【139】人々に不快感を与えるもの【ミリエト紙】【2006.03.24】

3月22日付けのミリエト紙よりジャン・デュンダル氏のコラム。急激な変化に対応できなくなっているトルコ社会の有様をデュンダル氏は皮肉を込めて描いています。

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何という言い草だろう。「政教分離のトルコ共和国におけるアタテュルク主義者の一国民としてコーランに手を置いて誓いますが、我々はテクノロジーの犠牲者であります。恋する女性を犯したりはしません」。

これは、恋人であるガムゼ・オズチェリックを失神させてから犯している映像をインターネットでばら撒いた罪により告訴されたギョカン・デミルコルが、先週、法廷で証言した時のものである。

政教分離とコーラン、テクノロジーと神に誓うこと、恋と強姦を見事なまでにごちゃ混ぜにしてアシュレ(訳注:蜜豆に似た菓子)のようになってしまった人格とその弁明・・・

このごちゃ混ぜ具合は、私たちが直面しているアイデンティティー分裂の危機を巧く表してはいないだろうか?

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朝早くから晩まで馬鹿騒ぎして楽しんだり、テレビで馬鹿騒ぎしている連中を観て喝采したりしている人々は、「どんな番組を御覧になりたいですか?」と問われるや、歴史の勉強をしなければいけないのにインターネットでチャットをしているところを見付けられた子供みたいに、そろって次のように答える。
「ドキュメンタリー番組」
「他には?」
「宗教の番組・・・」
「それから?」
「公開討論番組・・・」
「もっとも不快に感じる番組は何ですか?」
「芸能娯楽番組ですね」

先週のミリエト紙の記事によれば、この社会では、誰もがあらゆる人のことを不快に感じているらしい。

オープンソサエティ協会がボスポラス大学と共に行なった調査によると、人々が特に不快に感じているのは、“同性愛者”“未婚の同棲カップル”“ピアスを着けた男”“肌を露わにしたファッションの女性”だそうである。

では、TV番組の中でもっとも視聴率の高い“芸能娯楽番組”にはどんな人たちが出演しているのだろう? “同性愛者”“未婚の同棲カップル”“ピアスを着けた男”“肌を露わにしたファッションの女性”じゃないだろうか?
「どこか矛盾しているような?」と問いたくなるはずだ。

もっとも憎んでいるものを毎々テレビで観ている人々の存在を認めたら、彼らが潜在意識の中で演じている憎悪との葛藤を想像しないわけには行くまい。

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「人生における最良の師は科学である」という言葉を全ての学校の門に掲げ、この言葉の主(訳注:アタテュルク)を死ぬほど崇拝している国民が、3月29日に日蝕があると言って地震の発生を心配したり、選挙の候補者や結婚相手の信仰心を気にしたりしていることにも驚かされる。

売春、わけても少女売春が爆発的に増加している国の国民が、異口同音に「貞操に関わる名誉は何よりも大切だ」と言うのなら、「では、その少女たちと寝ているのは誰なのか?」と訊きたくなるだろう。

毎日、女房や娘や母親を殴っている者が「この拳は天国からだ」と言ったり、「天国は母親の足元にある」なんて言ったりするのを聞いたら、この二面性にも唖然となる。

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不快感は多くの場合、統御不能になっていることから来ている。急激に変化して行く世界で、その変化を統御しきれなくなった社会は、変化によってもたらされたものを好奇心から貪欲に見つめながらも、一方で現代的な生活が何を招来するのか解らない不安から、あくまでも伝統に固執するのである。

頭の混乱をなんとか抑えた者は、かつての平穏を保障する共通の分母を捜し求めようとする。

だから、朝から馬鹿騒ぎを楽しんでいるのが本当のトルコでもなければ、露出度の高いファッションを不快に感じる者たちがトルコを代表しているわけでもない。その狭間にいるのである。政教分離とイスラムの原理、テクノロジーの使用と神への誓い、恋と強姦、その狭間に私たちはいる。

“伝統”と言いながらも現代化へ、“イスラム原理”と言いながらも政教分離へ、そして“恋”と言いながら強姦へ突き進んで行くのである。

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原文
http://www.tavanarasi.net/index.php?showtopic=6277


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