【155】氾濫するセックス【ミリエト紙】【2006.06.11】

6月10日付けのミリエト紙よりジャン・デュンダル氏のコラム。雌馬を犯して逮捕されたエンジニアなど、氾濫するセックスに対応できていないトルコ社会の有様が明らかにされています。

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先月、ボル県のアバントで、一人のエンジニアが賃借したジェイラン(ガゼル)という名の雌馬を犯している際に捕まった。馬の所有者が追跡していた結果、現行犯で取り押さえられたエンジニアは、“動物に対する性的な濫用”の罪により拘束された。

ボル県動物愛護協会のメンバーは、ジェイランを見舞い、砂糖を与えたうえ、ヒューマニズムの名において陳謝し、売り飛ばされぬよう取り計らった。

メンバーのある女性は、その場で“馬の目を見るのが恥ずかしい”と始まる一篇の詩を読み上げた。

同じ日、サカルヤ県ヘンデックのある村では、家畜小屋の雌牛の後ろにいたところを取り押さえられた17歳の青年が憲兵隊に連行されている。

いったい我々はどうなっているのだろう?

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ヴァン県のムラディエ郡では、一人の娼婦を使って県内各地で商売をしていた5人組が、自転車旅行を楽しんでいたスイス人のカップルに襲い掛かり、男性を木に縛りつけて、その目前で連れ合いを犯した。

アタベイ地下組織のリーダーと目されている大尉は、仲間が爆弾を隠していたアンカラ市エルヤマンの家に“女や娘を連れ込んだ”為、仲間との間に齟齬が生じたと語っている。

トルコでは、人身売買に関する先進国であるロシアやウクライナから来た若い娘たちが娼婦として無理やり働かされていることが明らかにされている。

いったい我々はどうなっているのだろう?

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テクセン・チャムルベル教授は、ギュナイドゥン紙で、トルコにおけるセックス年齢は全体的に低下しており、18歳以下の人工中絶が爆発的に増えていることを明らかにしている。

ハイダル・デュメン氏の“性に関する相談コーナー”には、カルス県の村に住む25歳の娘から、「女友達と人工ペニスでお互いに満足し合っています。私たちは同性愛者なんでしょうか?」という質問が寄せられた。

先月、ある大尉は、新婚初夜に「巧くいかなかった」と言って、ピストル自殺を遂げている。

本当に、いったい我々はどうなっているのだろう?

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つまりこういうことだ。

今や性は、歴史上のどの時代にもなかったくらい氾濫している。テレビや映画、ファッションショーでいつも主役になっている。

未だ身体的にも精神的にも性への準備が整っていない小学生が、携帯のカメラを使ってトイレの中でお互いを盗み見ている。

セックス産業はその活動範囲を村々にまで広めた。人々の間で回し見されているポルノVCDに登場する女性たちは積極的に求め、男たちは勇猛だ。写真のモデルたちは心置きなく科を作っている。

ところが現実はそうではない。

バラエティー番組における選り取り見取りの華やかさと異なり、現実の世界では、いっぱしのエンジニアであっても、山で雌馬を犯すぐらいしか選択肢がないのである。

ポルノで、夫を前にして別の男と喜びながら愛し合う外国の女性。現実の世界でこれをやったら強姦野郎としてリンチされるはずだ。

結婚してもVCDのようなパフォーマンスを実現できないことにより、男は深い敗北の心理に囚われてしまう。

そして我々は、三面記事を読みながら、氷山の下にどれほど悲惨なことが潜んでいるかを知るのである。

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そう、セックスは爆発的に氾濫したが、社会には未だその準備が整っていなかった。その広がる速さに意識の方が追いつかなかったのである。教育も遅れてしまった。

性は無知の中に取り残された。人工ペニスが片田舎へ、携帯カメラが学校のトイレへ入り込んだ。人工中絶の年齢は18歳未満に下がった。しかし、政府は長年に亘り、生徒へ妊娠や避妊具について語ることを躊躇っていた。今になって性教育の決定を下したとしても、既に生徒たちは先生よりもよっぽど多くのことを知っているだろう。

これは抑圧することによって解決できるものではない。そもそも抑圧こそがその原因なのだ。

だから、セックス・ドラマを禁止したり、馬にお詫びしたり、強姦野郎をリンチしたりすることは解決につながらない。広範囲な勇気ある性教育、大衆における革命的な性の啓蒙に、その解決方を求めるべきである。

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原文
http://www.milliyet.com.tr/2006/06/10/yazar/dundar.html


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