【177】スカーフが分ける男女の縁【ラディカル紙】【2007.12.13】

12月12日付けのラディカル紙より、テュルケル・アルカン氏のコラム。アルカン氏は、大学で女子学生のスカーフ着用を解禁することにより、スカーフの着用が急増する可能性を示唆しています。

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「スカーフ禁止令を解除すれば、全ての女子学生がスカーフを被るようになる」とタルハン・エルデムは言った。エルデムの実施した調査によれば、この5年間でスカーフの着用率は4倍に増加したと見られている。これもその主張を裏付けるものであるに違いない。

しかし、新任の高等教育委員長ユスフ・ズィヤ・オズジャン(社会学の教授である)は、「そう思わない」と言う。「自由にすれば、リベラルな民主主義となる。男たちは、スカーフを被っていない女性に興味を示して、異なる態度を取るかもしれない」。オズジャンは、禁令を解かれたスカーフ着用者に対する関心は増えるどころか減少すると言うのである。

私は、政治的な関わりを考慮せずにこのテーマを議論するのは間違いではないかと思う。私も一昔前なら、スカーフを解禁にしたところで、それほど劇的な変化は見られないだろうと思っていた。そもそも、大学でスカーフが解禁されていた時代もあったが、その時代にスカーフを被った女学生が増えることはなかった。それどころか減ったように見えたものだ。しかし、当時はスカーフの問題が今のように病的な状態とはなっていなかったし、AKP(公正発展党)の如き宗教的な前歴を持つ党が国政を担当していたわけでもなかった。

ところが、今や状況は変わってしまった。“スカーフ”は既に国を統治しているのである。大統領夫人も首相夫人もスカーフを着用している。閣僚の夫人たちも多くはスカーフ着用派だ。高級官僚の夫人たちなどは、殆どその全てがスカーフ着用派と言って良い。

スカーフは既に政権のシンボル、パワーの象徴となってしまった。スカーフを被っていない女性たちはなんと哀れなことか!

この状況で、スカーフを被った女学生がどうして減るのだろうか? 増えるだけ増えてしまうに違いない。タルハン・エルデムによる調査の結果が示したように。しかもこの増加は、大学において、より顕著になるだろう。その理由は難しいものではない。大学の学生たちは、その多くが中流の子弟であり、中流の人々は一般的に社会の中でさらなる上を目指し、上流の象徴的なものを受け入れようとする傾向があるからだ。

新しい上流階級の象徴がスカーフであれば、中流の子弟がスカーフの着用になびくのは、より自然なことではないだろうか? 

この状況では、大学において解禁されたスカーフがさらにポピュラーな存在になることを予期しなければなるまい。

新高等教育委員長の見解を私は理解できない。「男たちは、スカーフを被っていない女性に興味を示して、異なる態度を取るかもしれない」と言う。男たちは、女が髪の毛を見せたからといって、もともと惚れていた女を放り出し、髪の毛を露わにした女の尻を追うようになるということなのか、オズジャン氏が言いたいのは?

そんなことはあるわけがない。正直言って、私は、社会学の教授でもある高等教育委員長から、もっと内容のある解決策を期待していた。

この高等教育委員長の理屈で考えた場合、「男たちは髪の毛を露わにした女に夢中になるから、スカーフを被った娘たちが売れ残ってしまう危険が生じる」と心配して、「全ての女がスカーフを被らなければならない」という導師のお達しが発表されるかもしれない。

なにしろ、競争は平等の条件で行なうべきものだから。

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原文
http://www.radikal.com.tr/haber.php?haberno=241389

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