【170】ムスタファ・ケマルが蘇れば【ラディカル紙】【2007.06.08】

前の記事と前後して少し古い記事になりますが、6月4日付けのラディカル紙より、ネシェ・ドュゼル氏のコラムを一部分だけ訳してみました。ドュゼル氏のインタビューを受けた左派の知識人であるバスクン・オラン氏は、「西欧化を望まない者はケマリストではない」と論じています。

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<前略>

Q:今日、知識人らの中で反EUを唱える人が増えつつあります。先達てのデモ集会におけるスローガンは“EUもアメリカも要らない”でした。知識人らの反EU傾向をどのように説明しますか?

A:彼らの第一の特質は“ケマリストである”ということではなかったのか? ケマリストの改革が、法律を翻訳して輸入したものだったことを思い出してもらいたい。今日、その知識人とやらが言っていることを、1920年代には、反動的な保守層が口にしていた。反動勢力は、当時ケマリストに反抗していたが、今はEUに反抗しているということだ。しかしながら、EUへの加盟を目指した改革はケマリズムの延長なのである。つまり、2000年代バージョンと言えるものだ。さらに、この“知識人”たちは反帝国主義の概念をも捻じ曲げてしまった。国際関係について何も解っていない為、「EUとアメリカの帝国主義に反対する」と言っているが、気がつかないまま、我々をアメリカの支配へ押しやろうとしているのである。

Q:しかし、一部の軍人は、ロシアとの同盟を主張していると言われています。トルコが“EUもアメリカも要らない”と言って、ロシアと同盟すれば、どんな結果をもたらすのでしょう?

A:まったく同じ思考方式なのだが、我々がこれを1960年代〜70年代に語っていた時は、「トルコを世界から孤立させる気か?」と言いながら、我々を刑務所に放り込んでいた。今彼らは、再起してIMFの軍門に降り、アメリカに口だけで対抗しているロシアと、WTOに加入して自らを救おうとしている中国をトルコの同盟国として考えている。その想像力の逞しさには感動してしまう。どうか、西欧化を望んでいないのであれば“我々はケマリストだ”なんて言わないで欲しい。もしも、ロシアと中国のパワーが将来明確なブロックを築けるようになれば、その時トルコはもちろん自動的に、アメリカとEUに対して東をバランサーとして使い始めるだろう。しかし、今日の世界には、バランサーとして使える東のパワーなんて何処にもない。EUから遠ざかった場合、我々の前にはアメリカの支配しか残らないだろう。

Q:ロシアとの同盟が世界の現実に合っていないのだとしたら、彼らは何故ロシアとの同盟を主張しているのですか?

A:申し上げておくが、彼らは西欧化を望んでいないし、ケマリストですらない。教条主義者なのである。一方で“政教分離が危機にさらされている”と言って人々を、もう一方では“民族主義”によってエリートたちを支配下に留めようとしている。彼らは政教分離をまるで宗教のように解釈しているのだ。ムスタファ・ケマルの言葉とマホメットの言行録、アタテュルク廟とメッカのカーべ神殿、ヌトゥク(訳注:アタテュルクの演説を記した本)とコーランの間に同質のものが見えませんか? マホメットの言行録は、“正統な言行録”と“非正統な言行録”に別けられるが、アタテュルクの言葉においても、例えば「私をトルコ人の医師に預けなさい。共産主義は至るところで押し潰されなければならない」という言葉は、あとから捏造されたものであることが解っている。こんな国が統治できるだろうか? ムスタファ・ケマルが蘇ればこのケマリストたちを棍棒で追い払うだろう。

Q:では、この前のデモ集会をどのように評価されますか?

A:集会を企画した者たちと集会に参加した人たちを別けて考えなければならない。集会に参加したのは“恐がった人たち”であり、集会を企画したのは“恐がらせようとした者たち”である。人々は、ある恐れを伝える為、そしてこの恐れから救われる為に広場へ集まった。ところが、集会を企画した者たちは、アタテュルク思想協会会長の元憲兵隊司令官を始めとして、この恐れを継続させ、国家の制圧を続ける為に、人々を広場へ呼び集めたのである。つまり、恐がらせる為に人々を呼んだのだ。この集会を、後に政府へ干渉する通告や軍事介入の社会的な理由として使うのだろう。そもそも集会に参加したのは、教団の支配を恐れている人たちだった。教団とは、宗教をイデオロギーとする集団のことであり、封建時代の残滓である。人々はこの教団の恐怖から救われたいと望んでいる。それどころか、一部の人々は、教団の制圧から、唯一国家の制圧により救われると考えている。

Q:広場を埋め尽くした人々は反AKP(公正発展党)かもしれませんが、軍事介入を支持しているのでしょうか?

A:大多数は支持してない。しかし、次のことも知るべきである。トルコに民族主義などというものは無い、あるのは国家主義だ。西欧では先ず民族が成立し、その民族が自分たちの国家を築いたが、トルコでは先ず国家が成立して、その国家が自分たちの民族を創りあげようとしたのである。トルコで誰かが「私は民族主義者だ」と言うのであれば、それは国家主義者であるということだ。彼の忠誠は民族(国民)に対してではなく、国家に向けられている。実際のところ、トルコにおいて国家は、民族(国民)を殆ど創り上げたと言って良いが、未だ完成されてはいない。もしも、「トルコ人(テュルク)と言える者は幸せである」というスローガンを、2000年代に「トルコ国人(テュルキエリ)と言える者は幸せである」という形にすることが出来れば、民族(国民)の創生は完了するだろう。

<中略>

Q:シャリーア(イスラム法)の危険性はあると思いますか?

A:シャリーアの危険性は無い。彼らは既にシャリーア主義者ではないからだ。彼らは既に小ブルジョワと言って良い。現在の争いは宗教と関係があるものではない。これは小ブルジョワたちの争いだ。一時期“アナトリア資本家”などと呼ばれていた田舎町の名士たちは既に小ブルジョワとなり、1930年代からこの国を統治して来た旧エリートたちの前に、新エリートとして出現した為、この争いが起こったのである。小ブルジョワは階級ではない、一つの層と言えるだろう。これを二つに別けて、教育を受けた者たちを知識人、そうではない者たちを商工人と言うことができる。もっとも、商工人も後に大卒となったかもしれないが、商工業を営んでいるから、商工人と言えるだろう。今日までは、知識人たちが政権で支配的だった。ところが今、商工人が登場して政権のパートナーになろうとしていて、これが恐れられている。何故なら、商工人は田舎町の雰囲気、つまりイスラムと保守性を背負っているからだ。しかし、このイスラムは既に飼い馴らされてしまった。つまり、ブルジョワとなってしまった商工人が拠り所としている唯一のものは利潤を最大にすることなのである。

Q:それでは、シャリーアの危険がないとして、穏健なイスラムの危険もないのですか? 生活に保守的なものを要求する圧力が増す危険性はありませんか?

A:それは潜在的な脅威とは言えない。単なる現行の状態である。田舎町や都市の周辺部には、もちろん教団の圧力が存在する。しかし、これが増して行くことはないだろう。この人々がクラスを上げて行くに従い、教団の圧力は減少する。ところが、この人々がクラスを上げて行くことが、他の層を恐れさせているのだ。既に、保守的な傾向は行き着くところまで到達してしまった。この人々は、同時にクラスの階段も上り詰めているのである。彼らの子供たちはもうそれほどイスラムを拠り所としないだろう。わけても、彼らの支持政党が政権をとったことが彼らを一層飼い馴らしてしまっている。恐れてはならない。「政教分離が危機にさらされている」と言い、教団が個人を押し潰すことに対抗しているように見せているが、国家が個人を押し潰してしまうことにも対抗しなければならない。「必要とあらば、軍が政教分離を守る」と言いながら、国家が個人を押し潰す道を開いてしまったことを見るべきである。教団、そして国家の制圧に対して闘わなければならない。

<後略>

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原文
http://www.radikal.com.tr/haber.php?haberno=223097

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