【157】アルメニア人強制移住の問題【ザマン紙】【2006.06.13】

6月11日付けのザマン紙よりエティエン・マフチュプヤン氏のコラム。トルコ国籍のカトリック系アルメニア人ジャーナリストであるマフチュプヤン氏が、トルコの立場から“アルメニア人強制移住の問題”を論じています。

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象徴的に“アルメニア人強制移住の始まった日”とされている4月24日が近づくと、毎年同じような演出にお目にかかる。

4月24日は、イスタンブールで200人余りの知識人が政府に連行され果ての知れない旅路へ送り出された日であり、ゼイトゥン(訳注:現在のカフラマンマラシュ県スレイマンル)からコンヤへ連れて来られた人々がシリアのデルゾル砂漠へ向かわされた日である。

しかし、今日、対立する双方の論点は既に過去の出来事とは余り関係がないように見える。ディアスポラが牛耳っているアルメニア民族主義は、西欧の政治を利用しながらトルコへ圧力を加えようと躍起になっている。トルコは、一方で国内の民族主義的な立場から“公的な歴史認識”への支持を高めようとし、もう一方で、国際関係上可能な限り、説得から無理強いに至るまでのありとあらゆる手段に訴えて、問題となっている西欧の政治姿勢を妨げようとしている。

我々はまるで自らの手で自分の鼻に鼻輪をつけ、鼻輪に結ばれた紐を西欧人の手に委ねてしまった“鼻輪の虜”であるかのようだ。紐が強く引っ張られると、自尊心を傷つけられて反抗し、紐が緩められれば、自尊心を宥められて喜ぶ。しかし、鼻輪は同じところに付いたままだ。我々は鼻輪をぶら下げながら周囲に微笑みかけて、また一年を過ごすことになるのだろう。

トルコがこの状態から抜け出す時はとっくに来ている。しかし、よその人がこの鼻輪を外してくれるわけではない。我々は自らの行動により、鼻輪を外す機会を得なければならないと知るべきである。一方、これが、自らを欺きながら、あるいは勇気を発揮しながら得られるものではないことも明らかだ。トルコは自分に対して正直になり、他国の態度を狭い政治の枠に囚われずに評価する必要がある。

ついては、9人が署名して“Liberation”紙に発表された広報で強調されたように、表現の自由が不可欠の価値として守られることを明らかにしなければならない。

その次に、“ダブルスタンダード”の問題をどのように扱うかが焦点となる。何故なら、トルコでは多くの人が、フランスのダブルスタンダード的な態度を指し示すことで自分たちも無罪放免されると思っているからだ。しかし、他者がダブルスタンダードを取っていることにより自分たちのダブルスタンダードが正統性を得られるものではない。そして、特に歴史の問題において、トルコは未だ道徳的なスタンダードを作り上げる段階に至っていないのである。

一方、西欧各国と西欧社会の観点からすれば、あの議会決議は、歴史的な問題を法へ結びつけることとは関係のないものである。これを理解すると良いだろう。彼らは自分たちが歴史として仮定したものを犯罪のような出来事にしたまでのことである。

忘れてならないのは、過去90年の間にこの問題について少なくとも千冊の本、数多の論文が発表されたにも関わらず、その多くが公的なアルメニアの主張とは異なっている点だ。この過程で、何故トルコからは意義のある歴史研究が現れなかったのか? トルコの歴史家たちが世界で記され描かれていることを知らないはずはない為、この見て見ぬふりの態度を如何に説明したら良いのだろう?

ここでもっと重要なのは、今日、“歴史を歴史家たちにまかせる”問題について、より率直にならなければならないということだ。トルコは今もって“歴史を歴史家たちにまかせる”勇気を手にしていない。アルメニア問題に限らず、近世史全般において、国家が認定した公式見解をいじましく守ろうとする共通の理解がある。

既に、歴史的な事象についても誠意を見せなければならない時が来ている。例えば、イズミルを焼いたのがギリシャ人ではないこと、火災は彼らが去った4日後に始まり、どういうわけかギリシャ人とアルメニア人の街区だけが焼けたことを明言しなければならない。何故なら、これは全世界が知っていることであり、周知の事実を否定しながら、他者の正しい振る舞いを期待したのでは全く説得力が得られないからである。

さもなければ、それは自らの手で自分の鼻に鼻輪をつけ、紐を誰もが引っ張れるようそこらへ放り出すことになってしまう。

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