【156】トルコにおけるチェルケス人の存在【ザマン紙】【2006.06.11】

6月10日付けのザマン紙よりシャーヒン・アルパイ氏のコラム。トルコにおけるチェルケス人の現状が、イタリアの通信社“Adnkronos International”の記事を引用しながら説明されています。

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トルコ民族は、血のつながりの上に築かれた、エスニックや人種的なものに基づく民族ではない。トルコ共和国の立場からすると、トルコ民族はその国民によって形成される。国民の全てが自分自身をトルコ人とは見なさないかもしれないが、あまねく国籍によってもたらされる権利の恩恵に与れるように、その責任を負う義務もある。

自身をトルコ人と見なしている大多数の中で、エスニック的なトルコ人、即ち中央アジアをルーツとする者がどのくらいの部分を占めているのかは解らないものの、これが限られたものであることは間違いない。その人をトルコ人たらしめているものは、エスニック的なルーツであるとか、宗教的な信仰ではなく、トルコ民族へ帰属しその一部となる気持ちである。

なおかつ、トルコ人としてのアイデンティティーは一つに限定されない多様なものである。つまり、トルコ人でありながら同時にクルド人であったり、アルバニア人、ボスニア人、チェルケス人、グルジア人、アラブ人、アゼリー人、アルメニア人、ルム(ギリシャ)人、ユダヤ人等であったりすることが可能だ。また、海外へ移住した後、トルコ人でありながら同時にドイツ人、フランス人、イギリス人、ベルギー人、オーストラリア人、アメリカ人、スウェーデン人になることも可能である。

多様なアイデンティティーの現実は、単にトルコの問題とは限らない。グローバル化する世界の全ての国々に存在する。これを認識するためには、ざっと周囲を見渡してみれば充分だ。

トルコ民族を構成する要素の中に、北コーカサス地方を故地とし、チェルケス人と総称されるアブハズ人、アディゲ人、アセティン人、チェチェン人、ウブフ人をルーツとする者がかなりいることは知られている。最近、トルコにおけるチェルケス人のアイデンティティーが揺れ動いていることも分かっている。これが海外でも感じられていることを示すものとして、イタリアの通信社“Adnkronos International”が5月29日に報道した記事を要約して紹介しよう。

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仮説によれば、現在、ヨルダンに12万人、シリアに4万5千人、イスラエルに4千人のチェルケス人が存在している。しかし、チェルケス人ディアスポラの大多数を占める350万人はトルコで暮らしているのである。

エスニックの少数派としては、最もトルコの社会に溶け込み、最も協調的であると言われていたチェルケス人が、最近になって、母語による教育の権利を主張すると共に、1860年代の半ばにロシア帝国の軍隊がチェルケス人に対して行なったジェノサイドをロシアへ認めさせるように求めている。

全てスンニー派のムスリムであるトルコに住むチェルケス人は、毎年5月21日に、1864年のロシア・チェルケス戦争の後、約150万人のチェルケス人が故国から集団で強制移住させられた悲しみを追憶する。ツァーリの軍隊がチェルケス人を根こそぎ無きものとする決意のもとに実施したとされる強制移住の過程において、およそ50万人のチェルケス人が病気と飢えの為に死亡した。

「トルコにおける5月21日の追憶式典は段々と広がりを見せています。コーカサス基金がイスタンブールで催した国際シンポジウムとコーカサス協会(51のチェルケス人協会をまとめた組織)が黒海沿岸のケフケン(強制移住させられたチェルケス人が最初に上陸した地)で開いた会議は、今年の重要な出来事でした」。

コーカサス協会の名誉会長メフディ・ニュズヘット・チェティンバシュ氏は、通信社へ伝えた談話により、チェルケス人のジェノサイドに関して次のように明らかにした。

「チェルケス人のジェノサイドを世界の議会で認めてもらう為に様々な企画を協議しています。アルメニア人のジェノサイドを認めるよう西欧各国から圧力を受けているトルコの議会は、チェルケス人のジェノサイドを認めることを躊躇っているのです」。

トルコにおけるチェルケス人をルーツとする人たちの中で、極限られた一部がチェルケス人のアイデンティティーに関心を見せている。しかし、近年、その中で顕著になってきた傾向が帰郷への模索である。チェティンバシュ氏はこの件について次のように語っている。

「チェルケス人ディアスポラは故国に帰りたがっています。若い世代は我々の言葉を話しません。この状況を変える為、チェルケス語の学校が開かれることを望んでいます。民間の語学塾に許可が与えられるだけでは充分と言えません。我々はポジティブな差別政策から恩恵を得たいと思っているのです。何故なら、チェルケス人はトルコを自分たちの祖国のように思っているし、近代的なトルコを築き上げた要素の一つであるからです」。

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グローバル化する世界で、それぞれのアイデンティティーは自分たちのことを尚一層強く感じさせるようになってきている。各々の要求するところはお互いに異なり、これはトルコでも同様である。私たちの中にある相違を見ようとせず、相違がないことにして統一を守ろうとするやり方は段々と難しさを増している。私たちの統一を守る道は、国家及び社会として、お互いの相違、そして国民がそれを選ぶ自由に敬意を表すことから始まるのである。

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