【166】アフリカをルーツとするトルコ人【ラディカル紙】【2007.01.28】

1月28日のラディカル紙より、アナトリア通信の報道。オスマン帝国の末期、海賊により奴隷売買を通じてアナトリアへ連れて来られたアフリカをルーツとするトルコ人の国民が互助協会を設立したことが明らかにされています。

****

オスマン帝国の末期、海賊により奴隷売買を通じてアナトリアへ連れて来られたアフリカをルーツとするトルコ人の国民は、イズミルで協会を設立して組織作りに臨み、アナトリアにおける120年の歴史をも著そうとしている。

父祖がケニアからアナトリアへ連れてこられたというムスタファ・オルパクは、同胞を主導してアフリカ人互助協会を設立した。

オルパクは、アフリカをルーツとする人たちの120年の歴史を題材にした「奴隷から自由へ、アラブの女ケマレ」「ケニア−クレタ−イスタンブール−奴隷」という二冊の本を執筆し、さらに、アフリカ人によって語り継がれた歴史を編述するため、準備を進めているが、西部アナトリア地方に散在しているアフリカ人を探し出すのに苦労しているそうだ。また、社会学者らによる研究へ資料の確保を求めてユネスコに協力を要請、返答を待っている段階であると言う。

オルパクによれば、アンタルヤからイスタンブールにかけての沿岸地域に200万のアフリカをルーツとするトルコ人の国民が存在し、この中で、オルパクが探し当てた僅かな人たちの多くは、イズミル、アイドゥン、ムーラ、バルクエスィルに住んでいる。

オスマン帝国の時代から共和国に至るまで、アフリカからやって来た人々は良い待遇のもとに、強制を受けることなく、自分たちの文化を維持したそうである。奴隷売買により、英国、フランス、オーストラリアのような国々へ連れて行かれたアフリカ人は文化を失い同化されてしまったとオルパクは明らかにしている。

アフリカをルーツとするトルコ人の国民が最貧層を形成していると主張するオルパクは次のように語っている。
「トルコにいる200万の同胞を集めたいと思います。私たちは、トルコにおいて、いつも善意と寛容と誠意に接して来ました。ですから、ここから離れようとは全く考えたこともなかったし、今も考えていません。この大地は私たちの祖国なんです」。

****

原文
http://www.radikal.com.tr/haber.php?haberno=211353


▲トップページ
▲前の記事
▲次の記事
▲トルコの新聞記事INDEX