【148】劣化する社会【ミリエト紙】【2006.05.05】

5月5日付けのミリエト紙よりチェティン・アルタン氏のコラム。政治家が、学校の生徒たちに、結婚した男女の関係をイスラムにより説き明かした“教導書”を配ったという事件に端を発して、劣化する社会についての見解が述べられています。イスラムによる“性の手引き書”の一部も紹介されています。

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細い首、真っ白な胸、くすんだ黄色の長い嘴、そして同色の水かきが付いた足・・・トゥズラの魚屋ムスタファさんが飼っているカモメである。食べ残しの“焼き小鱈”や小さな生魚が嘴の方へ差し出されるや、巧妙にパッとくわえてしまう様子を御覧にいれたいものだ。嘴の中にある程度溜め込むと、雛に食べさせる為、真っ白な翼を広げて巣の方へ飛び立って行く。それから、また戻って来て、歩道の上に並べられたテーブルの間をヨチヨチと歩き始める。可愛くありませんか? こんなカモメは。

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トゥズラ県の政治家が、学校の生徒たちに、結婚した男女の関係をイスラムにより説き明かした“教導書”を配ったそうだ。トゥズラの若者たちが将来結婚した後、どのような形式に従うことになるのか誰も知らないが、はっきりしているのは、カモメたちにはこんな“教え”なんて全く必要がないということだ。

結婚から始まって、教育の場におよび、街角や広場にまで氾濫する“社会の劣化”。我々のカモメやトゥズラの猫たちは、こんなものと無縁である。

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1860年に、アル・ハチ・ムスタファ・ラクム・エフェンディも“夫婦の手引き書”という本を著している。1965年には、これをある程度現代語に訳したものが、“結婚の手引き−イスラムの観点から結婚に必要な知識”という表題で新たに出版された。

教育に尽力する信心深い政治家たちの為に、この本の“性の適切な形”という章から一部をお伝えしたいと思う。

「男は女の上に乗る。そして、女の足を持ち上げて良く弄び、乳を揉んだ後で性器を、最高の気分、喜びに達するまで陰門の中に入れる。女が上に乗ることは衛生的な面からして不適切である。・・・性交の後は小便をしなければならない。性交の後、男と女は右側を下にして横になる。そして、眠りにつく。この時に冷たい水を飲んではならない。無理に、または同意の上でも風呂場で性行為におよんではならない・・・。性交の際に女の陰門を見てはならない。屋外で性交してはならない。性交している時、“良い子が授かれますように”と祈らなければならない。・・・女が生理である場合、へその下から膝下までの部分が男の性器に触ることは許されていない。しかし、キスしたり揉んだり、シャツの上から擦ることは欲望を抑えるために許される。女同士で擦りあうことは許されていない。また、ハディースによって明らかにされていることだが、女同士、お互いに相手の上に覆いかぶさったりした場合、これは姦通とみなされる。そして、全身を清めなければならない。性交した後で未だ身を清めていない男女が、また性交する場合は、その前に手と性器を洗わなければならない」。

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アドゥヤマン県の“イスラム導師養成学校”の女生徒と小学校の生徒たちは、−おそらく、この国がどのように治められているのかを身近に見る為− 首相のターイップさんがスタジアムで催した県の党大会に参加した。

ここで、どのように全力をあげて開発が進められたのか説明される際、経済の発展に重点が置かれた為、結婚した場合に注意すべきことの詳細は明らかにされなかったそうである。

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昨日のヒュリエト紙には、社会の劣化について、曇った5月の朝にも似た一つの例が示されていた。
「首都における悪夢のような学校−フドゥルックテペ小学校は無法地帯と化している。学校の前で生徒たちに麻薬が売られ、校長にはピストル、先生たちには刃物が向けられる。省庁は“途方に暮れている”と言う」。

これは、基礎ができる前に都市化が進んだことによる混乱なのだろうか? それとも、結婚においてイスラムのきまり事が充分に守られなかった結果のなのだろうか? 民主的に論じ合わなければならないことだ。

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EUの担当官は、トルコにおける社会の劣化を別の角度から見て警告を発している。「この展開はよくない。改革の過程が悪い方へ向かっている」。

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トゥズラの飼いならされたカモメは、まだ20〜30年ぐらい続きそうな混乱の時代であるとか、熱烈なスローガンを叫ぶ若者たちが結婚した時にアル・ハチ・ムスタファ・ラクム・エフェンディの忠告に耳を傾けるかどうか、などということは全く気にしていない。おそらくは、若者たちも10年後にどうなっているかなんて全く気にしていないだろう。

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開発と発展は平行に進まないものだ。それどころか、歪な開発は社会の劣化を広めてしまう。

もしかして、冷戦時代のトルコで、“階級的な評価による歴史的な変化の科学的な原因”が共産主義的な非難により抑圧されずにいたならば、今日、腫れ物のようになりつつある多くの問題は自ら解決を見ていたのかもしれない。

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後ろの倉庫に捨てられた廃物などは気にせずに、ただショーウインドーに飾るものとイメージに拘ってきた結果、ある日倉庫の中の廃物が辺りに広がってしまった。

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政治的な野心などなくて、私たちのクズルヤカのピザ屋オスマン・アイドゥンさんや、バクダッド通りの時計屋アリフさん、トゥズラの魚屋ムスタファさんのように、自分たちのエゴを、その生活圏で醸成された絶妙な調和によって満足させることができれば、それで良いのだから、何も悲観的になることはない。

しかし、劣化する社会の中でエゴを満足させるようなものを求め、様々なスローガンに引きずられて行くのであれば、その時は神の御加護を祈るばかりだ。

21世紀はどうなることだろう。世間からふんだくって天上に暮らしている者たちの中で、誰が成功者として残り誰がしくじっているのか、生き長らえた人は見るに違いない。

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飼いならされた可愛いカモメは、差し出された魚をパッとくわえるや、巣に向かって白い翼を広げながら何と美しく飛ぶことだろう。羨ましい限りだ。

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原文
http://www.milliyet.com.tr/2006/05/05/yazar/altan.html

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