【147】イランとトルコの対米外交【ラディカル紙】【2006.05.04】

5月4日のラディカル紙よりヌライ・メルト氏のコラム。デミレル元大統領が「スカーフを被っている女性はアラビアで学べば良い」と発言したのに対し、エルドアン首相は「お前がアラビアへ行けば良い」と反発。イスラム主義前歴のある与党AKPが政教分離の体制と衝突するのではないかという議論が起こっているのに対し、メルト氏はイラン問題に関するトルコの対米外交を絡めて興味深い見解を示しています。

****

デミレル元大統領の発言により、トルコでは新たに“国家体制”を論争の焦点にしようとする雰囲気が醸し出されている。しかし、このような時代に、“スカーフを被った女性”にまつわる話から体制論争を始めようとするのは、政治的な駆け引き以外の何ものでもない。

そもそも現政権は、他の全ての政権が抱えていたのと同様の弱点や問題以上に、“体制”との関係で危機的な状況を作り出すことはなかった。そういった危機があるかのごとく政府を追い詰めようとすれば、それは何よりもトルコの外交を隘路へ追いやってしまうことになるだろう。

フェライ・トゥンチは日曜の記事(4月30日付けのヒュリエト紙)に、「イランの周囲で緊張が高まることによって、アメリカは“積極的なパートナー”を求めようとし、この場合、特にトルコの立場が困難なものとなる」と書いた。この困難な状況の中で、政府を“体制論争”によって追い詰めることは、トルコをイランと対峙する前線へ立たせる為に役立つだろう。この政府の最も薄弱なところは、触れたくない問題から遠ざかろうとせず、論争を避けようとしないことだ。

イラク問題以来、トルコの内政上のバランスは従来にも増して外交と密接な関係を持つようになった。現政権はその発足当初から、「アメリカと揉め事を起こせば、他者が介入するだろう。気をつけなければいけない」という圧力を受けてきたのである。こういった条件の下で、トルコは外交において隘路に立たされてしまった。

トルコでは、如何なる政権にもアメリカの政策に反するような贅沢は認められない。しかし、政府を内政において、外交へ直接影響を与えるような問題で追い詰めることは、トルコをアメリカの政策に何ら異議を唱えることもなく従う状況へ追いやってしまう。

思い起こせば、イラク戦争におけるアメリカの派兵要請が論じられていた時も、デミレルはアメリカの要請が議会で承認されないことに関して政府を批判しながら、「アメリカは妙な国である・・・。彼らへ約束したことを反故にしようとすれば、我々に有らん限りの災いをもたらすだろう」(2003年3月21日付けのサバー紙)、「要請が承認されなければ政府は辞任すべきである」(2003年8月18日付けのヴァタン紙)と述べている。当時の問題をもう一度むし返すつもりはないが、あの時に彼が述べていたことを思い出せば、今回の発言ももっと良く理解できるのではないかと思う。政府の周辺もあれを思い出し、論争に応じてパニックを起こさなければこの上もなく良いことだ。

もちろん、この論争に応じないということは、大統領選挙に関しても重要な意味をもっている。AKP政権の中で誰が何を考え、首相が何を計画しているのか解らないが、この諸条件の下では、AKPも大統領に拘っているような贅沢はできないことを知るべきである。これに拘っていると、AKPの枠は狭まってしまい自由が利かなくなってしまうように思える。この枠が狭まることはトルコの枠が狭まることに繋がる。そして、これはトルコをこの地域におけるアメリカの政策の枠に押し込んでしまうことになるだろう。アメリカの政策がこの地域を残らず戦場にしてしまうリスクに抵抗したいのであれば、内政に関する論争を外交問題の延長上に置くことは避けなければならない。

国際政治の舞台で、アメリカの標的となっている国が、トルコで“イスラム僧の体制”として知られるイラン・イスラム共和国であり、トルコが徐々に困難な立場へ追い込まれている状況において、イスラム主義的な前歴の為に正統性に問題がある政府を“体制論争”に引き込もうとすることや、政府自身がこの論争へ立ち入ろうとするのは賢明なことではない。

そもそも頭を悩ませる必要など何処にもないはずだ。まず、この政府はイスラム主義などを熱望しているわけではない。それから、イランにも、トルコでイスラム革命を起こす為の戦略など存在していないし、これは不可能なことである。

現政権と宗教との関係は、過去の全ての右派政権と同じ程度のものでしかない。デミレルが1960年以来、宗教と政治に関して語ってきたことや実践してきたことを議論するつもりはないが、35年ぐらい前、エルバカン支持者たちが発行した出版物に、「我々が宗教を悪用していると主張するデミレルの党ではこんなものを作っている」と、デミレル率いる公正党のエンブレムが付いたコーランの写真が掲載されていたことを思い出す人はいるだろうか。

****

原文
http://www.radikal.com.tr/haber.php?haberno=186324

▲トップページ
▲前の記事
▲次の記事
▲トルコの新聞記事INDEX