【165】暗殺されたアルメニア系ジャーナリストへのインタビュー【ラディカル紙】【2007.01.23】

1月22日のラディカル紙よりネシェ・デュゼル氏のコラム。デュゼル氏は、1月19日に暗殺されたアルメニア系ジャーナリスト“フラント・ディンク氏”へ、過去3年の間にインタビューしたものを編集して伝えています。

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誠実で勇気に満ちた一人の人物が殺された。アルメニア人問題が、これほどまでにデリケートな、敵意に溢れた議題となっている国で、彼はこの問題に対して、過去の記憶を忘れないまま、しかし、そこへ復讐の感情を持ち込まずに取り組んだ人間だった。彼は歴史上の出来事を、ひたすら良心によって見つめることが出来る人間だった。

おそらくこの為、彼が殺害されたことは、この社会で全ての人の心を打つ悲しみに転じたのである。フラントがアルメニア問題へのアプローチに見せたヒューマンな視点は、その全ての発言から感じ取ることができた。

私が試みたインタビューでも、常にヒューマニズムが強調されていた。生まれ育った社会と大地に対する愛着は、如何なるものからも影響を受けないことを説き明かしながら、現実から逃げようとはしなかった。

彼の如く誠実で底意のない人物にも我慢がならなかったということは、今我々に等しく恥辱と悲しみをもたらしている。

如何なる人物が殺されてしまったのかを、我々がより深く理解する為に、この3年間で彼に試みたインタビューの中から一部を編集してお伝えしたいと思う。この殺害事件に感じた悲しみを減ずるものなど何処にもない。この死は我々とともに生きるのである。


Q:トルコとアルメニアにおける問題の筆頭に、第一次世界大戦の過程で生じた“アルメニア人の強制移住”があります。アルメニア共和国はこの事件を忘れようとしているのですか?

A:いや、誰もこの事件を忘れはしません。アルメニア共和国から、アルメニア人から、アルメニア的世界から、この事件の忘却を望むことはできないのです。一つの民族が、その味わった悲しみを、歴史を、父祖を、何故忘れてしまうのですか? トルコでは、アルメニア人に殺されたトルコ人の記念碑が立てられていますね。あの記念碑は過去を忘れるために立てられたのですか? 忘れるという考え方は好ましいものじゃありません。忘れずにそれと闘うこと、その記憶から敵意を生じさせないこと、これが人間に相応しい考え方だと思います。我々があの人たちを忘れてしまったら、それは我々のアイデンティティーに対する裏切りとはならないでしょうか? 人が4月24日を大虐殺の始まった日として思い起こすと言って・・・

Q:では、あの事件が歴史の中に埋もれ、将来の友好を妨げないようにする為、トルコは何をしなければならないのですか?

A:私はディアスポラのアルメニア人へ、こう呼びかけています。
「トルコばかりでなく、世界の如何なる政府、議会、民族へ“大虐殺を認めろ”と要求してはならない。これは我が民族の悲劇であり、私はこの悲しみを誇りをもって背負う。永遠に放さない。誰かがこの悲しみ分かち合うことは、彼らの人権と民主主義に対する態度によるもので、彼ら自身の問題である」。
トルコも“忘れろ”という考え方に固執してはなりません。トルコの歴史家ハリル・ベルクタイが、トルコの公式見解とは異なることを語ったら、リンチされそうになったでしょう。映画「アララット」の公開でも大騒ぎになりました。トルコが“大虐殺の問題”から抜け出したいのであれば・・・

Q:“大虐殺の問題”から抜け出したいのであれば、何をしなければなりませんか?

A:あの問題がこの大地で、民衆・社会の中で語られるようにならなければなりません。あの事件は、この地域で、この大地の上で起こりました。様々な歴史的資料が自由に公開され、読まれるべきです。私は「トルコは大虐殺を認めろ」などとは言ってません。「トルコがこの議論を恐れていないことを、世界に、そしてアルメニア人に示して欲しい」と言ってるのです。「アメリカやフランスの議会など必要ない。問題をここで話し合おう」と言わなければなりません。

Q:アルメニア人強制移住の問題を、最も頻繁に議題にあげようとしているのは、アルメニア共和国外に住むディアスポラのアルメニア人であると良く言われていますね。世界の各地域に散在するアルメニア人にとって、あの事件を二つの社会に敵意をもたらさないテーマにすることは可能でしょうか?

A:ディアスポラがノーマルなものになることは、トルコの態度の如何に関わっているでしょう。ディアスポラにとって、トルコという事象は、アルメニア人のアイデンティティーの上で、信じられないほど否定的な影響をもっています。これを肯定的なものへ変えるためには、エンパシーを発揮しなければなりません。彼らの苦悩が何であるのか理解しなければなりません。そして彼らと文明的に話し合うのです。

Q:ディアスポラのアルメニア人は、このテーマを文明的に話し合う準備ができていますか?

A:トルコに過剰な民族主義者たちがいるように、ディアスポラにも過剰な民族主義者やマージナルなグループがいます。しかし、我々はこの問題を彼らに独占させてしまうのですか? それに、ディアスポラの90%が、積極派ではありません。

Q:外国で移民として生きるアルメニア人が、アルメニア人強制移住に対して感じている憤怒は、彼らがアルメニア人としてのアイデンティティーを保つ上で、最も重要な要因であると言われています。これは本当ですか?

A:全くその通りです。アイデンティティーを生かすものが、トラウマではなく、アルメニア共和国の存在にならなければなりません。既に独立してから14年が過ぎました。強制移住や死、殺害といった事件は、多少なりともこの国家の形成を目指したことに関わっています。この場合、我々は父祖に対して、死者に対して、先ずどういう形でお返しすべきなのでしょう? それは、アルメニア共和国が繁栄し、安全で平穏な国として存続することです。エネルギーをアルメニア共和国へ向けなければなりません。トラウマとは病的な状態です。しかし、私がこう言うと、「お前はトルコの国民じゃないのか?」と言われてしまうんですね。私はトルコで暮らしているアルメニア人なんですよ。誰もが自分の暮らしている国で“良き国民”になれますが、一方で自分の民族的な同胞が暮らす独立国の存在、幸福を考えることができるはずです。

Q:アルメニア人強制移住の問題が、トルコとアルメニア共和国の間で解決されれば、世界中のアルメニア人にアイデンティティーの問題が生じるでしょうか?

A:このアイデンティティーは、西欧に住んでいるアルメニア人の拠り所となっていて、強制移住の問題がなくなれば、アイデンティティーの危機、アイデンティティーの崩壊が起こると言われています。「アルメニア人は、そもそも移住した国々で、その多くが同化されつつある」と言うのです。しかし、私の考えでは、問題が解決しても、アルメニア人のアイデンティティーは危機にさらされません。何故なら、それを“アルメニア共和国の存在とその将来を考えること”が満たしてくれるからです。そして、世界中のアルメニア人のアイデンティティーもトラウマ的な状態から救われるでしょう。より健全で平穏なアイデンティティーへ移行するのです。アルメニア人のアイデンティティーは憤怒の精神状態から抜け出さなければなりません。この憤怒の精神から、健全な関係や将来は生まれません。そして、ここでトルコが大きな役割を演じなければならないのです。アルメニアとトルコ社会の関係は、ふたつの病的な事象になっています。一方は、その悲劇によるトラウマから不健康であり、もう一方も、アルメニア人に対して、「アルメニア人はかつて住んでいた土地を取り戻そうとしているんじゃないのか?」とパラノイア的な恐怖心から不健康になっているのです。

Q:トルコにおいてアルメニア人であることは困難なものでしょうか?

A:私は喜んでトルコのアルメニア人をやっていますよ。

Q:それは困難ではないということですか?

A:多分、私は困難なことが好きなんですね。ローザンヌ条約によってトルコ共和国が成立した頃、ここには30万人のアルメニア人が住んでいたんですよ。13万人がイスタンブールに、17万人はアナトリアに住んでいました。今はこれが6万人に減っています。しかし、共和国成立当時1300万だった人口は、今や7000万に増えました。それなのに、何故、アルメニア人は減ってしまったのですか?

Q:何故でしょう?

A:これは、おそらくトルコでマイノリティーとして生きることの難しさを示しています。共和国が成立する際にも我々は衝撃を受けてます。祖父や父の世代には、いきなり富裕税が課せられ、一晩で財産を失いました。さらに“9月6日・7日の事件”が襲いかかったのです。我が国には、全てを同じ型に押し込めようとする強制的な発想があります。我々は多数派の文化の中で育つわけですが、この国の異なる文化を人々に伝える授業すら学校にはありません。授業どころか、言葉にも出てきません。「アリは球をアイシェに投げた」という言葉と共に、「アリは球をアゴプ(訳注:アルメニア人の名前)に投げた」というような言葉が見られますか? しかし、民主化にともない、トルコはここ数年“異質なもの”に目を向け始めています。民主主義が発展すれば、それだけトルコでアルメニア人として生きることも楽になるでしょう。

Q:アルメニア人として生きることで最も大きな困難は何ですか?

A:別に何かされるわけじゃなくても、偏見を受けていることを感じれば平穏ではいられません。この30年をアルメニア人の身になって考えてみて下さい。1970年代、キプロス紛争の後から“ASALA”のテロ行為が始まりました。アルメニア人がトルコの外交官に襲いかかったのです。トルコで我々に攻撃的な弾圧が加えられたわけではありません。しかし、「何ということだ。海外でアルメニア人たちがトルコ人にあんなことをしている。私もアルメニア人だが、殺しはしない。何故、彼らは殺すんだろう」と緊張させられました。その後、トルコではクルド人の問題がアルメニア人に結び付けられてしまいます。アブドゥラー・オジャランを“改宗したアルメニア人”に仕立てあげました。「PKKはもともとアルメニア人の問題だ」と言い出したのです。我々はこれをテレビで観ていました。さらに、カラバー問題が起こります。内務長官は、ヒズボラの財政責任者が“改宗したアルメニア人”であると発言しました。大概、悪人がアルメニア人であることを告げれば、それで問題は片付いてしまいます。この国では、いつも「悪いことはアルメニア人が起こす」という見方が培養されてきました。アルメニアという言葉がいつも否定的な意味合いで使われたのです。

Q:マイノリティーであることは、人に不信感を呼び起こしますか?

A:残念ながら。

Q:政府はあなた方を疑うような態度を取ってますか?

A:常にそうです。将軍になったアルメニア人がいたら教えて下さい。警察署長になったアルメニア人がいたでしょうか。

Q:政府の上層部にアルメニア人は全くいないのですか?

A:いません。

Q:アルメニア人の将校はどうでしょう?

A:大卒ならば、兵役を務める時に予備士官となれます。しかし、職業軍人のヒエラルキーの中には見当たりません。アルメニア人の将校はいないのです。国家の公安組織、警察、省庁、官僚の中にもいません。2年前、私のところへ警察官応募に関するレポートが送られてきたので、これをアゴス紙で発表しました。レポートによれば、警察庁は応募があった場合、住民登録課に、その人が兵役を終らせていることだけでなく、“クリスチャンからの改宗ムスリム”であるかどうかも問い合わせるそうです。この国では“改宗者”さえも警察官にさせないよう取り計らわれているのだから、改宗していない者がどうやってなれるのでしょう。トルコの政府はマイノリティーを常に公安上の問題と見てきました。高校の“公安”の教科書もこの見方を要約しています。そして、アルメニア人は正しく公安上の問題なのです。「この国の95%は文化・目標・運命を共にしている」と言い、「5%のマイノリティーは同様の目標・運命を担っていない」と明らかにしています。私の学校では、これが教科書として読まされているんです。アルメニア人に関して教科書は正しく災害と言えます。アルメニア人の子供たちは、自分の学校で、アルメニア人が如何に背信的で国家を裏切って来たのか教わるのです。これは子供たちへ、そのアイデンティティー、その名誉に対して行なわれる心理的な拷問に他なりません。

Q:アルメニア人の国民が国家公務員となることを妨げる法律がありますか?

A:ありません。しかし、トルコでは、記されていない法律が、時として“明記されている法律”よりも有効になってしまうのです。

Q:国家公務員になる為の申請をしたアルメニア人と会ったことがありますか?

A:全くありません。

Q:それでは、アルメニア人が国家公務員として全く受け入れられていないということを、どうやって証明するのですか?

A:トルコにおける国民の概念は平等じゃありませんよ。我々はこの国の国民なんです。しかし、マイノリティーを外国人と見做す判決が下されています。我々の手から不動産を取り上げるために、国庫庁が起こした訴訟の一つで裁判所は「このマイノリティーは外国人のカテゴリーに入るものであり、法的に不動産を所有してはならない」という判決を下しました。最近になって、EU加盟の為の法改正により、法人も個人のように不動産を所有することができるようになったものの、未だに総主教座の問題は解決されていません。我々から奪い取った不動産をまだ我々に返していないのです。「マイノリティーは外部から我々の内へ伸びた触手である」という理解がここでは通用しています。CHP(共和人民党)の第9レポートを読んで下さい。マイノリティーを公安上の問題として扱っています。そもそもアルメニア人のコミュニティとして、我々は政府との接触を、唯一“公安部の少数民族課”で実現させています。何故なら、我々が公安上の問題であるからです。文化教育省において、マイノリティーに関する部署はありません。

Q:トルコを去りたいと思ったことはありますか?

A:全く考えたことはありません。今日のアルメニア共和国が天国のようなところであったとしても、あそこには行きません。欧米に金銀で誘われたとしても、やはり行きません。お願いですよ、根を張っているんですから。私の根はここに張られています。私と関係の無い天国などには行きたくありません。ただ、私はこの社会に文句はないけれど、国家の“異質なものを認めない考え方”には抗議して止まないのです。

Q:フランスに住んでいるアルメニア人の働きかけにより、フランス社会党は、トルコのEU加盟交渉に対し、大虐殺を認めることを条件にしようとしていますが、アルメニア共和国はこれをどう見ているのでしょう。この件について何か御存知ですか?

A:フランス社会党は、フランスにおけるタシナク組織の圧力により、あの発表を行なったのです。「大虐殺を認めないトルコとは交渉できない」と言い、これをコペンハーゲン基準のようなものにする為、欧州議会への提議を明らかにしました。彼らは大きな過ちを犯しています。何故なら、トルコがEUへ加盟すれば、アルメニア共和国にも加盟の可能性が生じるからです。アルメニア共和国の外相はトルコのEU加盟を支持すると発言しています。フランスのアルメニア人が解らなければならないことは・・・

Q:何を解らなければなりませんか?

A:本当の課題はトルコの民主化なんです。私はタシナクの委員と国外で行なった議論で、いつも同じ質問を繰り返してきましたが、それをフランス人にも訊いてみなければなりません。「あなた方にとって、どちらが重要なのですか? トルコが大虐殺を認めることですか? それとも、トルコが民主化することですか?」。トルコが民主化することは、トルコが大虐殺を認めることよりも遥かに重要でしょう。民主化を成し遂げた国こそが、歴史を清算し問題を語る勇気を得て、エンパシーを発揮できるからです。そうなれば、同じような事件は二度と起きません。

Q:トルコの歴史家、知識人、政治家はアルメニア問題を議論し続けていますが、この議論によって、真実を導き出そうとしているのでしょうか? それとも、真実が認められることを目標としているのでしょうか?

A:我々はこの議論によって、真実を導き出し理解する、つまり“事件の理解”に努めなければなりません。しかし、現在のところ、内外でトルコを、“認める”もしくは“否定する”という両極の間に押し込めようとしている状況が見られます。世界とアルメニア人は「トルコは事件を認めなければならないのに、否定している」と言ってますが、本当に問い質さなければならないことは、これじゃありません。

Q:何ですか?

A:「トルコの社会は、真実を知っていて、“是認”もしくは“否定”しようとしているのか?」ということです。トルコは今の時点で、“是認”もしくは“否定”に躍起となるのではなく、事件を理解しようと努めなければなりません。人々に押し付けられた“是認”もしくは“否定”、人々の感情に訴えていない過程など、誰の利益にも成らないでしょう。人々はアルメニア人問題を学び、理解した上で、「これは私にとって大虐殺と言えるものだ、いやそうではない」と事件を是認もしくは否定するのです。わけても、国家や政府が外圧によって、仕方なく事件を認めることには何の意味もありません。

Q:何故ですか?

A:真実を知らなければならないのは社会であり人々であるからです。語られるべき概念は良心であり、国家の良心などは何処にもありません。社会と人々に良心は存在し得るでしょう。そもそも、理解することも良心に関わる過程と言えます。

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原文
http://www.radikal.com.tr/haber.php?haberno=210811

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