【150】アルメニア文字で表記されたトルコ語の小説【ザマン紙】【2006.05.08】

5月7日付けのザマン紙日曜版からハーカン・ユルマズ氏のコラム。オスマン帝国の時代、初めて現代トルコ語によって著された小説は、アルメニア人の手によるもので表記にもアルメニア文字が使われていたという史実が小説の内容と共に伝えられています。途中、トルコ語の発音の変遷などを紹介している部分は省略しました。

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近代トルコ文学の濫觴はタンズィマートの時代に遡る。文学の先駆者として知られるレジャイザーデ・エクレム・パシャ、サーミ・パシャザーデ・セザイ、ナビザーデ・ナーズム、ウシャキザーデ・ハリド・ズィヤはこの時代に育っている。レジャイザーデ・エクレムの「車に夢中」という作品はその初期のものだ。そして、トルコ語による小説の嚆矢は、1872年にシェムセッティン・サーミが著した“相愛のタラットとヒィトナット”という作品であると考えられていた。ところが、最初のトルコ語による小説は、レジャイザーデ・エクレムが未だ4歳の時、既にイスタンブールで出版されていたのである。しかしながら、この小説は他の同じ類の作品と異なり、文学界でその名が知られることは余りなかった。何故かと言えば、「アカビ(もしくはアガピ)の物語」というこの小説が、トルコ語ではあるもののアルメニア文字によって表記されていたからである。

これはオーストリアの著名なトルコ学学者アンドレアス・ティーツェによってパリの図書館で偶然発見された。その後、エレン・ヤユンラル社が原本に忠実な編集でこの作品を再出版したのである。宗派が異なるアルメニア人同士の悲恋を綴った物語は、19世紀のイスタンブールにおける政治的な事件も描かれ、興味深いものになっている。1851年に、著者のホヴセップ・ヴァルタンヤンは恋愛をテーマに小説を書きながら、カトリックのアルメニア人がアルメニア正教の総主教府によって国を追われた1827年の事件も描いていた。

<中略>

“アガピ”の初版では著者について全く明らかにされていなかったが、アルメニア人の資料を調べることにより、著者のホヴセップ・ヴァルタンヤンは、1813−1879年にイスタンブールで生涯をおくったオスマン帝国のアルメニア人であることが分かった。13歳の時、ウィーンへ行き“Mekitarist”の学校に入学。卒業するとイスタンブールへ戻って“Nersessiyan”の学校で数年教鞭をとった後、1837年に通訳としてオスマン帝国の海軍省に採用される。その後、25年間を海軍で過ごし、将軍に昇進して“ヴァルタン・パシャ(将軍)”と称せられた。

ここで注意すべきは“ヴァルタン・パシャ(将軍)”が“カトリック”であったことだ。その“ロメオとジュリエット”ばりの小説には、アルメニア正教グレゴリアン派の娘とカトリック・アルメニア人青年の悲恋が描かれている。この小説が書かれた頃、グレゴリアン派とカトリックは厳しい敵対関係にあり、グレゴリアン派の家族が娘をカトリックの青年に嫁がせることは沙汰の限りであった。小説で“アガピ”という名の娘は、愛する青年アゴプと結ばれないことを悟るや自ら命を絶ち、アゴプも恋人の自殺に心を痛め、憔悴の果てに死んでしまう。

この小説はアルメニア人の読者を対象に書かれたものだ。その為、著者は、自身もアルメニア人として深い影響を受けた事件を背景に描いている。

18世紀、アルメニア正教会を中心にまとまっていたアルメニア人社会の一部はカトリックの影響によって宗派を変えてしまう。こうして数百年に亘って受け継がれてきた伝統は崩れ去る。これはアルメニア正教総主教府にとって受け入れ難いことだった。総主教府はカトリックになったアルメニア人を敵とみなし、その“宗派替え”をオスマン帝国政府に通告した為、カトリックのアルメニア人は国を追われる。ヨーロッパ各国の圧力により、オスマン帝国がアルメニア・カトリック教会を承認するのは、それから3年後のことである。

小説には、異なる宗派に分かれた当時のアルメニア人たちがお互いに相手をどう見ていたのかを伝えるエピソードが溢れている。例えば、カトリックのルペニグは、車の上で見かけた美しいアガピのことを友人に尋ねたものの、彼女がアルメニア正教徒であると知るや、「それなら誰であろうと全く気にする必要もない」と言い捨てる。

カトリックのアルメニア人が国を追われた事件については次のように記されている。
“カトリックの多くは国を後にしたが、こうして残った者たちもベイオールには住む許可がないから、サマティア、オルタキョイ、ベシクタシュの辺りへ移って来た。私もマルゴスとベシクタシュにあるアルメニア人の家で部屋を借りたけれど、そこでも、国を追われてしまうのではないかと恐れない日はなかった。”

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原文
http://turkuaz.zaman.com.tr/?bl=5&hn=4916


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