲トップページ
▲前の記事
▲次の記事
▲トルコの新聞記事INDEX